社長と制服姿の従業員(筆者撮影)

一ノ坪製作所は、奈良県西部の香芝(かしば)市に本社を置き、今年6月に創業70周年を迎えました。一貫してスチール製品のOEM製造(相手先ブランド名の受託製造)を手掛けています。


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特筆すべきはその相手先で、大手事務機器メーカーやハウスメーカーなど上場企業がずらりと名を連ねています。そうした大手メーカーの信頼に応えているのですから、さぞかし、IoT、ロボット機器など先端技術を駆使しているのかと思っていました。

「とんでもない、アナログもアナログです。アルバイトへの指導も自転車の乗り方を教えるように、手取り足取りです」と一ノ坪英二社長。従業員約100人、売り上げ22億円(2018年3月期)の企業の総帥は、アナログにこだわるゆえに超多忙な日々を送っていました。

自転車フレーム工場からスタート

一ノ坪という苗字は珍しいですが、兵庫県中西部の宍粟(しそう)市に多く見られるそうです。祖父の一ノ坪小市(こいち)氏が戦後に大阪で自転車フレーム工場を立ち上げました。その後、自転車フレームから製図台の脚部製造など利益率の高い事業に転換して、順調に業容を拡大。奈良県香芝市に土地を購入し1973年に新工場が竣工、翌1974年には本社も移転しました。

そして2008年、一ノ坪英二氏が3代目社長として就任。新社長としてまず力を入れたのが、さらなる新規大手取引先の開拓でした。そうは言っても、大手企業との窓口開設がそんなに簡単なことでないのは勿論です。

「新規取引なので、製造工程でその都度克服すべき課題が出てきます。それを一つひとつクリアしていくことで従業員が着実にレベルアップします」と英二社長。その課題克服の過程で、同社の独特な製造管理システムが機能していることを、工場見学で目の当たりにしました。


グループ加工実績一覧表(筆者撮影)

工場建屋の真ん中に大きな看板が設置されています。そこには、各グループの加工実績と目標値が表示されています。1人が1時間にどの位の加工費を生み出したかを、毎日、グループごとに模造紙にドットしているのです。

たとえば、製造部では9月実績は5478円/人・時間でした。一方で、目標は5400円/人・時間となっています。目標を上回った日は青のマーク、下回った場合は赤のマークで、その累計値は黄色で示されます。日々の実績が全員の見える場所に掲示され、まさに究極の「見える化」です。

それも他部署との優劣が一目でわかる、結構キツイ「見える化」だと思いました。


個人担当作業票(筆者撮影)

社長に工場を案内してもらって、もう1つ驚いたのは、現場の従業員一人ひとりがクリップボードの上に自らの担当作業が一覧できるペーパーを持っていることでした。そこには、品名、設備稼働時の注意項目、ワークポイント、製品検査基準などが事細かに記され、さらに各工程毎の開始時間、終了時間も記入するようになっています。

この個人毎の集計が、先程の看板のグループ毎の加工費実績に集約されるわけで、初めて目にすると、気の遠くなるような作業に見えます。ただカーキ色の制服を着た従業員の皆さんは、特に大変なことをやっているという感じはなく、日常業務の一環として普通にこなしているようでした。社長が言った「アナログもアナログです」が実感できた瞬間でした。

柔軟なアナログ手法の効果

ただ、この「アナログ」、実は先端のロボット技術、高価な製造機械といった最新デジタル技術の導入が前提にあってのものです。大手取引先の担当者も、その最新機器を見学したうえで、筆者が先程挙げたようなアナログ手法に感心し、取引を継続しているのだと思います。

それでもその膨大な負荷を考えると、「できるところはなるべくパソコンに落とし込んだらいかがですか?」と聞かずにいられませんでした。それに対し一ノ坪社長は「一般の成形品などの加工はコンピュータ処理が可能です。ただわれわれの仕事は、注文相手の要望に即時に対応せねばなりません。つねに変化する得意先の注文に応えるには、『人間の持つ生産性』というべきものが必要なのです」と言います。画一的なデジタル技術を補うには、柔軟なアナログ手法が効果的だ、ということです。長い試行錯誤の末の結論なのだと思いました。

一見キツイ工程管理を課しているので、従業員の皆さんはさぞ大変だろうな、と思うのですが、職場は意外なほど明るい感じです。そこには一ノ坪社長のさまざまな工夫があります。

「社風を作るのは社長の仕事です。たとえば毎日の決まりごととして、朝礼時のあいさつ合戦があります」

グループに分かれ、2カ月の総当たり戦です。“大きな声で”“相手より先に”“目を見て”“手を肩より上に上げて”などいくつかの採点ポイントで勝敗を決め、最終的な優勝グループに賞品が与えられます。

また年1回発行の「社内報」も社長主導です。全従業員の顔写真が載っているのですが、全員笑顔なのが印象的です。実は「笑顔でなければ載せません」とのこと。一ノ坪社長、結構ワガママです。

皆が楽しめる社内イベントも考えました。1年交替でバーベキュー大会と海外研修旅行があります。前回の研修旅行は、従業員全員で台湾に行き、ジブリで人気のスポット・九份(きゅうふん)散策、お菓子博物館・郭元益見学、そして趣向を凝らした夜の余興大会などで盛り上がりました。楽し気なスナップが「社内報」に掲載されています。

営業マンはほぼ3人

年2回発行の、会社の名前にちなんだ「ツボコミ」という小冊子もあります。同社のオリジナルのディスプレイスタンド「KANI」が映画『シン・ゴジラ』の作戦会議シーンに使われた、という囲み記事や、「KANIが」製品内覧会の様子がイラストで紹介されていたりします。

最後には、英字新聞ならぬ「英二新聞」というコーナーがあり、英二社長の日頃の思いがつづられています。この『シン・ゴジラ』が表紙の号では「アルバイトの方に仕事を覚えてもらうには、自転車の乗り方を覚えてもらうよう、身体を使って覚えてもらう」と書かれています。理詰めでなく、指導に暖かさが感じられる言葉です。

そしてこの冊子、実は同社の大切な営業ツールなのです。「わが社の営業活動は、私と元工場長、デザイナーの3人が主に担っています。原則、企業訪問をしないので、忘れられないよう取引先にこの冊子を送っているのです」と一ノ坪社長。ただ会社宛てではなく、先方の担当者ごとに名前を入れて送っているそうです。この手作り感も同社らしい心配りです。


工場内の大型機械(筆者撮影)

工場見学の途中で、高そうな最新機械をいくつか説明してもらった時に気づいたことがありました。社長が、天井までそびえる機械の説明を熱心にしてくれるのですが、正面に貼ってある紙が気になります。

「あれは、機械の導入年月、購入価格を貼っています。機械の価値を見える化しているのです」との説明。ここにも最新のデジタル機械と、手作りのアナログ表示が見事に融合しているな、と思いました。

人事管理手法も独特です。一ノ坪社長はさらりと言うのですが、年に2回、社員100人全員の個人面談をしているそうです。時間、労力とも大変な負担だと思うのですが、「これも社長の大切な仕事です」と言い切ります。デジタルの上に独自のアナログ手法を加えた現場を作り上げた社長ならではの、血の通った人事管理手法だと思います。

しかし、それやこれやで一ノ坪社長が超多忙。中小企業の社長はスーパーマンでなければいけないんだなぁ、とつくづく思いました。