西日本豪雨では政府与党の対策が後手に回り、批判を浴びている。写真は非常災害対策本部の会合で発言する安倍首相(写真:共同通信)

列島の西半分を覆い平成史上最悪の豪雨被害をもたらした西日本豪雨は、延長国会会期末の与野党攻防や、安倍晋三首相が3選を目指す自民党総裁選にも影響を及ぼしている。会期末まで10日余りとなる中、政府与党が成立を目指すカジノ(IR)実施法案など与野党対決法案の審議日程も一段と窮屈になったうえ、広範囲で甚大な被害への対応の長期化から、11日から予定されていた首相の欧州・中東歴訪計画も中止を余儀なくされたからだ。


倉敷市の被災者の様子。復旧には長い時間が掛かりそうだ(写真:REUTERS/Issei Kato)

深刻極まる豪雨災害を受けて、主要野党は国会審議の一時休戦を求め、与党主導で進んできた法案処理日程にも狂いが生じている。その一方で、今回の災害対応で目立った政府の危機管理の甘さなどに国民的な批判が出始めており、首相が急遽、11日の被災地訪問を決めるなど、政府与党は危機対応の迅速さをアピールするのに躍起となっている。

首相は豪雨被害の拡大を受けて、週明けの9日、予定していた11日から18日までの欧州・中東歴訪の日程を取りやめた。首脳外交の直前の中止は極めて異例だが、死者・行方不明者が200人規模となる歴史的災害だけに、世論の反発も意識して国内で対応の陣頭指揮にあたることを決断した。外遊の主目的だった日本とEU(欧州連合)のEPA(経済連携協定)については、17日にユンケルEU委員長が訪日して協定に署名することになった。

政府による被害の全容把握も難航

今回の西日本豪雨では日ごとに死者が増えており、政府による被害の全容把握も難航している。そうした中での首相の外国訪問には国民からの厳しい批判は必至。このため自民党内でも「下手をすれば内閣支持率が下落し、党総裁選での首相の得票にも影響が出かねない」との見方が広がった。首相サイドは日程を短縮し、被災地を視察してから出発することも検討したとされるが、もともと、EPA署名以外は「外交的な緊急性がなかった」(自民幹部)こともあり「首相の指導力を示す絶好の機会」(閣僚経験者)と災害対応を優先した。

ただ、今回の豪雨災害では、与野党双方から首相ら政府与党幹部の見通しの甘さを指摘する声も相次いだ。首相は豪雨の予報が出ていた5日夜、自民党議員との懇親会に出席。週末に予定していた総裁選地方行脚を目的とした鹿児島、宮崎両県訪問は中止したが、関係閣僚による非常災害対策本部会議の会合を開いたのは事態が深刻化した後の8日で、後手に回った印象は拭えない。

特にインターネットなどで炎上したのが、首相の5日夜の懇親会出席だった。豪雨災害が刻々と迫る中、自民党の中堅・若手議員らが官邸近くの衆院赤坂議員宿舎で開いた「赤坂自民亭」と称する懇親会には、首相や竹下亘総務会長、岸田文雄政調会長らが出席、首相や岸田氏の地元の日本酒などを酌み交わして気勢をあげた。

しかも、約50人もの自民党議員が出席したこの会合の模様を、首相とともに参加した西村康稔内閣官房副長官が、メンバーがVサインなどでご機嫌な首相を囲む集合写真をツイッターに投稿し「笑笑 いいなあ自民党」などと書き込んだからだ。西村氏は政府と与党の連絡役でもあり、ネット上では「この大変な時に何をやっているんだ」など批判の書き込みが殺到することになった。

このため 会合の元締め役でもあった竹下氏は9日の記者会見で、「どのような非難もお受けする。これだけすごい災害になるという予想は持っていなかった」と謝罪と釈明に追われた。併せて、与党の公明党からも「官邸は緩んでいる」との批判が相次ぎ、「首相らのお寒い危機対応」(閣僚経験者)が非難の的となったことで、9月の自民党総裁選への影響を懸念する声も広がった。

