人が幸せになれる環境づくりとは? (左から)井手英策氏と佐々木淳氏に、医療と福祉の観点から話を伺った(撮影:尾形文繁)

「死ぬまでの時間を自分らしく生きたい」――。この当然の願いが実現しにくいのはなぜか。「悲しい最期」をなくすには、何が必要なのか。

共著『ソーシャルワーカー―「身近」を革命する人たち』で、「誰もが人間らしく生きられる社会」への処方箋を説いた井手英策氏と、在宅医療によって、最後まで自分らしく生きるためのサポートをしてきた佐々木淳氏。「『死にたい場所を選べない』日本人の悲しい最期」(2019年12月17日配信)に続いて、2019年10月に行われた対談の模様をお届けする。

ケアする、ということ

佐々木 淳(以下、佐々木):お年寄りが抱える本当の課題って、社会から少しずつ孤立していくことだと思うんですね。

私が救急病院で働いていたとき、熱中症で救急搬送されてくる高齢者がたくさんいました。話を聞いてみると、一人暮らしでエアコンの操作もできず、1人では買い物にも行けず、冷蔵庫には飲み物が何もなくて、脱水症状になってしまったんですね。

点滴を受けて元気になって帰っていくわけですが、それがその人にとっての根本的な解決策かというと、そうではない。自分の家で安心して暮らせる環境を整えてあげることが、本来のケアだと思うんです。

井手 英策(以下、井手):そもそも、ケアって、「気にかける」という意味ですよね。ケア=福祉という単純な話じゃない。どうすればその人が、いまよりも幸せになれるか、気にかける。それは在宅医療だけでなく、ソーシャルワークでもまったく同じです。

例えば、ある子どもが不登校で苦しんでいたとします。なぜ不登校になったのか、理由を探ってみると、親がネグレクトしていることがわかってきた。ではなぜネグレクトしているのか、その背景を探っていくと、いくつもの理由が浮かび上がってきて、その子のケアをするには、そうしたレベルにまでアプローチしなければいけないことがわかってくる。

佐々木:なるほど。

井手:ところが現実には、そこまで目が届かない。例えば、スクールソーシャルワーカーやカウンセラーさんが週に1回、学校にやってきて30分なり1時間なり、悩みを抱えた子どもの話を聞くということが行われています。でも、それでその子の苦しみが根本的に解消されるとは思えません。

井手:本来なら、その子の生活環境も含めて、ソーシャルワーカーがアプローチするべきです。にもかかわらず、専門職を学校に配置して話を聞けば、子どもが再び登校できるようになるといった安易な議論がされています。これじゃあ、期待を押しつけられた専門職の人たちもかわいそうです。


井手英策(いで えいさく)/1972年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、現在、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。総務省、全国知事会、全国市長会、日本医師会、連合総研等の各種委員のほか、小田原市生活保護行政のあり方検討会座長、朝日新聞論壇委員、毎日新聞時論フォーラム委員なども歴任。著書に『幸福の増税論 財政はだれのために』(岩波新書)、『いまこそ税と社会保障の話をしよう!』『18歳からの格差論』(東洋経済新報社)ほか多数。2015年大佛次郎論壇賞、2016年慶應義塾賞を受賞(撮影:尾形文繁)

佐々木さんの話で言えば、なぜそのお年寄りが熱中症になったのか理由を探っていって、これだというものを特定し、地域ぐるみで気にかけていく。そうすれば、この人は以前より幸せになれると思うんですね。そこにおいては在宅医療もソーシャルワーカーの役割も、何も変わらない。

ただ、医療の世界と福祉の世界の間には、高い壁があるように見えます。

僕の友人に聞いたのですが、認知症がみられるおばあちゃんが独り言を繰り返していて、職員さんが思いついて編み物をさせてみたら、それに夢中になって、やがて周囲の人ともコミュニケーションをとるようになったというんです。

ところが、大腿骨を骨折して病院に入院したところ、認知症の症状が悪化してしまい、最後は誤嚥性肺炎を起こして亡くなってしまった。このように、福祉の領域から医療の領域へと移動するときに、連携がうまくいかないことがあると思うんです。

福祉でも医療でも、それぞれが専門性をもって仕事をしていて、少しでも状態をよくしようとしているわけですが、どこかで専門性の壁に分断されていて不具合が生じているように思えるのですが、この点、いかがでしょうか。

