ヤンキースとのサブウェーシリーズでメッツの松坂大輔が今季初勝利を挙げた。これでメジャー通算54勝となったが、この1勝はリリーバーとして挙げた初めての勝利でもあった。

 ストレートは最速93マイル(約149キロ)を計時し、カットボールは91マイル(約146キロ)の切れ味を見せた。ヤンキースタジアムの球速表示はメジャーの球場の中では平均レベルだが、かつて松坂が6年間在籍したレッドソックスの本拠地であるフェンウェイパークなら、ストレートは95マイル(約152キロ)、カットボールも93マイルは出ていたであろう。それほどに、松坂の投げるボールは唸(うな)りを上げ、力のある彼本来のボールが蘇(よみがえ)っていた。

 この状態の良さは何年ぶりだろうか。おそらく2008年に18勝を挙げた時以来だと感じるが、普段は自分の投げるボールに対してなかなか満足しない松坂も、少しだけ手応えを口にした。

「ちょっと戻ってきているかな、という感覚はありますね。いい感じになっていると思います」

 右ヒジのトミー・ジョン手術だけでなく、右僧帽筋、太腿、ふくらはぎなど、これまで松坂は健康面で泣かされ続けてきた。それが2009年から昨年までの5年間で20勝しか挙げられなかった大きな原因だ。彼にとって我慢の時が長く続いたが、健康な体を取り戻せば、彼らしい力のあるボールが戻るのも当然のこと。まだ33歳と老け込む年齢ではない。黒田博樹、岩隈久志、ダルビッシュ有、田中将大らとともに、日本人先発投手として輝きを放ち、高い実力を証明してほしいと願うばかりだが、松坂の現状はリリーバーである。

 松坂が今季、メジャーに昇格したのは4月16日。以来、好投を続けても立場は変わっていない。この現状に、メッツのビートライターも首をひねっている。

 松坂はこの春のキャンプで、右腕のヘンリー・メヒアとともに先発5番手の座を争っていた。その争いの中で十分な結果を出したにもかかわらず、開幕はマイナーで迎えることになった。そして今、メッツの先発に2つの空きが出た。開幕投手であるディロン・ジーの故障者リスト入りと、メヒアのクローザー転向である。

 しかし、メッツ首脳陣はそのスポットに、マイナーからラファエル・モンテロとジェイコブ・デグロムの若手ふたりを昇格させた。彼らはキャンプ時に、今季の先発構想には入っていなかったふたりだ。だからこそビートライターは「話が違うじゃないか」と首をひねっているのだ。

 なぜ松坂は先発として投げられないのか?――周囲の話を総合すると、松坂の契約条項に含まれている先発投手としてのオプションの支払いを抑えたいために、サンディ・アルダーソンGMはブルペンでの起用をテリー・コリンズ監督に進言しているというのだ。松坂にとっては何とも気の毒な話であり、納得しがたい話であろう。それでも松坂は黙々と慣れないリリーバーの仕事と向き合っている。

「なかなかそこ(先発)に戻るのは簡単なことではないと思いますけど、どの場面で投げるにせよ、結果を出し続けていくしかありません。もちろん先発はやりたいですけど、今はリリーフとして、チームの勝ちにつなげられる試合が多くなればいいんじゃないですか」

 人懐っこい笑顔で、胸の奥底にある理不尽な思いへの虚無感をかけらも見せない松坂。彼らしい力のあるボールが蘇(よみがえ)ったことは何よりも嬉しいことだが、我慢の時はもう少しだけ続くようだ。

笹田幸嗣●文 text by Sasada Koji