(撮影/相馬ミナ)

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最近、世界中でひそかに注目されているのが車を拠点とする暮らし「バンライフ」。2019年3月、茨城県つくば市で開催されたのは、その「バンライフ」をテーマにした「つくばVAN泊2019」という取り組みだ。つくば市が掲げる「世界のあしたが見えるまち」というビジョンをもとに、これからの社会や暮らし方を考える実験の一つとしてのイベントである。
なぜ、つくば市は「バンライフ」に注目するのか? つくば市が目指すまちづくりとは? 実際にバンライフを送る人々の話を交えながら探っていく。

国内初の「バンライフ」イベント「つくばVAN泊2019」

真っ青な空を見上げると、視線の先には大きなロケットがそびえ立っている。つくば駅からすぐの「中央公園」では、そのロケットの麓近くに、たくさんの車が並んでいた。そのほとんどがバンタイプ。どの車もオープンに開かれて、展示されている。訪れた人たちは、車の中を覗き込み、所有者と話をしたり、実際に車に乗り込んでみたりと楽しそうだ。

車やモバイルハウスなどの「動く拠点」を持って生活することは「バンライフ」と呼ばれ、つくば市では、バンライフから広がる暮らし方や働き方に注目している。移動できるということは、都市から地方への移住の後押しになり、定住までいかずとも、地域を活性化することにもつながると考えているからだ。

ずらりと並んでいた車は、バンタイプの他にキャンピングカーあり、モバイルハウスを設置したトラックあり。幅広い暮らし方や働き方を見ることができた(撮影/相馬ミナ)

参加していたバンタイプの車は約20台。個人が所有しているものもあれば、企業としての参加もある。
まずは、実際にバンライフを送る人の話を聞いてみよう。

「車上生活」のイメージを一新する渡鳥ジョニーさんのバンライフ

渡鳥ジョニーさん(左)とパートナーの奥はる奈さん(右)。「VAN + LDK = VLDK」をコンセプトに、シェアリングサービスを活用しながら実際にこの車に二人で暮らしている。スタイリッシュな内装が人気で、トークショーに取材にと大忙しの様子だった(撮影/相馬ミナ)

入口付近で人気だったのは、渡鳥ジョニーさんのバン。渡鳥さんは「VLDK(バンエルディーケー)」というウェブメディアでバンライファーとしての暮らし方を提案している。離婚を機に北海道から東京へ戻る際、スーツケース2つの荷物だったことから「これだけで暮らせるのかもしれない」と気づき、車に目を向けた。「車上生活=みじめなイメージがあるかもしれないけれど、そうではない暮らしをしたかった。だからあえてベンツのバンを選んで改装し、永田町のシェアオフィスに駐車スペースを確保しています」と話す。

二人が暮らす車は「ベンツ トランスポーターT1 307D」で通称「ベントラ」と呼ばれているもの。「『マイホームはベンツです』と話しているんです」とジョニーさん(撮影/相馬ミナ)

左側手前にキッチン、奥に収納ソファ、右側の壁収納にはセミダブルのベッドも。ベッドを広げるとクローゼットが現れる。コンパクトながらも必要最低限のものが収まっている(撮影/相馬ミナ)

実際に見せてもらうと、パートナーであり防災・リスク管理コンサルタントである奥はる奈さんとの二人の居住空間だという。北欧モダンを意識してリノベーションしたという車内には、洋服やキッチン道具、日用品などをコンパクトに収納している。さらに、壁の一面を引き出せば大きなベッドが登場。シモンズのマットレスを組み込んでいて快適な寝心地だという。必要最低限のものではあるが、どれも二人がこだわりをもって選んでつくり上げているバンだ。

「トイレや電源は、拠点にしているシェアオフィスで、お風呂はジム。洗濯はランドリーサービスを活用しています。足りないものはシェアでまかなえているんです」と二人は笑う。
街ならこれで十分。車を駐車できる拠点があればそこから自由に好きな場所へ行けるというわけだ。

二人はバンで旅しながら、隠れた絶景を借景にその土地のものを料理しながら、超移動時代の豊かな食卓を提案している。「今日はどこで誰と、何を食べよう。 Van a Table」がキャッチコピーだ(写真提供/奥はる奈さん)

