安倍首相は「金融庁報告書は不正確で誤解を与えた」と釈明。筆者は「年金」についての「議論のすれ違い」を指摘する(写真:共同通信)

金融庁の「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」(6月3日)がここしばらく、話題になっています。7日にも麻生太郎財務大臣が「表現が不適切だった」などとコメントしましたが、その姿勢などをめぐって批判が高まりました。さらには10日の参議院決算委員会でも安倍晋三首相が釈明、反論をしたことなどで、一部では「炎上」が起きています。

金融庁の報告書に対する批判として、「2000万円を自助努力で準備しろというのか!」「年金保険料を払わせるだけ払わせておいて、もらえないのは詐欺だ!」といった声がSNSなどにあふれている状態なのですが、政治家の発言を除いて、年金の話を考えてみると、こうした声のほとんどは「的外れな批判」ではないでしょうか。

さらに言えば、一般の人がこういうコメントを出すならまだしも、評論家や有識者といわれる人たちの一部ですら不安をあおるような発言をしていることは、とても残念です。

金融庁はとくに目新しいことは言っていない

今回の騒動のきっかけになったのは全国紙などの記事ですが、その後に続くネットニュース、テレビのワイドショーでも同じような“不安あおり”のトーンが繰り返されています。こうした報道を見ていて私が感じるのは、おそらく多くの人は実際に発表された金融庁の報告書を読んでいないのではないかということです。

実際にどんなことが書いてあるのかを見てみましょう。以下は、その報告書の21ページにある「2.基本的な視点及び考え方」からの抜粋です。

夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20〜30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円〜2000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである。

これらは今までも一般的にいわれてきたことであり、とくに目新しいことは何も言っていません。

高齢無職世帯の毎月の不足額が平均5万円というデータは以前から総務省がずっと発表していますし、私も2年前に本コラムで触れています。⇒(「定年後は月8万円稼ぐことができれば十分だ」2017年4月22日付)。

それに金融庁の文中にもあるように、これはあくまでも平均値であって、ライフスタイルや収支は人それぞれですから、絶対不足するというわけではないのです。実際、食べていくだけであれば公的年金だけでも可能です。

総務省のデータでは平均受給額が約22万円程度となっていますが、世の中にはもっと少ない年金で生活している人もたくさんいます。私自身も60代前半の頃は基礎年金が支給されなかったので、支給額は月に直すと14万円ぐらいでしたが、食費や光熱費といった最低限必要な生活費部分はそれだけでも賄うことができました。

でも、それだけでは旅行に行ったり、趣味にお金を使ったりという、楽しいことはなかなかできません。だから「働いて稼ぐなり、若いときから蓄えを持つべく自助努力も必要だ」ということを言っているにすぎないのです。これは考えてみれば当たり前のことです。

年金の本質は「保険」 

今週の『週刊東洋経済』(6月15日号)に慶応大学の権丈善一教授のインタビュー記事が載っています。その中には、「これからの時代はWPPだ」というお話が出てきます。W=ワークロンガー(長く働く)、P=プライベートペンション(企業年金、自分の蓄え)、P=パブリックペンション(公的年金)のことで、野球に例えれば先発がW=働くこと、公的年金がもらえるまでの中継ぎがP=企業年金や貯蓄、そして抑えの切り札がP=公的年金ということです。

これはなかなかいい例えだと思います。年金の本質は貯蓄ではなくて保険ですから、大前提になるのが、まずは働いて自助努力で蓄えること。そして高齢になって働けなくなったら、年金を受け取る。公的年金は終身、すなわち最低限の生活保障が死ぬまで受けられるというのが基本的な仕組みですから、まさに抑え=保険としての役割ということなのです。


記事の中にも出てきますが、年金不安をあおるのは金融機関などの常套手段です。年金が不安だとあおらなければ保険や投資信託といった金融商品が売れないからです。しかしながらすべての老後生活資金のベースにあるのは公的年金です。

したがって、報道に惑わされるのではなく、それがいったいどういうものなのかを正しく理解することがまず必要です。そのうえで、自分の将来の生活にかかる費用を考えて、必要であれば現役時代から貯蓄や投資で蓄えることです。そしてもし、60歳を前にしてその蓄えが不十分であるということなら60歳以降も働くか、もしくは生活の無駄をなくして生活費を抑えることが必要になってきます。

今回の「2000万円騒動」を奇貨として、もう一度生涯にわたる自分自身のキャッシュフローを考えてみることが必要なのではないでしょうか。