2019年9月に東京ゲームショウで行われたストリートファイターVの試合(撮影:梅谷秀司)

1位ユーチューバー、2位プロゲーマー、3位ゲーム実況者――。

小学館の小学生向け漫画誌『月刊コロコロコミック』が2019年11月に発表した「読者の興味がある職業」に関するアンケート調査では、2年連続でeスポーツ大会に選手として出場する「プロゲ―マー」が2位に輝いた。ただ、子どもも憧れるこのプロゲーマーをめぐって、国内では混乱が生じている。

世界でテニスよりも多い約1.3億人の競技人口を誇るeスポーツ。子どもたちがプロゲーマーに関心を持つ1つの理由は、eスポーツの大会で選手に与えられる高額な賞金だろう。eスポーツを牽引するアメリカでは、大会の賞金総額が数十億円に上るものもある。

2019年7月には、ニューヨークで開催された「フォートナイト・ワールドカップ」で16歳の選手が優勝し、賞金300万ドル(約3億2900万円)を獲得したことが日本メディアでも大きく報じられた。

プロライセンスを巡る議論

海外では、職業としてeスポーツを行い、大会で優秀な成績を残した選手は「プロゲーマー」を名乗るのが一般的だ。一方、日本ではやや異なる意味合いを有する。2018年2月に設立された業界団体、日本eスポーツ連合(JeSU)が一定の条件を満たした場合に有料で発行する「公認プロライセンス」を獲得した選手を、プロゲーマーと呼んでいる。

業界団体がライセンスによってプロ認定を行うのは、現在知られている限り、日本だけだ。1月24日現在では、209人がプロライセンス、1人が13〜15歳向けのジュニアライセンス、そして9つのeスポーツ団体がチームライセンスを所持している。

このプロライセンスを巡っては、制度が設立されて以来、業界の内外で侃々諤々の議論が繰り広げられてきた。というのも、日本人の選手にとって、プロライセンスを所持していることが、公認大会で高額な賞金を受け取る条件となるケースがあるからだ。JeSUは、eスポーツを盛り上げる上でキーとなる高額賞金の獲得者をあえて制限する制度を、なぜ設ける必要があったのか。

JeSUがプロライセンス制度を設立した背景にあるのが、「不当景品類及び不当表示防止法」(以下、景表法)の存在だ。

eスポーツは、ゴルフやテニスなどのスポーツ競技と異なり、あくまでゲームメーカーが制作・販売(課金ゲームも含む)する商品をプレイすることで成り立つ。ゆえに景表法のもと、eスポーツ大会の賞金がゲームソフトの販売を促進するための「おまけ(景品)」と見なされる懸念がゲーム業界内にあり、そのリスクを回避するために、有料ソフトの金額の20倍、あるいは最大10万円までしか授与することができなかった。


eスポーツを普及させるために、JeSUはプロライセンス制度を設立したという(撮影:梅谷秀司)

仮に、主催者が大会に参加する選手の宿泊費や交通費を補助したり、賞金のほかに賞品が授与されたりした場合は、その相当額が全体から引かれることになる。

プロライセンス制度ができる以前は、景表法の存在によって、国内で高額賞金が出る大会が実施できない、日本の法律の管轄外であるはずの海外大会でも、「日本のチームが優勝した場合は賞金が受け取れない」という規約が設けられるケースが出るなど、日本人の選手が活躍するうえで大きなハードルになっていた。

2年に1度、5000円の発行手数料を支払う

こうした状況を打開するためにJeSUが考案したのが、このプロライセンス制度だ。ライセンス制度取得資格を満たした選手は、2年に1度、5000円の発行手数料を支払うことで「プロ」として区別され、仕事の対価として高額な賞金を受け取ることができるようになる。大会によっては、賞金がもらえる順位に入ることが確定した段階で、大会の主催者が選手へのプロライセンス授与を推薦する場合も多い。

JeSUが同制度の必要性を主張するうえで「錦の御旗」として掲げてきたのが、景表法を管轄する消費者庁からの推奨だ。JeSU会長でセガホールディングス社長の岡村秀樹社長は、「安心安全、公明正大な賞金付き大会を開く仕組みはないものか、と消費者庁ときちんと会話をする中で、(JeSUのような)中立的な団体が(選手をプロとして)認める制度があれば安心でわかりやすいですね、という話があった」と語る。

ここまでならば、JeSUは日本で合法的にeスポーツを普及させるうえで、画期的な制度を作り出したように見える。

ところが、JeSUにライセンス制度を推奨したとされる消費者庁の担当部署に問い合わせると、異なる見解が返ってくる。いわく、「JeSUからライセンス制度の提案を受けた際、会話のやりとりの中で『それならわかりやすいかもしれませんね』と返答したことはあるかもしれないが、積極的に作るべし、と言ったことはない」(消費者庁の担当者)というのだ。


消費者庁が発表した見解で、日本のeスポーツは大きく前進したと思われたが・・・(記者撮影)

