レンブラントの「夜警」は実は夜でも見張り中でもない、ではなぜ「傑作」と呼ばれるようになったのか?
17世紀オランダの画家レンブラントによる「夜警(De Nachtwacht)」は傑作と呼ばれる絵画の1つで、学校の授業で扱われることも多い作品です。しかし、実は「夜警」というタイトルと裏腹に、この絵画は昼の情景であり、見張り中の人々を描いたものでもないとのこと。ではなぜ、レンブラントの夜警が傑作として扱われるのか、YouTubeチャンネルのNerdwriter1が解説しています。
「夜警」はレンブラントの絵画の中で最も有名なものですが、実はタイトルの「夜警」とは裏腹に、絵画に描かれる情景は「夜」のものでも、「警察」のものでもありません。この絵画は当時のアムステルダム市長、フランス・バニング・コックを中心に据えた集団肖像画で、正確なタイトルは定まっておらず「バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の人々」と呼ばれることもあります。
絵画が夜警と呼ばれるようになったのは、時間がたち、色あせて画面が暗くなったキャンバスを見て誰かが「夜警」と呼んだのが、定着したのではないかといわれています。
もともとの「夜警」は、アムステルダムの裕福層のグループを描いた他の肖像画と同じく、昼間のシーンでした。
16〜17世紀、このような治安警察を題材にした集団肖像画は1つのジャンルとして確立するほどに多く描かれました。この時代のアルステルダムでは、絵画の主題は神といった精神的なものから世俗的なものに移ってきており、画家たちは裕福なギルドを描くようになりました。
裕福なギルドたちは何度も繰り返し集団肖像画を描かれたがるためです。
しかし、その中で現代の教育カリキュラムで扱われるようになったのは、レンブラントの「夜警」のみ。
この絵が特別なのは、画面に描かれた光景のアクション・影・光といった要素が聖書や歴史的大作を反映しているからです。
まず第一に、この絵画が卓越している点は、「カオス」と「統一」のバランスにあります。画面上の人物はさまざまな方向を向いて異なる動きをとっていますが、レンブラントはそこに「統一感」「一体感」を持たせることに成功しました。そのカギとなるのが画面中央に位置するコック隊長とその隣の副隊長です。レンブラントは、他の人々をこの2人から伸びる線上に置きました。
実際に、レンブラントはポールや銃でこの2人から伸びる「線」を描いています。
また、2人が背景の投影面に現れているかのように見えるのもポイント。時にコック隊長が前方に伸ばした手は、引っ張れば人物が絵画から出てきそうに思えるほど立体感があります。
また副隊長の持っている武器も奥行きが縮めて描かれており、画面から飛び出してきそうに見えます。
また、前方の2人はくっきりと描かれているのに対し……
後方に位置する人々はぼやけた感じで描かれています。
これは、カメラでいう被写界深度という概念を絵画に持ち込んでいるため。
さらに、中央の2人のすぐ後ろには「アルカブース」という銃器を持った3人がおり……
「装填」「発砲」「クリーニング」という3つのアクションをとっています。
この3つのアクションは銃器の扱い方について記した「Exercise of Arms」という本の版画と完璧に一致するとのこと。これが「装填」で……
「発砲」
「クリーニング」
また、背後にいる少女の腰には……
鶏の足が見えています。
これは「Clauweniers」という治安警察が鳥のかぎづめを紋章にしていたことからきています。
また、隊長の指先は絵を見ている人の方に向いていますが……
その影は、副隊長のコートの刺しゅうされた「ライオンと3つの十字」というアムステルダムの紋章を指し示しています。これは、治安警察がアムステルダムの街を守っていることを示しているとのこと。
さらに、レンブラントの絵画の特徴としてキアロスクーロという技法が挙げられます。
キアロスクーロは大胆な明暗のコントラストを描く技法で、画家のカラヴァッジオが用いていたことで有名です。
カラヴァッジオの絵画ははっきりした明暗、強い光の効果を描くことで、絵の中のドラマを強調しました。
レンブラントはこの技法を、カラヴァッジオより柔らかな方法で取り入れ、また強烈なドラマを描くのではなく、神秘的な効果を生み出すために使用しました。
再び夜警を見てみると、キアロスクーロが副隊長と、背後にいる少女という2人の人物に向けて使われているのがわかります。前述した通り、この2人は、治安警察の象徴を身にまとっています。
コック隊長は副隊長に何かを命じた様子で、副隊長に光が当てられ、その他の隊員たちは副隊長に同調しているような形になっています。つまり、副隊長に対するキアロスクーロの効果は、治安警察の「統一」を強調する形。
一方、少女に与えられたキアロスクーロの効果は、副隊長に与えられたものとは異なります。副隊長の反対側にいる少女にキアロスクーロが用いられることでコントラストが生じ、隊長は周囲から孤立しているようにも見えます。
そして、よく見ると、他の隊員たちの顔はあちこちに向けられ、その表情もどこか心あらず。
それぞれが自分だけの世界に浸っているように見えます。
夜警が描かれた時代はちょうど、オランダがスペインとの八十年戦争を終えて平和を取り戻したところ。治安警察は必要に迫られるものではなく儀式上のものとなり、次第に絵を描いてもらうためだけに武器を手に取りお金を集めるグループと化していったとのこと。レンブラントは、人知れずこのような治安警察を小ばかにして、絵画に上記のような要素を散りばめたのかもしれません。
どんな意図があったにせよ、レンブラントの夜警が優れた絵画であることは事実。1枚の絵の中に「光と闇」「国家と個人」「カオスと秩序」といった相対する要素を入れ、しかもいずれかの要素を際だたせることはしていません。それによって、最も重要な「動き」という要素を実現することに成功しているのです。