『スタンフォード式 最高の睡眠』著者に聞く、「睡眠負債」をためないコツ
不眠大国・ニッポン。忙しく働くビジネスパーソンも連日の猛暑で疲れもたまり、寝苦しい夜によく眠れず、日々眠気と戦っている人も多いのではないだろうか。慢性的な睡眠不足を表す「睡眠負債」という言葉が2017年の流行語にランクインするなど睡眠への関心が高まる中、江崎グリコが興味深いセミナーを開催した。
睡眠研究の第一人者・スタンフォード大学の西野精治氏による「良いパフォーマンスを実現する最高の睡眠について」のトークをまとめてみよう。
西野精治(にしの・せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授。同大の睡眠生体リズム研究所(SNCL)の所長。1987年に大阪医大大学院からスタンフォード大に留学、突然眠りに落ちる過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に注力。2000年には人のナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止め、2005年より現職。2017年に出版された「スタンフォード式 最高の睡眠」(サンマーク出版)は30万部を超えるベストセラー。
○睡眠リズムは簡単に乱れる
まず、知っておくべきは「睡眠というのは非常に乱れやすい」ということ。例えば今年の夏のように気温が高く、湿気が高いといった気候の変化一つにより、眠れなくなる人が少なくない。睡眠障害は想像以上に多くの人が悩んでいる問題である。それから睡眠について、「量」、つまり時間のことと思われがちだが、「質」も非常に大事。睡眠に加え、生体リズムまで乱れるとみられる病気もあり、そうしたものも「睡眠障害」の範疇として、専門医が診察治療を行う。
○睡眠のパターンと役割
睡眠とは、「ノンレム(深い眠り)」と「レム(浅い眠り)」の繰り返し。入眠すると、まず深いノンレム睡眠が出現し、個人差はあるが90〜100分持続する。そのあと短いレム睡眠が出るのだが、レム睡眠のときには脳が起きているときと同じように活動している。そのため、夢を見ていることが多い。このセットを一周期として、明け方まで4回5回繰り返す。
レム睡眠には、重要な役割があり、(1)記憶を定着させる(2)記憶を消す(3)成長ホルモンの分泌(4)免疫力の強化(5)脳の老廃物を除去するなど。(1)と(2)に関し、記憶を定着させる以外に、記憶を「消す」という作用があるのも興味深いところ。これにより忘れたいことを忘れて心安らかに過ごせるようになるというわけだ。それから、(3)の成長ホルモンについては子どもや若者だけでなく、大人でも老人にも分泌され、新陳代謝に作用する。(5)については、感染症や、異形細胞、がんになる可能性のある細胞を除去するなど、重要な働きを担っている。
○睡眠調節には恒常性と日内変動が重要
睡眠には、「恒常性」と「日内変動」という2つの重要な要素がある。恒常性とは、起きていると眠気がたまり睡眠により眠気が放出されること。つまり、疲れにより眠る仕組みである。「日内変動」とは、昼間高く、夜低い人間の体温のリズムにより眠気が訪れること。徹夜すると徐々に眠くなり明け方の3時ごろに最も体温が下がり非常に強い眠気を覚えるが、引き続き起きていると、さらに眠くなるはずのところ、朝になると自然に体温が上がってきて朝の3時ごろに比べて眠気の軽減を感じることになる。
○多くの人が睡眠障害を自覚
一過性の不眠症は多くの人が経験するが、3カ月以上続く慢性の不眠症は1割から2割となる。よく知られている「睡眠時無呼吸症候群」も頻度は高く、アメリカでは中高年の男性で1割から2割。肥満の人がかかりやすいが、アジア人はアゴが小さく気道が狭いという体形の特徴から、肥満でない人や子ども、女性でも起こりやすい。
アメリカでは、睡眠障害による経済的損失も算出している。1994年の試算では年間16兆円。日本の場合2006年に3兆5千億円の損失、去年は15兆円ぐらいの損失と報告された。ちなみに、自己申告によると、アメリカ人は男女平均7.5時間(中には3,4時間の人も)という結果が出た。死亡率との関係で言うと、平均時間の人が最も死亡率が低く、3,4時間という短時間、また10時間以上という長時間寝る人は1.3〜1.4倍の死亡率となる。もう一つ話題になったことが「短時間睡眠の人が太っているということ」。これがメディアで話題になり、睡眠障害への理解が高まってきた。