消費者庁によれば、参加者を絞った大会であれば、賞金を選手の「仕事の報酬」とみなすことで景表法を回避することが可能だという。大会の開催にあたって消費者庁や、業界団体に確認すれば、ライセンスがなくても、合法的に高額賞金を授与する大会を開催することは問題ないと説明する。

実は、賞金を「仕事の報酬」として合法的に受け取るという解釈は、ライセンス制度が設立されてから有識者などから度々指摘されてきたものだ。エンターテインメントビジネスに詳しい国際カジノ研究所の木曽崇氏は、「JeSU自身、表向きはプロライセンスの所持を賞金受け取りの条件としながら、実際の運用上はこの解釈を適用させてきた可能性は高い」と指摘する。

JeSUに対する批判の声が相次ぐ

JeSU自身も東京ゲームショウの会期中の2019年9月12日、法令の適用について照会をするノーアクションレター制度によって、消費者庁から「仕事の報酬等と認められる金品の提供は景品の提供に当たらない」旨を確認したと発表、岡村会長は、「eスポーツ界にとって大きな前進だ」と力強く語った。


カプコンカップで優勝したももち選手(中央)(撮影:梅谷秀司)

だが、その発表の余韻覚めやらぬ9月15日に開催されたカプコンの格闘ゲーム「ストリートファイターV」の国際大会では、プロライセンス制度に疑問を呈し、受け取りを拒否してきたももち選手が優勝。これまで通りに優勝賞金500万円は、副賞のゲーミングモニター3万9800円相当と現金6万0200円に減額された。SNSなどでは、「発表と話が違う」としてJeSUを批判する声が相次いだ。

東洋経済も賞金減額の理由をJeSUに問い合わせたが、「近々に声明を発表する」としたまま、明確な回答は先延ばしにされていた。

ようやく回答が得られたのは、2019年12月3日の岡村会長への取材でのこと。岡村会長は、カプコンの大会で優勝賞金が減額された理由について「消費者庁からの回答を得る前に大会の申し込みを締め切っており、急に賞金を出す条件を変えたら不利益を被る人も出てくる。本当にタイミングが悪かった」と弁明した。


JeSUの岡村会長は今後、プロライセンスを大会出場のシード権付与に活用することも検討するという(撮影:今井康一)

その上で、「JeSUが最も大事にしているのは、必ずしも日本の社会でポジティブに評価されていないゲームの印象を改善し、合法的にeスポーツを普及させること。自分たちのライセンス制度を何が何でも既得権益化したいという意思は、まったくない」(同)と力を込めた。

さらに、「プロライセンス制度によらない賞金付き大会を開催する可能性が拡大した今、ライセンスの新たな付加価値を考えていきたい」(同)と語った。実際、2019年11月末に開催されたコーエーテクモ主催の「DEAD OR ALIVE 6」の大会では、JeSUの承認のもとでライセンス制度によらずに賞金の授与が行われている。

ライセンス制度の縛りは残る

かといって、これで国内のeスポーツ大会からライセンス制度による縛りが一掃されるかというと、そうとも限らない。そもそも、大会の参加者を限定しないオープン参加型の大会では、賞金の受け取りにプロライセンスが必要だ。

さらに、カプコンに今後開催する大会での賞金授与の方針を質問したところ、「JeSUによる関係先との協議も踏まえながら、法的に問題のない形での大会開催を図る。必要に応じて、JeSUライセンス制度の活用を検討する」との回答があった。別の1社は、「今後の方針はまだ決まっていないが、業界で足並みをそろえていくつもりだ」と答える。

2019年12月2日にJeSUが発表した「ライセンスについて」という文章の中には、「JeSUプロライセンス制度を活用することが今後のeスポーツの普及・発展のために欠かせない」とも明記されている。同日には、ライセンス制度に疑問を呈してきたももち氏が、ライセンスを取得したことも発表された。

もちろん、ライセンス制度を有効に活用する手段はある。まだ職業として確立されていないプロゲーマーが、ライセンスを自らの「箔付け」に使いたいというニーズはあるだろう。

岡村氏は、「スポンサーやメディアに選手を紹介するとき、ライセンスを持っている選手を指名されることが増えてきた。最近は、取得を目標にeスポーツを頑張る人も多い」という。

解決すべき課題は山積み

JeSUがライセンス制度の普及に心血を注いできたここ2年弱、世界のeスポーツ市場はショービジネスとして大きく進展し、2019年には日本円で1000億円を超す市場規模にふくらんだと推測される(調査会社のNewzoo調べ)。

日本でも2018年で前年比13倍の48億円と急成長しているが(Gzブレイン調べ)、大会の賞金総額は海外に大きく見劣りする、プロゲーマーや大会運営者の育成環境が整っていない、など解決すべき課題は山積している。業界団体による選手の「囲い込み」とも取れる制度が、eスポーツの普及、発展に本当に欠かせないものなのか。大会を主催するゲームメーカーを含め、さらなる検討の必要がありそうだ。