客はアザラシになったつもりで間近に観察ができる

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 日本最北の動物園が今夏、記念すべき50周年を迎えた。北海道旭川市にある旭山動物園だ。10年前の大ブーム時には年間300万人が訪れ、動物たちの獣舎前にそれぞれ2時間待ちの行列ができたほど。現在は少し落ち着きを取り戻したが、それでも国内外から年間150万人が訪れる。人気の秘密は、動物の嬉々(きき)とした動きを引き出す『行動展示』にあるという。

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 さっそく園内を散策してみると、ベンチに座ってじっと上を見上げる2人の女性に遭遇した。「すごい! すごい!」と声をあげる彼女たちの視線の先を追うと、雲梯(うんてい)にロープを張った大きな遊具を伝い、機敏な動きを披露するクモザルが1匹。客の拍手が聞こえるのだろうか。決めポーズをしているようにも見え、その立ち姿に笑みがこぼれる。

「うちは狭いし、珍しい動物なんていないんです。でも、動物たちが持っている本質的な動きを、ふと発揮できるような環境を用意して、のびのびさせてあげる。そうすれば、お客さんにも“つまらない”じゃない感想を持ってもらえるんじゃないかと思ってね」

 そう話すのは数々の行動展示を手がけてきた園長の坂東元さん。時代の先を走るアイデアマンとして一躍、時の人となるが、原点には忘れられない屈辱がある。

 坂東さんが就職したのは1986年。獣舎の老朽化、感染症などで客足が落ち込み、閉園の危機に直面したどん底のタイミングだった。

「当時は“客寄せパンダを探せ”時代。希少動物や人気動物を導入することにどこも必死でした。ラッコとコアラが大ブームでね。北海道は昔から保護で入ってくるアザラシが地元の生き物。でも“ラッコじゃないのかよ、つまんねぇ”って客が吐き捨てるようになって……。それが悔しくてね」

 資金はないけど、しゃべるのはタダ。つぶれるくらいなら、と飼育員自ら動物の習性を紹介する『ワンポイントガイド』を始めた。

 今いる動物の素晴らしさをちゃんと伝えよう──この方針が、やがて行動展示へとつながっていく。

「例えば、ゴリラやライオンに麻酔をするとき。寝ているとはいえ、同じ空間にいる緊張感があって。つまらない生き物だとはとても思えなかった。なんだろう、ざわざわする存在感というか。飼育員がふだん感じている“スゴイ”という感覚をお客さんと共有したくてね」

 ヒョウが客の頭上でギロリと睨(にら)みをきかす。この展示アイデアも飼育中にひらめいたものだ。

「吹き矢で麻酔をかけるとき、頭上にいかれると手も足も出ない。動物が自分の能力を使えると気づけば、人間なんてチョロイもの。萎縮することがない。だから、高い位置から人を観察できるようにしたんです」

 餌を狩ったり、身を守る必要がない動物園の動物は退屈していると坂東さん。

「僕からすればお客さんは猫じゃらし。動物が唯一、予測できない動きをするので、いい刺激を与えることができる。人間の側が見ているようで実は動物から観察されている。そんな関係性の展示が多いんです」

 ホッキョクグマの足元にはドーム型の“のぞき用カプセル”を設置。客が顔を出すと、アザラシが水面で息継ぎするように見えるという。なるほど、のそのそ近づいてくる際に目が合うと、息をのむ迫力がある。

「ショーや餌やりは客にウケるが、飽きられる。一発芸人じゃ、長く愛し続けてもらえないですから」

 どんな動物も「つまらない」とは言わせない。その強い思いが手作り看板や展示の細部ににじみ出ていた。

【旭山動物園】
住所●北海道旭川市東旭川町倉沼
入園料●大人(高校生以上)820円、小人(中学生以下)無料
開園時間●9:30〜17:15(入園は16:00まで)
※上記は夏期開園時間(平成29年4月29日〜10月15日まで)