欧米と比べ、日本の睡眠障害の頻度はそれほど変わらないが、深刻な睡眠不足が指摘される。厚労省の去年の発表では4割ぐらいの人が6時間未満と、満足な睡眠が得られていない。また、十分な時間寝ても爽快感を覚えられない人も少なくない。日本人の睡眠時間は世界一短いことで知られているが、特に首都・東京で深刻な問題。理想睡眠時間の平均は7.21時間のところ、平均が5.59時間しか寝られていないというデータがある。
○睡眠不足と生活習慣病
睡眠についての関心が高まる中、内科で内分泌を専門とするような医者が生活習慣病との関連から興味を持ち、調査・研究に参入してきた。その結果、わかってきたのは「被験者を眠らさないよう睡眠制限すると血糖値が高くなる、インスリンの分泌も悪くなる」といったことだ。つまり、睡眠不足により生活習慣病のリスクが上がるということになるのだ。
○精神疾患やがん、認知症のリスクも
睡眠不足はメンタルにも悪影響である。「不眠があると、うつは3倍、不安障害は2倍もの発症率となる」というデータもある。アルコール依存症も同様の傾向を示し、薬物依存は不眠がなければほとんどならない。最近は、不眠があるとがんやアルツハイマーのリスクが高くなることも実験によって明らかになってきている。大人でなく、子どもについても当てはまる。ただ、問題なのは、子ども本人には不眠という知識がないため、不眠の症状を訴えにくいことだ。イライラしやすい、キレやすい、集中できないなどの問題から子どもの不眠が発覚することもある。不登校や学業・運動能力の低下も、もしかしたら睡眠による問題なのかもしれない。子どもの睡眠時無呼吸障害が発覚し、治療をすることにより、精神症状が消えたというケースはすでにいくつも報告されている。
○パフォーマンス向上には日内変動がカギ
体温とパフォーマンスは強く相関し、体温が高いとパフォーマンスも高く、夜はともに低い。長時間起き続けているとエラーが多くなり、3、4日徹夜すると短い睡眠状態に陥る「マイクロスリープ」という状態が見られることも。こういったことが日常生活で、勤務中に起こっている可能性があり、ビジネスマンだと仕事のミス、集中できないといった現実的な問題につながりかねない。
○寝だめはムリ。睡眠不足解消には3週間かかる
毎日14時間ベッドに入ると睡眠量はどうなるか、という実験が行われた。「実験前は7.5時間の睡眠時間、実験直後は13時間寝られるが毎日14時間は寝られない」という状態に置き、一週間経つと3、4時間はベッドの中で起きている状態となり、3週間後には睡眠時間は平均8.2時間に固定された。つまりこの「8.2時間」が、本来体の欲する睡眠量となる。実験前は7.5時間と、理想睡眠量よりも40分短い状態を何か月も続けていたが、これを改善するのに3週間かかったということになる。つまり、寝たいだけ寝ても睡眠不足解消には3週間かかるということが言える。よく「週末に寝だめする」などというが、睡眠負債は週末の1、2日では完済できないということになる。
○良質の睡眠のコツは体温の「上げ下げ」
身体の深部体温と皮膚温度の日内変動を見ると、日中その最大差は約2℃ある。内臓・脂肪・筋肉などが熱産生して日中の深部体温が高いときは、皮膚温度は低い。夜間の深部体温が低いときは、皮膚温度は高めである。手足の血管はラジエーターの役割を担い、体の熱を外へ放出しているようなもの。入浴などにより手足の熱拡散が本格化し、深部体温と皮膚温度の差が小さくなればなるほど「眠気が強まる」ということ。深部体温が下がると同時に、手足が温かくなることがポイント。40度の風呂に15分入ると深部体温は0.5〜0.6度上昇し、それがもとに戻るまで約90分かかる。もとに戻ると入浴前よりさらに体温が下がることになる。このタイミングで寝るとよく眠れる。入眠も早いし深い睡眠が得られるわけというわけだ。
