昨年秋、一部の好き者が狂喜乱舞するレクサスがデビューした。その名は"LX570"。

 レクサスの命名法にはある程度の規則性があるので、好き者は実物を見なくとも車名だけで、そのクルマとなり......を頭に浮かべることができる(まあ、ここでは写真がいきなり出ちゃってますが)。

 まず、最初のアルファベット2文字が、レクサスではジャンルを含めたクルマそのものを表す。今回のLXのように2つめに"X"がつく場合は、種別としてはクロスオーバーやSUVとなる。で、頭のアルファベットが示すのは、そのクルマのサイズやクラス。レクサスの最高級セダンがLSであることからもわかるように"L"はレクサスでもっとも大きく豪華なクラスを意味する。

 さらに、末尾の3ケタ数字はエンジンの排気量や動力システムの格を表すもので、"570"とは文字どおりの5.7リッター。ちなみに570という数字は、レクサスの純エンジン車としては最大だ。

 というわけで、LX570とは"レクサスでもっとも高級で巨大、そしてもっともデカいエンジンを積んだSUV"ということだ。

 LXは日本では今まで見たことのなかったブランニュー商品だが、レクサスの主力市場である北米では昔からあって、今回のLXは通算3代目にあたる。その現行3代目にしても、北米では2007年から販売されている。

 LXがこれまで日本で販売されていなかった理由は、いくつかある。まずはレクサスそのものが日本では2005年まで存在しなかったし、LXはすべてがアメリカ基準に合わせてあるので「いくらなんでも日本ではデカすぎだろ!?」との判断もあったと思われる。

 ただ、最大の理由はおそらく、これが"トヨタ・ランドクルーザー(ランクル)のレクサス版"だからだろう。LXの中身は、このコーナーでも以前紹介(第33回参照)したトヨタ・ランクルそのもの。意地悪にいうと、LX570はランクルにひとまわり大きなエンジンを載せて、内外装を豪華絢爛に飾り立てただけである。そんなLX570の価格は1100万円! エンジンや内装装備以外はLXとほぼ同等のランクル(のZXグレード)は680万円強。その差はじつに500万円以上!!

 トヨタにかぎらず、日本の自動車メーカーというのは意外に(!?)生真面目だ。「中身がほとんど変わらないクルマを、あまりに高い値段で売るのは、日本のお客様に失礼にあたる(アメリカ人には売るけどね)」と考えても不思議ではない。

「だったら、安く売ればいいじゃん」とツッコミたくなる気持ちもわかるが、クルマの値段というのは、そう単純ではない。クルマを1台売り出すには、国交省その他の認証が必要だし、補修整備のための部品確保も必要だし、日本全国のディーラー向けの教育やマニュアル作成もしなければならない。さらには、同じ会社の商品なら、他のクルマとの兼ね合いで、高すぎても安すぎてもいけない。

 というわけで、なかなかLXの国内販売に踏み切れなかったトヨタも、ここにきてついに決断した。そこには地球規模でのレクサス戦略や、海外高級ブランド車への流出防止......などの深い思慮もあるんだろう。ただ、LXは以前から、知る人ぞ知るカリスマ的存在になっており、「日本にもLXをほしがっている人がいるのに、売ってあげないのは失礼にあたる」という生真面目な思いもあったはずだ。

 LX570の乗り味は、簡単にいえばランクルそのものだ。5.7リッターは日本車では史上最大級の排気量なので、アクセルを遠慮なく踏むと、巨体を身震いさせながら恐ろしいほどの突進力を見せる。ただ、そういう走りかたはLX本来の使い方ではない。その暴力的なパワーをあえて隠すように運転すると、その車内は静粛そのもので、道路の微妙な勾配や凹凸も存在しないかのように、鼻息だけでスルルーと滑るように走る。

 本物の木と革に包まれた室内調度は、ああなるほど、アメリカ資本の高級ホテルの風情。古典的本格オフローダー構造のランクルゆずりの高いシートから下界を見おろして走れば、自分が"やんごとない人間"になったかのように錯覚させてくれる。そうなると、せかせかと走るのもバカらしくなって、自然とアクセルを踏む力も優しくなる。

 借り物のLX570で東京を走っていたら、やけに熱い視線を感じた気がした。さすがカリスマ。まあ、その大半は「お前には似合わないんだよ」という嘲笑の目だったはずだけど、こうした錯覚作用もまた、クルマ趣味の本質的なツボである。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune