全身タトゥーの天才バレエダンサー、再生の物語『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン』
画面いっぱいにゆらゆらと揺れる、美しく神秘的な、しかし全身タトゥーだらけの青年。ほどなく画面は変わり、実は青年はヌレエフの再来と称されるほどの類いまれな才能を持つ天才的なバレエダンサーであり、それゆえ常に重圧と苦悩を抱えていることがわかる。つまり彼はわが身をいくつものタトゥーで刻み、薬漬けになるほど薬物の力を借りてハイにならねば舞台に上がれない。精神的に追いつめられているのだ。
1989年ウクライナで生まれた彼は、4歳から体操を始め、その傑出した身体能力と「踊るのが好き」という本人のきわめてシンプルな想いから、9歳でキエフ国立バレエ学校に入学。その4年後、天性の才能に導かれ13歳で名門、英国ロイヤル・バレエスクール入学。そして、その6年後、彼は飛び級を繰り返し、数々の世界的な賞を受賞。19歳にしてロイヤル・バレエスクール史上最年少の男性プリンシパルになるという偉業を成し遂げる……も、そのわずか2年後、2012年1月24日に突如、退団。彼の中で何かが爆発し、バレエを封印してしまったのだ――。
本作は突然の退団からこれまでの軌跡を追いつつ、天才ダンサーの中で何が起きたのかを探り、炙(あぶ)り出してゆくドキュメンタリー。単純に「踊るのが好き」だった幸せな子ども時代。けれど天才を生んでしまった家族は高い学費を払うために出稼ぎで一家離散。
踊り続けていれば家族がまたひとつになれると信じるが叶わず、埋めることのできない家族への愛は、コカイン、タトゥー、夜遊び、毎日のパーティーで埋め尽くされる。ついに目標を失うが、皮肉なことに彼の踊りの才能が失われることはなく、肉体の才能と義務感にさいなまれてゆく。
ケガを恐れて子どもらしく遊ぶ時代のなかった彼が、何度もの心の挫折を繰り返しながらも決して後悔に溺れず、やがて自身の進むべく道を見つけてゆく姿は、きっと見る者の希望となる。
文/大林千茱萸
《映画家/料理家/【ホットサンド倶楽部】主宰》監督作品『100年ごはん』は “映画+食事+おはなし会”の循環型上映会にて世界200か所を巡回。活動内容を記した『未来へつなぐ食のバトン』(ちくまプリマー)も絶賛発売中!!