――「ちょっと睡眠不足」。それは借金のように積み重なり、いつの間にか深刻な健康被害を招きかねない「睡眠負債」となる。できれば、理想睡眠時間の8.2時間を確保したいが、働き盛り世代はそうもいかない。せめて、毎日のリフレッシュタイムである入浴を見直し、自然な睡眠を得たいものである。西野氏によると、「就寝前の運動も有効」とのことだ。
睡眠研究の第一人者・スタンフォード大学の西野精治氏による「良いパフォーマンスを実現する最高の睡眠について」のトークをまとめてみよう。
スタンフォード大学医学部精神科教授。同大の睡眠生体リズム研究所(SNCL)の所長。1987年に大阪医大大学院からスタンフォード大に留学、突然眠りに落ちる過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に注力。2000年には人のナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止め、2005年より現職。2017年に出版された「スタンフォード式 最高の睡眠」(サンマーク出版)は30万部を超えるベストセラー。
○睡眠リズムは簡単に乱れる
まず、知っておくべきは「睡眠というのは非常に乱れやすい」ということ。例えば今年の夏のように気温が高く、湿気が高いといった気候の変化一つにより、眠れなくなる人が少なくない。睡眠障害は想像以上に多くの人が悩んでいる問題である。それから睡眠について、「量」、つまり時間のことと思われがちだが、「質」も非常に大事。睡眠に加え、生体リズムまで乱れるとみられる病気もあり、そうしたものも「睡眠障害」の範疇として、専門医が診察治療を行う。
○睡眠のパターンと役割
睡眠とは、「ノンレム(深い眠り)」と「レム(浅い眠り)」の繰り返し。入眠すると、まず深いノンレム睡眠が出現し、個人差はあるが90〜100分持続する。そのあと短いレム睡眠が出るのだが、レム睡眠のときには脳が起きているときと同じように活動している。そのため、夢を見ていることが多い。このセットを一周期として、明け方まで4回5回繰り返す。
レム睡眠には、重要な役割があり、(1)記憶を定着させる(2)記憶を消す(3)成長ホルモンの分泌(4)免疫力の強化(5)脳の老廃物を除去するなど。(1)と(2)に関し、記憶を定着させる以外に、記憶を「消す」という作用があるのも興味深いところ。これにより忘れたいことを忘れて心安らかに過ごせるようになるというわけだ。それから、(3)の成長ホルモンについては子どもや若者だけでなく、大人でも老人にも分泌され、新陳代謝に作用する。(5)については、感染症や、異形細胞、がんになる可能性のある細胞を除去するなど、重要な働きを担っている。
○睡眠調節には恒常性と日内変動が重要
睡眠には、「恒常性」と「日内変動」という2つの重要な要素がある。恒常性とは、起きていると眠気がたまり睡眠により眠気が放出されること。つまり、疲れにより眠る仕組みである。「日内変動」とは、昼間高く、夜低い人間の体温のリズムにより眠気が訪れること。徹夜すると徐々に眠くなり明け方の3時ごろに最も体温が下がり非常に強い眠気を覚えるが、引き続き起きていると、さらに眠くなるはずのところ、朝になると自然に体温が上がってきて朝の3時ごろに比べて眠気の軽減を感じることになる。
○多くの人が睡眠障害を自覚
一過性の不眠症は多くの人が経験するが、3カ月以上続く慢性の不眠症は1割から2割となる。よく知られている「睡眠時無呼吸症候群」も頻度は高く、アメリカでは中高年の男性で1割から2割。肥満の人がかかりやすいが、アジア人はアゴが小さく気道が狭いという体形の特徴から、肥満でない人や子ども、女性でも起こりやすい。
アメリカでは、睡眠障害による経済的損失も算出している。1994年の試算では年間16兆円。日本の場合2006年に3兆5千億円の損失、去年は15兆円ぐらいの損失と報告された。ちなみに、自己申告によると、アメリカ人は男女平均7.5時間(中には3,4時間の人も)という結果が出た。死亡率との関係で言うと、平均時間の人が最も死亡率が低く、3,4時間という短時間、また10時間以上という長時間寝る人は1.3〜1.4倍の死亡率となる。もう一つ話題になったことが「短時間睡眠の人が太っているということ」。これがメディアで話題になり、睡眠障害への理解が高まってきた。
