薬物を使った芸能人は「極悪人」なのか? 社会からの「排除」を煽る逮捕報道の課題
2019年は違法薬物の使用・所持で芸能人が逮捕されるという報道が相次いだ。
3月にミュージシャンで俳優のピエール瀧さん、5月に「KAT-TUN」の元メンバー・田口淳之介さん、女優の小嶺麗奈さん、11月にタレントの田代まさしさん、女優の沢尻エリカさんなどが逮捕されている。
そのたびに報道は過熱。ときには違法薬物を使用・所持した芸能人が「極悪人」のように騒ぎ立てられることもあった。
筆者はこれまで約6年、薬物依存に悩む当事者やその家族、専門家などに話を聞き、実際に回復の道を歩んできた人たちの姿を多く見てきた。
違法薬物を使用した過去を持っていたとしても、現在は同じように薬物依存で苦しんでいる人たちやその家族を支援するために奮闘したり、子どもたちを薬物から遠ざけるために学校などに出向き講演したりする人も少なくないことが分かった。
芸能人の薬物事件を大きく報道することは、啓発になるという声もある。しかし、報道のあり方次第では、違法薬物を使った人たちに「極悪人」の烙印を押し、「回復や立ち直りを困難にする場合もある」との声も専門家からはあがる。
芸能人の薬物報道はどうあるべきなのだろうか。(編集部・吉田緑)
●報道被害は当事者だけではなく、家族や仲間にも…2016年に「大麻取締法違反(所持)」で逮捕され、2017年に懲役1年・執行猶予3年の判決を言い渡された高樹沙耶さんは、11月、大麻取締法の改正を求める会見で「犯罪者をどんな目にあわせてもよいというマスコミの過剰な報道のあり方には大きな問題がある」と語った。<会見の記事はこちら→https://www.bengo4.com/c_1009/n_10343/ >
田代さんも「バリバラ」の企画「教えて★マーシー先生」(NHK Eテレ)の中で、報道により、義母が外で洗濯物を干せなくなったり、娘が学校で友人たちから口をきいてもらえなくなったりしたことなどを打ち明けた。
家族だけではない。ともに仕事をしてきた仲間もバッシングの対象となる。ピエールさんの逮捕を受け、ともに「電気グルーヴ」で活動していた石野卓球さんに取材が殺到したほか、石野さんを「謝罪がない」などと批判するテレビ番組もあった。
●違法薬物を使用した芸能人へのバッシング…ネット上でも非難の声テレビの情報番組などでは、コメンテーターが逮捕された芸能人を「意志が弱い」「頭が悪い」「世の中をナメている」などと糾弾する場面もみられた。
しかし、このようなバッシングは、メディアだけでおこなわれているわけではない。違法薬物の使用・所持に対する世間の目は厳しい。
ネット上でも逮捕された芸能人に対して「自業自得」、「一発アウトでしょ」、「ヤク中の芸能人は排除すべき」などのコメントが並び、バッシングがおこなわれている現状がある。
また、薬物依存症の回復を支援する施設「ダルク」に対しても、各地で設立をめぐり、反対運動が起きている。「ダルク」は多くのメディアで実績が紹介されてきたが、それでも反対する理由は「犯罪者が集まるこわい施設」などと思われているためのようだ。
芸能人の薬物報道がなされると、薬物依存症の回復に向かって歩む当事者たちもテレビなどに出演することがある。しかし、テレビに出演した当事者数人からは「回復できることを伝えたくて取材に応じたが、その部分はいっさい使われなかった」と残念がる声を聞いた。実際の報道では、彼らが語る「薬物の恐ろしさ」のみが切り取られて報道されていた。
このようなメディアのあり方も、世間へのイメージ形成に与えた影響は少なからずあるだろう。同時に、これまでの「ダメ。ゼッタイ。」や「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか」などの啓発運動が与えた影響も否定できない。
●理解を求める声と報道側のジレンマメディアのあり方を疑問視する声は、かねてより専門家や当事者から上がっていた。
精神科医の松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)は、薬物依存症が「病気」であることや薬物依存症者を排除するのではなく、回復を支援する社会が必要なことを訴え続けてきた。
松本医師や当事者などが発起人となった「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」は2017年に「薬物報道ガイドライン」を策定。「薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること」や過剰報道を行わないことなどとし、メディア関係者に理解を求めている。
一方で、ある芸能記者は「芸能人が復帰をする場合、田口さんが土下座したように、謝罪の姿勢を強く示すことが、今の日本社会では必要。そこで初めて『ミソギが済んだ』とスポンサー、メディア、ファンが受け止めるステップになっている現状がある。もう一度、復帰したいのであれば、メディアがその場を提供せざるを得ないのではないか」とジレンマを語る。
また、そのような報道を見たいと思っている人たちがいることも忘れてはならない。
●報道に変化も…「回復」の視点の必要性しかし、2019年は報道のあり方を疑問視したり、「薬物依存症」からの回復を応援したりするメディアもみられるようになった。当事者や専門家にかぎらず、芸能人などが声を上げ、回復の観点からコメントすることも増えた。
そのような報道に対して、ネット上では「犯罪者を擁護するな」「自分の意思で薬物を使ったのだから、病気ではない」「甘すぎる」などの声が上がることもあった。バッシングの矛先は当事者だけではなく、薬物依存症の回復支援に取り組む人たちに対しても向けられた。
一方で、「勉強になった」「依存症になるのは意志が弱い人だと思っていたが、人に頼れない人などが薬物に頼るのだと知った」など、新たな気づきを得られたという声も上がるようになったのも事実だ。
自助グループや支援団体につながり、薬物を使わずに生きていけるようになった人たちも少なくない。しかし、違法薬物の使用・所持が「犯罪」であるため、だれにも相談できずに悩んでいる当事者やその家族もいる。
彼らはもちろん、芸能人も1人の人間だ。回復の道を歩む権利がある。今後求められるのは、回復の視点を取り入れた多角的な報道と、回復を見守る社会ではないだろうか。