泊まれて働けるバンは、仕事場でもあり、旅の相棒でもある

都会から離れ、移住先を探す旅の最中にバンを手に入れた人もいる。鎌倉出身の中川生馬さんは、東京での会社中心の生活から離れ居住地を探すためにバックパッカーとして全国の田舎を中心に旅をした。九州を旅していたときに出会ったのが車旅をしていた夫婦。車移動の快適さに憧れて、自身もバンを手に入れたという。「以前は夫婦それぞれ60L級のザックに寝袋・炊事道具などを入れて移動していたのですが、車になったことですごく楽になって。そこから住む場所を探して能登に決めた後も、旅をするときにはいつもこの車です」と話す。

特注したという中川さんの仕事用の机。能登・穴水町岩車にいる際も、頻繁に仕事場としてバンを使うこともあるという(撮影/相馬ミナ)

「気持ちのいい季節なら、車の中でも快適で集中できるんです。自宅から140m先にある漁港にバンを停めて、穏やかな海が広がる前での仕事は最高です」と中川さん(写真提供/中川生馬さん)

ライターや広報など、遠隔から仕事をすることが多いため、バンの後部にはパソコンを使うためのテーブルがきちんとつくられたワークスペース、子どもと一緒にくつろげるソファありの“リビング”スペースもある。夜になればここがベッドに変わるという仕組みだ。

後部座席はソファ仕様にしてくつろげるスペースに。寝る際はシートの背もたれを中央にはめ込んでフルフラットに、さらにソファの上に板を渡して2段ベッドにもできる(撮影/相馬ミナ)

「キャンプに行ってテントを張る場所を探すのは大変ですが、車に泊まれると思えば気持ちが楽になります。バックパックであちこち行くにも、拠点としての車があるとすごく便利なんです。最近では、車中泊スポットが簡単に探せるサービス『Carstay(カーステイ)』もできたので、より快適になりました」

旅に出ないときは、自宅の敷地内にクルマを停めて自分のオフィスとして活用。250Wのソーラーパネルと、エンジン内にあるものとは別に2つの大容量バッテリーがついているので電源が確保できる。アイドリングなしで少量のガソリンと電気で動く「FFヒーター」があるので、冬も楽に乗り越えられる。
「限られたスペースなので、不要なものを持たなくなる。旅をしたおかげで、人生に必要なものが何かがしっかり分かるようになりました」と話す。

ハイエースをベースにしたアネックス社のキャンピングカーの「ファミリーワゴン」タイプ。後部にはバックパックのほか、キャンプで使うあれこれを収納できるスペースもある(撮影/相馬ミナ)

「気軽にグランピングしたい」という願いを叶えたバン

より自然と触れ合うためにとつくられたバンもある。YURIEさんは、身軽にキャンプに行きたいと考え、日産のバネットを自身の手で改装した。収納に便利な木製のりんご箱を土台にしてベッドをつくり、寝泊まりできる空間にしている。さらに、折りたたみできるテーブルや椅子、プラスチック製の食器などを積み込んでいるので、思い立ったらすぐにキャンプへ行けるというわけだ。

車内の改装はもちろん、外装のペイントも自身で手がけたYURIEさん。「都内でも小回りがきいて、かつ、荷物も詰める最適なサイズのバンです」(撮影/相馬ミナ)

「キャンプが好きなんですけど、いつも準備が大変だったんです。バンを持ったことで、気軽にセルフグランピングできるようになりました」とうれしそうだ。普段は都内で働き、週末や休日にキャンプだけでなく、日本各地へと旅に行っているという。

もともと趣味で始めたキャンプだが、愛車で各地をまわり、女子でもできる「週末ソトアソビ」を提案するうちに、その活動が人気となった。今ではアウトドア商品のスタイリングや空間プロデュースなども手がけているというだけあって、たくさんの人が集まってきていた。
「これからはエコな仕様も取り入れていきたいし、将来的に家族が増えることを考えて大きいバンも考えたい」とまだまだやりたいことはたくさんある様子だった。

