2019年4月、東京で80代男性が運転する車が信号を無視して横断歩道へ突っ込み、母と3歳の女児が死亡した。19年6月には福岡市で80代男性の車が暴走し、2人亡くなった。
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■もし親が暴走老人になったら……

高齢者の暴走運転による悲惨な事故が相次いで報道されている。そんな中で、高齢者の自動車免許の保持について見直す声が高まっている。現在、政府が検討しているのは、75歳以上のドライバーに対し、危険を察知した際に自動的にブレーキをかける安全機能がついた車種のみ運転させる施策などであるが、免許更新の際の義務化などは見送られる見込みで、細かい法制度が整備されるのはまだまだ先の話。もし、自分の親などが事故を起こした当事者だとしたら、いったい、何にいくら支払うことになるのだろうか。

交通事故で最も損害賠償額が高くなるのは、深刻な後遺症が残るケース。この場合、被害者を死亡させるよりも高くなることがあります」。そう語るのは、これまで交通事故に関わる法律業務を多く手掛けてきた城南中央法律事務所の野澤隆弁護士。賠償額等について野澤弁護士に詳しく聞いた――。

■相手の学歴によって賠償額が変わる理由

交通事故の賠償は、物損と人損に分けて検討する必要があります。まずは、人損で後遺症が発生した場合について考えます。

交通事故の被害者が30歳で一家を支える大黒柱と仮定し、深刻な後遺症を負わせ一生車椅子での生活にさせてしまったとしましょう。相手の年収が500万円程度だとしたら、67歳頃まで働いたと仮定した分の逸失利益は約8000万円、慰謝料が約3000万円、合計1億円超の賠償額が相場です。

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ここで重要になるのが、被害者の学歴などのスペック。任意交渉段階では、被害者が大企業のエリートなどであれば、年功序列的な年収増加などをできる限り主張し、逸失利益の額などで少しでも有利な結果を得られるよう努力することが必須です。一方、事故時の年齢の年収がその職業における一般的なピークなら、その後の都合の悪い年収減少予測を相手方に伝える必要はありません。

被害者が子どもや学生でまだ働いていない場合、逸失利益が少なくなる傾向にあります。あくまで一般論ですが、幼稚園・小学生なら、逸失利益は約5000万円です。なお、学生であっても、医学部などの場合には、通常の労働者とは違う基礎年収が適用され、逸失利益の金額が跳ね上がる可能性がかなりあります。現実問題、被害者が有名大学・有名高校の在籍者のほうが、加害者に対して交渉しやすいといえるでしょう。

■事故の被害者が亡くなってしまった場合

次に事故の被害者が亡くなってしまった場合を考えます。

先ほどと同様に被害者が30歳で年収が500万円程度の一家を支える大黒柱であった場合、慰謝料にそれほどの変化はないのですが、逸失利益については3〜4割程度の生活費控除がなされ約5000万円となります。つまり深刻な後遺症が残る場合よりも、死亡事故の賠償額のほうが少ない結果になります。

ちなみに保険実務では、交通事故被害者の多くは将来取得する予定の給料を逸失利益の形で、1度に取得できます。その結果、通常のサラリーマンが月給をもらって生活するよりも有利な運用ができると仮定されるため、その分の運用利益にあたる利息を控除することを中間利息控除といいます。

67歳頃まで働けると仮定したうえで、法定利率の5%運用を前提に中間利息を控除し算出した年齢別の計算結果表があり、それを「ライプニッツ係数表」といいます。

ただ、2020年4月1日以降発生の事故については、低金利を反映した法改正により法定利息が5%から3%になり、それによってライプニッツ係数表も変わります。結果として、逸失利益を中心に賠償額が増える予定です。

たとえば、年収600万円程度で37歳の会社員が交通事故で重い障害を負ったとします。昇給度合いなどを一切考慮せず、今の年収のまま男性が67歳まで働いたとすると、現行のライプニッツ係数を使った式では逸失利益は約9000万円になります。しかし来春以降はライプニッツ係数が増加するため、これが1億円以上になる見込みです。

■コンビニに車で突っ込んだら……

最後に物損、営業損害などについて考えます。高齢者が車の誤発進でコンビニに突っ込んだ場合を仮定しましょう。

こういった事故はテレビでもよく報道されていますが、被害者であるコンビニのオーナーの中には「お金の面はともかく、いい休暇が取れてラッキーだった」などと周囲に漏らす方もいます。

コンビニのオーナーは加害者の損害賠償保険によって、店舗が修復するまで休みを取りながらある程度の売り上げを保障してもらえるわけです。その間、バイトを雇う必要もありませんから、経費を圧縮することができます。実際、ちょっと入り口に突っ込まれただけで、ガラスが多少割れ本棚が崩れた程度なら修繕費用は40万〜50万円程度であり、保険会社の査定もあまり厳しくありません。店舗の柱にヒビが入ったり、雨漏りなどの被害がない場合であれば、何十万円かの売り上げ保障だけではあったが、深刻な問題ではなかった、といったケースもあるのです。

事実上24時間続けての休みが取りにくいコンビニのオーナーは、対外的な名目が立つ休憩タイムを何より欲していることが多く、「タイム・イズ・マネー」のうち、「タイム」を優先したい気持ちが表に出てしまい、上記のような発言へと繋がります。この休みを利用して、普段はなかなかできない長期旅行をすることもあるようです。

当たり前のことですが、交通事故を起こすとお金がかかります。自賠責の加入だけですと4000万円程度の相手方に対する人損保障のみです。交渉も自分で行わなければならず、高齢の親に中途半端な支払い能力しかなければ、交渉・賠償責任の事実上の負担は子どもらに降りかかる可能性が高いのが現実です。とはいえ、任意保険の基本的なプランに加入していれば、保険会社が相手方と交渉したうえでほとんどの賠償を全額負担してくれます。

■高齢者から免許を取り上げるべきか

以上が経済面を中心としたお話ですが、お金の問題だけでなく、事故を引き起こせば“加害者の家族”として生き続けないといけません。そんなリスクから高齢の親に運転させたくないと思う方は多いでしょう。

しかし、日本の交通事故死亡者はかつて年間1万人以上でしたが、現在は4000人未満です。世界的に見ても、日本は人口あたりの交通死亡事故が世界で最も少ないほうの国なのです。

今の日本は、駅前のシャッター商店街化が止まらず大都市部以外はクルマがないと生活しづらい社会であり、外出しない生活を続ければ認知力がさらに低下するおそれがあります。結局、高齢者から免許を取り上げるのではなく、最高時速が80キロまでしか出ない車に乗ることを義務付けるなど技術面の対策を進めるのが最も現実的な考えだと、私は思っています。

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野澤 隆(のざわ・たかし)
弁護士
1975年、東京都大田区生まれ。東京都立日比谷高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。弁護士秘書などを経て、2003年、司法試験第2次試験合格。08年、城南中央法律事務所を開設。
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(弁護士 野澤 隆 構成=鈴木俊之 撮影=小原孝博)