多職種連携の理想形とは

佐々木:ご指摘にあった多職種連携のあり方ですが、お互い話し合って、よりよいケアを実現することが大事だとわかっている人が以前より増えてきたと思います。

ただ、病院での医療となると、医師の指示のもとに看護師や理学療法士などの医療スタッフがテキパキと治療を進めて、患者はまるでベルトコンベヤーで運ばれるように退院していくというのが、いまの主流なんですね。

それに対して在宅医療の場合は、こういうふうに暮らしたいという患者さんの希望に沿って、どこまで何ができるか、一緒になって考えていく。病院では食べては駄目だと言われたうな丼も、これぐらいなら大丈夫だから食べてみましょうとか、高血圧の薬が効きすぎているから、少し減らしましょうとか、働きかけていくわけですね。

病院ではお医者さんが上から指示を出す形ですが、在宅医療における医者は、サッカーでいえば、ゴールキーパーだと思うんです。ほかの職種の人や家族が、フォワードとかミッドフィールダーで、そうした方たちが連携して、ゴールという共通の目標に向かって頑張っていく。もしシュートを打たれたら、キーパーたる医者が責任をもって止めるから、自由にやってくださいというのが、私の考える多職種連携の理想です。

井手:いいなあ。


佐々木淳(ささき じゅん)/1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している(撮影:尾形文繁)

佐々木:介護、看護、リハビリ、歯科、栄養、福祉機器など、いろんな専門職やサービスがあって、それらすべてがフラットな状態でないと、在宅ケアってうまくいかないんですね。最後まで自分らしく自宅で暮らしたい、生きがいをもって生きたいという患者さんの願いをかなえるのが共通の目標で、それを実現するメンバーとして、医療スタッフがいて、ケアワーカーがいて、家族がいる。私たちはそれを、ケア・コミュニティーと呼んでいます。

井手:すばらしい。

厚労省が主導する地域包括ケアって、頑張って理解しようとするのですが、どうしてもイメージできないところがあったんですね。それが今、お話を聞いていて、クリアになりました。

1日24時間という流れの中で、私たちは病院に行ったり、リハビリを受けたり、家族と一緒にご飯を食べたりして過ごす。そのなかで、医療が必要な時間帯には医療グループが、介護サービスが必要なときにはソーシャルワーカーや介護福祉士さんたちがやってくる。1日の時間の流れの中で、必要に応じて、そういったさまざまな人が出入りしていく。佐々木さんはそのすべてをチームと呼んでいるわけですね。

地域全体が1つの大きなチームに

佐々木:はい。地域全体が1つの大きなチームにならないといけない。私たちが理想とするのは、そういう状態なんです。

井手:お年寄りが地域の中で人間らしく生きていくためには、関係づくりも必要だと思うんですね。人間って、人と人との間で生きていく存在なので。

佐々木:家族関係が充実していれば、患者さんのそこでの生活を、われわれがそっとサポートすれば十分なんです。ところが、老老介護だとか独居となると、1日3回の食事が用意され、排泄ケアがなされて、2週間に1度は医者がやってきて処方箋を置いていく、それでその人は本当に生きているといえるのかというと難しい。やはり、地域の中で、その人の居場所が自然と生まれるような仕組みがあったほうがいいと思うんですね。

井手:そういう居場所づくり、とても重要だと思います。

今や家族というものが以前ほど機能しなくなっていて、高齢者が孤立するケースが増えていますよね。そんななかで、お年寄りが人間らしく生きていくにはどうすればいいのか、真剣に考えていかないと本当にまずいと思うんです。

いまこそ原点に立ち返るべき

井手:そもそも人間は、関係のなかで生きていく存在です。この世に生まれてきて、親をはじめとする多くの人のサポートのもとで成長し、やがて大人になって、愛する人と生活を共にする。だからこそ、年を取ったときに、その人にとって、なじみ深い場所で死んでいく権利が人間にはあると思うんです。


僕たちが、ソーシャルワーカーの仲間たちと一緒に作った新書のサブタイトルは「『身近』を革命する人たち」となっています。革命というと、暴力によって世の中を転覆させるといった怖いイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、レボリューションの語源は、ラテン語のrevolvere(巻き戻す)です。原点に立ち返るということなんですね。

今日のお話で言えば、「今日よりいい明日」を夢見る自由が当たり前の権利として認められること、人間らしく生きていくという当然の権利が認められること、それこそが、立ち返るべき原点だと思うんです。

佐々木さんがなさっている在宅医療も、ソーシャルワーカーと同じように、人が幸せになれる環境をつくっていこうとする「身近革命」そのものだと思いました。同じ未来を見つめる仲間があちこちにいる。こんなに愉快なことはありません。