収納は下にまとめ、上部をベッドとして使えるように。板を載せているだけなので、手軽に後部座席を起こして座ることもできる(撮影/相馬ミナ)

大工が手がけたバンは、上質で見事な仕上がりの空間

あるバンは、内装のクオリティの高さに驚いた。天井も壁面もきれいに木で覆われていて、棚板は美しいアール状にカットされている。聞けば持ち主の鈴木大地さんの本職は大工というから納得だ。

さりげなく棚板の角が曲線になっているなど、ディテールにこだわりがうかがえる。「実際につくってみて、まだまだやりたいこと、できることはたくさんあると感じています」(撮影/相馬ミナ)

「仕事で使う車ですが、移動先で寝泊まりできたら便利だと思って。キャンピングカーがほしかったのですが、ちょっと高いし、だったら自分でつくってみようと」
細部までこだわって丁寧に仕上げた内装は、自分の作品でもある。大工の仕事はなかなか現場に行かなければ見られないものだが、これなら移動させて取引先へ見せることができる。実際にこの日も、鈴木さんに自分のバンの内装を頼みたいと話している人もいた。
また、仕事だけでなく、この車で旅をすることも増えたと話していた。

鈴木さんが室戸岬を旅したときの写真(写真提供/鈴木大地さん)

鈴木さんのバンは「ベンツ トランスポーターT1N 313CDI」。中古で手ごろな価格で手に入れたそう(撮影/相馬ミナ)

バンライフの可能性と、広げていくための課題とは?

「つくばVAN泊2019」では、さまざまな視点のトークセッションも行われた。バンライフを実践している「バンライファー」同士はもちろん、「限られた空間での暮らしかた」という視点から、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員とのトーク、さらにはバンライフから「防災」を考えるトークとして、防災科学技術研究所の職員などが登壇し、バンライフの可能性とこれからの課題について議論されていた。

バンライフの楽しさや可能性を語るだけでなく、防災の視点からのメリット、限られた空間での暮らしのデメリットなど、幅広いテーマで議論が行われていた(撮影/相馬ミナ)

「もともと市では、地域外から訪れてくれて、愛着や関心をもって関わってくれる人=「関係人口」を創出しようと考えていました」と、つくば市のプロモーションプランナーである酒井謙介さんは話す。バンライフをする人たちはまさに関係人口そのものである、と。
確かに、ある程度の生活や仕事をこなせる設備が整った車があれば、1カ所に留まる必要はなくなるだろう。気になる土地へ自由に車を走らせて、好きな場所で生活したり、働いたりしてもいいのだ。
ただ、車だけでは完結しないこともたくさんある。車にキッチンがついていても、食材はどこかで調達しなければならない。ましてやトイレやお風呂、洗濯の機能をもつバンは少ないし、夜になって就寝となれば、道の駅やサービスエリアなどバンを安全に停められる場所も必要だ。
酒井さん曰く「つくば市では、これらを有料サービス化したり、マッチングサービスを活用したりすることで、地域との関わりにできないかと考えています。生活や仕事に伴う買い物のほか、銭湯やコインランドリーなどを利用してもらえれば、街が活性化するでしょうし、定住までせずとも、地域外からの人材が留まることで「関係人口」が生まれ、コミュニティの発展にもつながるかもしれないと考えています」

これからの地方の活性化を考えれば、バンライフがもつ可能性は大きい。そのためには課題をクリアしていくことは不可欠だが、解決策はきっとあるはずだ。
バンライフが広がることで、私たちの暮らし方、働き方の選択肢はぐっと増えるだろう。さらに、地方の活性化につながるのであれば、日本でのこれからの生活はもっと魅力的になるのかもしれない。どこで暮らしてもいい、どこで働いてもいい。そう感じる未来は近いのかもしれない。

(撮影/相馬ミナ)

●取材協力
・TSUKUBA TOMMORROW LABO
・渡鳥ジョニーさんのウェブメディア「VLDK(バンエルディーケー)」
・「今日はどこで誰と、何を食べよう。 Van a Table」
・中川生馬さんのブログ「田舎バックパッカー」
・YURIEさんのHP
・鈴木大地さんのInstagram
(晴山香織)