大丈夫かマクラーレン・ホンダ? 挙動は不安定、パーツも届かず
最後の開幕前テストを迎えたバルセロナで、マクラーレン・ホンダの音が変わった。
メインストレートを全開で駆け抜けるホンダのエンジンサウンドは、明らかに前週のそれとは異なり、金属音的なギラつきが増した甲高く賑やかな音に生まれ変わっていた。ホンダはさらにアップグレードした『RA616H』を持ち込んでおり、その進化が音になって表れたのだ。
ホンダの長谷川祐介F1総責任者は、8日間のテスト内容に、「素直にうれしい」と率直な気持ちを語った。
「吸気系の最終仕様を入れたものを持ち込みました。そのおかげで、フル出力でかなり安定して走ることができましたし、データ上のチューニングも進みました。パワーユニット側のハードウェアにもトラブルは一切ありませんでした。ホンダの進化を示せたこと、(昨年のように)クルマ側のテストに支障を来さなかったことは、チームやドライバーたちとの信頼関係という点でも非常によかったと思います」
昨年の課題であったERS(エネルギー回生システム)の発電・ディプロイメント不足は完全に解消でき、信頼性が確保されたことも、まずは確認できた。バルセロナで約3142kmを走り込んだパワーユニットは栃木県のF1開発拠点『HRD Sakura』に戻され、さらにベンチテストで距離を重ねて信頼性の確認を行なうことになるが、パワーユニットの設計に関わるような深刻な問題はひとつも出ていない。
もちろん、性能面に関してはまだ、ライバルメーカーの後塵を拝している可能性が高い。
正確な比較はまだできないが、大きく改善してきたルノーは900馬力、メルセデスAMGのパワーユニットに至っては1000馬力を超えているのではないか、という噂もある。
ホンダもそれは認識しているが、「まずは信頼性。どんなトラブルであれ、止まってしまったらレースに参加する資格がない」と、長谷川総責任者は言う。まずはスタートラインに立ち、そこから再スタートすることこそが、2016年のマクラーレン・ホンダに課せられた使命だからだ。
一方で、開幕戦以降に向けた開発も進んでおり、まだ伸びしろはありそうだ。
ただし、スーパーソフトやウルトラソフトといった柔らかいタイヤを履いてもラップタイムが伸びず、連日トップからは1.8〜2.0秒ほど遅いタイムしか記録できていない。3番手タイムを記録した初日も、トップとの差はやはり1.713秒もあった。
テストはあくまでテストでしかないとはいえ、その内容を分析すれば、ある程度の戦力は見えてくる。
「あまり欲張ってもしょうがないので、ステップ・バイ・ステップで進むという意味では、現状に十分満足しなければいけないと思いますけど、やっぱりだんだん欲が出てきますからね。少なくとも我々が目標としている、『コンスタントにQ3(※)進出』というターゲットが達成できるかどうかというと、今日のパフォーマンスでは正直ちょっと厳しくなってきたかな、という感じもしますしね」
※予選はQ1〜Q3まであり、出走台数が20台の場合、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。
また、パワーユニットの性能もさることながら、気になるのは車体側だ。
ドライバーたちはメディアに向けて多くを語ることはしないものの、コース上での走りを見れば明らかにマシンの挙動は不安定で、セットアップの煮詰めが進まないことに苛立ちを見せているようだ。
フェルナンド・アロンソは、控え目にこういった。
「車体側についてはまだ、さまざま試さなければならないことがたくさんある。このクルマは新しいフィロソフィー(哲学)で設計されていて、車体後半部はかなり設計変更が施されているからね。学習を進め、パフォーマンスを最大限に引き出すためにはどこをどう使いこなすべきなのかを理解していかなければならない」
予定していたロングランをあきらめなければならないほどのマシン挙動では、パワーユニットの"味付け"に必要なドライバーの感触を聞くことすらできない。長谷川総責任者は語る。
「今の時点でパフォーマンスうんぬんを判断するのは難しいんですが、少なくともドライバーはクルマのフィーリングに満足していなかったようなので、そこは残念ですね。クルマがあまりに決まらなかったので、ドライバーも踏めていなくて、パワーユニットに対する評価を聞いても仕方がないというのが正直なところです。本当はもっとロングランをやる予定だったんですが、クルマが気に入らなかったみたいで早めに(ピットに)入ってきちゃいましたから......」
車体後半部は"サイズゼロ"コンセプトに基づき、コンパクトに絞り込まれ、空力的に攻めた設計になっている。しかし、空力を突き詰めたマシンというのは、気流が安定しているときは大きなダウンフォースを発生させられるが、気流が乱れた際の挙動は不安定になる。空力に過度に依存し、空力を突き詰めれば突き詰めるほど、挙動はピーキーになってしまうのだ。
そしてここに来て、マクラーレンはこのバルセロナ合同テストに持ち込むことを予定していた新型フロントウイングなどの開幕戦仕様パーツが間に合わず、開発に遅れが生じていることを明かしてきた。
「我々はまだ、完全な2016年スペックで走れていない。プログラムに少し遅れが出ているんだ。開幕戦のオーストラリアでは、もう少し性能を引き出して迎えることができる。今回は本来の速さで走ることができていないが、それが現実なのだから仕方ない。しかし、連日かなりの距離を走り込むことはできているし、信頼性の高いクルマで開幕を迎えることができる。現時点でのベースとしてはいいと思うし、ここからの数週間で、(フルスペックの投入により)さらにパフォーマンスは伸びてくるだろう」
マクラーレン・レーシングディレクターのエリック・ブリエは、開発の遅れはそんなに深刻なことではないという。
「限界ギリギリを攻めていけば、時にはこういうこともある。そんな大袈裟なドラマではないし、別に珍しいことではなく、シーズン中にも毎レースのように起きていることだよ」
ブリエとしては、テストで走行距離を重ねたにもかかわらず好タイムが出ていない理由を、2016年フル仕様が間に合わなかったことにこじつけたいのだろう。しかし前述のとおり、バルセロナでタイムが出せなかった理由は、別のところにある。
それに、ぶっつけ本番となる2016年フル仕様の『MP4-31』は、本当にメルボルンできちんと走ることができるのか――。バルセロナでの苦戦ぶりを見るかぎり不安を禁じ得ないが、ブリエは自信があると語る。
「自信は100%だ。今のところ、我々の持ち込んできたものはきちんとコラレーション(デザインと風洞と実走の誤差確認)が取れているからね。その数字が我々に、今後の開発に対しての自信を与えてくれる」
現実的にラップタイムを分析すれば、現時点でのマクラーレン・ホンダのQ3進出は難しいかもしれない。開幕戦までに残された1週間半の時間でどこまで挽回することができるか......。そこが勝負だ。
第3期F1活動で、現在はメルセデスAMGのファクトリーになっているブラックリーのチームとともに働いた経験を持つ長谷川総責任者は、マクラーレンに対して信頼を寄せている。
「まだラップタイムは出ていませんけど、マクラーレンは地力のあるチームですから、こうしたデータが必ず生きてくると思っています。開幕戦オーストラリアGPで走るクルマはかなりスペックも違ってきますから、そこに合わせ込んでいくための十分なデータは取れたと思っています」
信頼性とディプロイメントを手にして、マクラーレン・ホンダは2年目にしてようやく、真の意味での"スタート地点"に立った。
それがどんな場所か、1週間半後のオーストラリアGP予選ですべてが明らかになるだろう。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki