健大高崎(群馬)葛原美峰コーチ流ゲームプラン立案メソッド 「隙間の無いチームは確率と密度で勝負する」【Vol.3】

写真拡大 (全2枚)

 もはやおなじみの「機動破壊」。だが、健大高崎はそれだけではない。走攻守にわたり緻密に練られたゲームプラン。その存在がチームの力を何倍増しにもしている。いったい、どのような流れでゲームプランは練られていくのか。立案者である葛原美峰コーチに秘訣をうかがった。第3回となる今回はそのゲームプランをいかに実践するかを解説します。

守:継投しつつ意識する点の奪われ方

健大高崎・葛原 美峰コーチ

 健大高崎の投手起用で特徴的なのは、継投を採用していることだ。「自分の中でこだわりたい部分です。どんなに絶対的なエースがいたとしても、トータルで見れば継投の方がはるかに勝率は高くなります」

 用意するのはスターター、ミドル、セットアップ、クローザー。さらにスイングマンという次戦の先発投手も入れて5人。各役割のピッチャーには、大体何イニング目からどれだけ投げてもらうか、を事前に通告しておく。その際、自分は何点取られていいかも把握しておく。

「継投は失敗が恐れられますが、普段からきっちりとした役割分担をして慣らせておけば、大崩れする確率は減ります」

 実際、健大高崎ピッチャー陣には継投に際する不安はないという。練習試合から常に継投を試しているので、誰が先発向きか、そして誰がどのようなタイプのバッターに強いか、などが全てデータとして蓄積されているからだ。「想定外の試合展開になった時も、例えば『5回からいくぞ』と伝えているミドルを前倒しすることはありません。もし1回に先発が崩れたら、スイングマンに代える。それで4回まで投げてもらって5回からは予定通りミドルを投入する。これが想定外になっても試合を壊さない回避法です」

 健大高崎には「エースと心中」という哲学はない。そして守備においても常識を覆す考え方を持っている。冒頭で述べたように、最初に「何点勝負」になるかを見通した場合、許していい失点数が見えてくる。プランとして重要なのは「いかに点をやるか」だ。

 高校野球に限らず、野球では「先制点が重要」とまことしやかにささやかれている。なぜなら最初にゲームの主導権を握れるからだ。また、失点することで相手チームは勢いづき、自チームが落ち込むことでビッグイニングを作られる恐れもある。「私の考えは逆です。1つの失点を惜しむからビッグイニングを作られる。あっさり、無駄な抵抗をしないで点を許した方が単発な攻撃で終わることが多いと考えています。実際、試合結果をトータルして見ると、1点を争う攻防となる試合は少ない。でも人の記憶には1点を争う接戦のインパクトばかりが残る。そこは切り離して考えるべきです」

 例えば2016年秋季関東大会の準々決勝。健大高崎は横浜と対戦した。勝利すれば翌年のセンバツ出場権がグッと近づく重要な試合。この時の葛原コーチのプランは「5点は取れる。いかに4点取られるか」というものだった。「横浜には万波 中正選手など、素晴らしいバッターがそろっていますが、彼らに打たれるには構わない。むしろ彼らの前に無駄な走者を出さないことを最重視しました。結局失点はソロホームラン2発。プラン通りでしたから、ホームランを打たれたといっても引きずらずに攻める投球を最後まで続けられました」

 結果、5対2で勝利。健大高崎は見事、翌年のセンバツ出場を決めた。「簡単に無駄な走者を出すな、といっても難しい。でも、うちでは普段から点の取られ方を指導陣一丸となって教えています。それこそ1年生時から、やっていい点とそうでない点を徹底して教える。やっていい場合は、無駄な抵抗はせずに、あっさり得点を許します」

9イニングを俯瞰してプラスアルファを探す

練習風景(健大高崎)

 ここまで葛原コーチ流のゲームプランを「走・攻・守」に分けて紹介してきたが、共通しているのは1試合9イニングを俯瞰しているということだろう。目の前のイニングや点差だけを考えていると、三振したり、点を与えたりすることに抵抗を覚えるはずだ。だが、しっかりしたプランであれば、トータルで物事を見られる。ヒット数だけでなくアウト数も、得点だけでなく失点も、戦術として組み込めるのだ。

「やはり、いかに森を見るか、だと思います。全体から見て入っていけば、必ずいい部分が見つかる。考えようによっては欠点も武器になる。例えば、投げ方が基本から外れた投手がいても、逆に独特の変化球が投げられたりするものです。それを一般的なフォームに矯正してしまったら、その武器を消すことになってしまう。同じことがチームレベルでも言える。できないことをやらせるのではなく、一人一人がやれることを見出し繋げることでチームの隙間を埋めていくのです」

 そんな葛原コーチが抵抗を覚える言葉がある。「普段通りの野球をやっていれば負けない」というものだ。「魔法の言葉ですよね。でも、普段通りでは勝てない時が来ます。何かしらプラスアルファを求められる時が。その時にどうプラスアルファをもたらすか。私がやっていることは、常識とは違う奇襲のように見えますが、結局は確率の高い方法を採用しているにすぎません。全国にはすごいチームがある。選手が大柄でパワーもありスピードもある。そんなチームがバントやキャッチボールといった基本を大事にするのは分かります。

ですが、すごくないチームがすごいチームに倣ってバントやキャッチボールを重視したら、永久に勝てません。健大高崎はすごいチームではない。ではどうしたら勝てるかといったら、隙間の無いチームを作ることです。すごいチームは豪快なぶん、隙間がある。一方、隙間の無いチームは確率と密度で勝負する。どっちがトータルで“強い”かといったら…後者だと私は思います」

プランをトレーニングする唯一絶対の場は練習試合どのプランが来ても対応できるように普段から準備している健大高崎ナイン

 健大高崎では対戦相手に応じてあらゆるプランが用意される。特筆すべきは、どのプランが来ても対応できるように普段から準備しているということだ。「新チームになったらまず基本から確認していくのがチーム作りの定石かもしれません。しかし、今も言ったように強豪校と同じように基本を確認していたら勝てない。我々はいきなり実戦です。基本ができていようとなかろうと、実戦で経験を積み、実戦で反省を繰り返す。時にはどのカウントになったらエンドランをするとか、事前から決めることもあります。そうすればベンチの選手全員もどのケースでエンドランがあるか分かる。チーム全員でケーススタディを共有していくんです」

 練習試合こそ貴重なプラン実戦の場。だから、目的に沿っていろんな独自ルールを設ける場合がある。「27個のアウトを一つもおろそかにしたくない場合、バントをランナーコーチャーに向けてさせることがあります。結果はファールですが、きちんとランナーコーチャーに向かってバントできれば成功。そのままヒッティングをすれば1つのアウトでバントとヒッティング、両方の経験を積むことができる。また、試合前に相手さんにお願いして、ランナーがいなくても、ダブルプレーの経験値を上げるために内野ゴロをセカンド経由にさせてもらうこともあります」

 健大高崎は、実戦でのケーススタディを1年生時からとことん詰め込んでいくことでプランの精度を高めているのだ。「知ることと、できることは違う」と葛原コーチは言う。もしプランを大事な試合で実践しようとするならば、練習試合を普段のトレーニングの成果を試す場とするのではなく、練習試合自体をトレーニングの場とする意識をもつことが、実現性を高める第一歩になるかもしれない。

(取材・文=伊藤 亮)

注目記事・2017年度 春季高校野球大会特集