欧米と比べ、日本の睡眠障害の頻度はそれほど変わらないが、深刻な睡眠不足が指摘される。厚労省の去年の発表では4割ぐらいの人が6時間未満と、満足な睡眠が得られていない。また、十分な時間寝ても爽快感を覚えられない人も少なくない。日本人の睡眠時間は世界一短いことで知られているが、特に首都・東京で深刻な問題。理想睡眠時間の平均は7.21時間のところ、平均が5.59時間しか寝られていないというデータがある。
○睡眠不足と生活習慣病
睡眠についての関心が高まる中、内科で内分泌を専門とするような医者が生活習慣病との関連から興味を持ち、調査・研究に参入してきた。その結果、わかってきたのは「被験者を眠らさないよう睡眠制限すると血糖値が高くなる、インスリンの分泌も悪くなる」といったことだ。つまり、睡眠不足により生活習慣病のリスクが上がるということになるのだ。
○精神疾患やがん、認知症のリスクも
睡眠不足はメンタルにも悪影響である。「不眠があると、うつは3倍、不安障害は2倍もの発症率となる」というデータもある。アルコール依存症も同様の傾向を示し、薬物依存は不眠がなければほとんどならない。最近は、不眠があるとがんやアルツハイマーのリスクが高くなることも実験によって明らかになってきている。大人でなく、子どもについても当てはまる。ただ、問題なのは、子ども本人には不眠という知識がないため、不眠の症状を訴えにくいことだ。イライラしやすい、キレやすい、集中できないなどの問題から子どもの不眠が発覚することもある。不登校や学業・運動能力の低下も、もしかしたら睡眠による問題なのかもしれない。子どもの睡眠時無呼吸障害が発覚し、治療をすることにより、精神症状が消えたというケースはすでにいくつも報告されている。
○パフォーマンス向上には日内変動がカギ
体温とパフォーマンスは強く相関し、体温が高いとパフォーマンスも高く、夜はともに低い。長時間起き続けているとエラーが多くなり、3、4日徹夜すると短い睡眠状態に陥る「マイクロスリープ」という状態が見られることも。こういったことが日常生活で、勤務中に起こっている可能性があり、ビジネスマンだと仕事のミス、集中できないといった現実的な問題につながりかねない。
○寝だめはムリ。睡眠不足解消には3週間かかる
毎日14時間ベッドに入ると睡眠量はどうなるか、という実験が行われた。「実験前は7.5時間の睡眠時間、実験直後は13時間寝られるが毎日14時間は寝られない」という状態に置き、一週間経つと3、4時間はベッドの中で起きている状態となり、3週間後には睡眠時間は平均8.2時間に固定された。つまりこの「8.2時間」が、本来体の欲する睡眠量となる。実験前は7.5時間と、理想睡眠量よりも40分短い状態を何か月も続けていたが、これを改善するのに3週間かかったということになる。つまり、寝たいだけ寝ても睡眠不足解消には3週間かかるということが言える。よく「週末に寝だめする」などというが、睡眠負債は週末の1、2日では完済できないということになる。
○良質の睡眠のコツは体温の「上げ下げ」
身体の深部体温と皮膚温度の日内変動を見ると、日中その最大差は約2℃ある。内臓・脂肪・筋肉などが熱産生して日中の深部体温が高いときは、皮膚温度は低い。夜間の深部体温が低いときは、皮膚温度は高めである。手足の血管はラジエーターの役割を担い、体の熱を外へ放出しているようなもの。入浴などにより手足の熱拡散が本格化し、深部体温と皮膚温度の差が小さくなればなるほど「眠気が強まる」ということ。深部体温が下がると同時に、手足が温かくなることがポイント。40度の風呂に15分入ると深部体温は0.5〜0.6度上昇し、それがもとに戻るまで約90分かかる。もとに戻ると入浴前よりさらに体温が下がることになる。このタイミングで寝るとよく眠れる。入眠も早いし深い睡眠が得られるわけというわけだ。
――「ちょっと睡眠不足」。それは借金のように積み重なり、いつの間にか深刻な健康被害を招きかねない「睡眠負債」となる。できれば、理想睡眠時間の8.2時間を確保したいが、働き盛り世代はそうもいかない。せめて、毎日のリフレッシュタイムである入浴を見直し、自然な睡眠を得たいものである。西野氏によると、「就寝前の運動も有効」とのことだ。