一方、野党は9日、国会審議より災害対応を優先するよう政府に申し入れるなど、会期末の法案処理も絡めた与野党の駆け引きが活発化した。立憲民主党の枝野幸男代表や自由党の小沢一郎代表など野党5党の代表は、災害対応に全力で取り組むよう政府に申し入れることで、カジノ実施法案などの重要法案の会期内成立を阻止することを狙っている。災害対応の中軸を担う石井啓一国土交通相は、カジノ法案も所管しているからだ。立憲民主の辻元清美国対委員長は9日、「カジノの議論をしている場合ではない」と口を尖らせた。

カジノ法案と定数増法案の成立阻止狙う野党

野党陣営がカジノ法案とともに成立阻止を狙うのが参院の一票の格差是正を目的に自民党が提案した「定数6増」の公職選挙法改正案だ。同法案を審議する参院政治倫理確立・選挙制度特別委員会は9日午後、各党が提出した格差是正のための公職選挙法改正案のうち、全国を11ブロックの大選挙区に統合する公明党案を先行して採決して否決した。自民党は11日にも同党の改正案を参院本会議で可決して衆院に送付することで週内決着を狙う構えだが、衆参両院での野党側の抵抗は必至で、与野党対立による国会混乱は避けられそうもない。

そもそも、最新の各メデイアの世論調査では、カジノ法案や参院定数増法案の今国会成立について、反対が賛成を大きく上回る数字が目立つ。それだけに、10日の参院内閣委員会でのカジノ法案の審議でも、野党側は「どうしてそんなに審議を急ぐのか。まずは災害対応に専念すべきだ」と口をそろえて石井国土交通相らを攻め立てた。

ただ、与党は公選法改正案も含めて採決を強行する方針を変えていない。このため、野党側が「政権が最も嫌がる時期に出す」(立憲民主党)とする内閣不信任案の提出時期も絡んで、国会攻防は会期末ぎりぎりまで「何が起こるか分からない状況」が続くことになる。

豪雨災害が発生する前は、野党の無力化もあって、政府与党は国会運営の主導権を握っていた。6日はカジノ法案や公選法改正案の参院審議入りが重なる終盤国会のヤマ場となったが、同日には豪雨災害に加えて松本・地下鉄両サリン事件など一連のオウム真理教事件で死刑が確定していた元教祖の麻原彰晃死刑囚=本名・松本智津夫=ら7人の死刑が東京拘置所などで相次いで執行されたことで、国会攻防をめぐる各メディアの報道は「オウム・豪雨」一色となり、国会関連の報道は片隅に追いやられた。

もちろん、法務当局は「死刑執行は慎重に準備を進めてきた結果で、政治の動きとは一切関係ない」と強調する。しかし、永田町では「現在の政権なら、国会のヤマ場にオウム事件での死刑執行をぶつけても不思議はない」(自民長老)との声も少なくない。偶然だったとしても大手紙やNHKなどのニュース報道が国会の動きをほとんどフォローできない状況となったことは間違いなく、その時点では野党側も「安倍政権は本当にしたたかだ」(国民民主党)と舌を巻いていた。

ただ、豪雨災害が加わり、政府の対応への批判が広がったことで、「安倍政権の強運」(自民幹部)は続かなかった格好だ。

不支持理由は「首相が信頼できない」が圧倒的

先週末に実施されたNHKの世論調査では内閣支持率で「支持」が「不支持」を4カ月ぶりに上回った。支持する理由は「他の内閣よりもよさそう」が断然トップだが、支持しない理由でも「人柄が信頼できない」がそれ以上の比率だ。「ほかにいないから支持するが、安倍政権の政治手法は嫌い」という声が圧倒的に多いということだ。

北朝鮮問題をはじめ日本を取り巻く国際情勢も流動化が際立っており、米中貿易摩擦で株価も乱高下している。豪雨災害の対応も含め、会期末までの12日間、首相や政府与党首脳が思惑どおりの政権運営で国会を乗り切り、首相の3選を確定的とするには、まだ多くの波乱がありそうだ。