「フクシマはカネになる」と囁く広島“原爆研究所”と、その所長の“法律違反”【前編】
福島原発事故により野菜や水道水などが放射能汚染されているかもしれないという恐怖は今も国民を覆っている。そんななか、“専門家”と呼ばれる人たちに求められるのは国民に対して放射能の正しい防御情報を提供するということ。しかし、広島大学の“原爆研究所”では被災者を冒涜(ぼうとく)するような発言が飛び交っていた。そして、その研究所の所長はなんと放射線にまつわる“法律違反”まで犯していたのだ。真相をルポライター・明石昇二郎が追った。
神谷研二・福島県放射線健康リスク管理アドバイザー。広島大学・原爆放射線医科学研究所(原医研)の所長であり、首相官邸に対してフクシマ原発事故対策の助言を行なう「原子力災害専門家グループ」の一員でもある。そんな重責を担う神谷氏のスキャンダルが発覚した。
* * *
1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きるまで、放射性ヨウ素を体内に取り込んでも発ガンの危険性は少ないと考えられていた。そして、それが当時の科学の「定説(ていせつ)」でもあった。なぜなら、放射性ヨウ素は甲状腺機能の検診や甲状腺疾患の治療など、医療用としても広く使われており、そうした患者たちの間で甲状腺ガンの増加は確認されていなかったからである。
だが、事故発生から5年もすると、チェルノブイリ原発の周辺では子どもたちの間で甲状腺ガンが急激に多発し始める。10年も経つと、多発傾向はより顕著になる。「定説」を覆す異常事態が発生しているのは誰の目にも明らかだった。
この事態を受けて2000年10月、広島大学の原医研で「動物実験」による研究が始まる。研究の総括責任者は、当時、広島大学原医研の教授だった神谷氏だ。
実験は、ラットに放射性ヨウ素(I-131)を投与し、
(1)普通のヨウ素(非放射性)を多く含んだ食事(高ヨウ素)を与えたラットと、そうでない食事(低ヨウ素)を与えたラットを比較し、ガン発症との相関関係を調べる
(2)子どものラットと大人のラットを比較し、ガン発症との相関関係を調べる
というもの。つまり、小児甲状腺ガンの多発は「放射性ヨウ素による内部被曝」と日々の「低ヨウ素の食事」、そして「低年齢」に関係があるのではないかとの仮説を立て、それを検証するのが、実験の最大の目的だった。
この研究をあと押ししたのが、電力会社である。当時の日本は、茨城県東海村の「JCO臨界被曝事故」(1999年)が起きた直後。同事故を契機に「原子力災害対策特別措置法」が制定されたばかりだった。原発にはヨウ化カリウム製剤(ヨウ素剤)を常備しておくことが義務づけられ、電力会社にとっても「小児甲状腺ガン多発」の現実は見過ごせない話だったからだ。
関係者によれば、スポンサーとなった電気事業連合会(電事連)がこの研究のために注ぎ込んだのは「およそ1億円」。研究事業は、財団法人・原子力安全研究協会(原安協)が受託し、広島大学の原医研に下りてきた研究予算の総額は3年間で6000万円だった。
* * *
仮説は証明されつつあった。「低ヨウ素」「低年齢」ラットの生存率が最も低かったのだ。その死因の大半は、甲状腺ガンだった。しかも、高ヨウ素の食事を与えていたラットは、「低年齢」でも生存率の低下は見られなかったという。
研究がこのまま進めば、海に囲まれ、日頃から「高ヨウ素の食事」を摂っている日本の子どもたちは、チェルノブイリの子どもたちに比べ、放射性ヨウ素に対する“耐性”がある――ということが証明されていたかもしれない。加えて、放射性ヨウ素が誘発する小児甲状腺ガンの治療法や予防法開発のきっかけにもなっていた可能性もある。つまり、フクシマ事故が発生した今、数少ない吉報となるはずだった。
神谷研二・福島県放射線健康リスク管理アドバイザー。広島大学・原爆放射線医科学研究所(原医研)の所長であり、首相官邸に対してフクシマ原発事故対策の助言を行なう「原子力災害専門家グループ」の一員でもある。そんな重責を担う神谷氏のスキャンダルが発覚した。
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1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故が起きるまで、放射性ヨウ素を体内に取り込んでも発ガンの危険性は少ないと考えられていた。そして、それが当時の科学の「定説(ていせつ)」でもあった。なぜなら、放射性ヨウ素は甲状腺機能の検診や甲状腺疾患の治療など、医療用としても広く使われており、そうした患者たちの間で甲状腺ガンの増加は確認されていなかったからである。
だが、事故発生から5年もすると、チェルノブイリ原発の周辺では子どもたちの間で甲状腺ガンが急激に多発し始める。10年も経つと、多発傾向はより顕著になる。「定説」を覆す異常事態が発生しているのは誰の目にも明らかだった。
この事態を受けて2000年10月、広島大学の原医研で「動物実験」による研究が始まる。研究の総括責任者は、当時、広島大学原医研の教授だった神谷氏だ。
実験は、ラットに放射性ヨウ素(I-131)を投与し、
(1)普通のヨウ素(非放射性)を多く含んだ食事(高ヨウ素)を与えたラットと、そうでない食事(低ヨウ素)を与えたラットを比較し、ガン発症との相関関係を調べる
(2)子どものラットと大人のラットを比較し、ガン発症との相関関係を調べる
というもの。つまり、小児甲状腺ガンの多発は「放射性ヨウ素による内部被曝」と日々の「低ヨウ素の食事」、そして「低年齢」に関係があるのではないかとの仮説を立て、それを検証するのが、実験の最大の目的だった。
この研究をあと押ししたのが、電力会社である。当時の日本は、茨城県東海村の「JCO臨界被曝事故」(1999年)が起きた直後。同事故を契機に「原子力災害対策特別措置法」が制定されたばかりだった。原発にはヨウ化カリウム製剤(ヨウ素剤)を常備しておくことが義務づけられ、電力会社にとっても「小児甲状腺ガン多発」の現実は見過ごせない話だったからだ。
関係者によれば、スポンサーとなった電気事業連合会(電事連)がこの研究のために注ぎ込んだのは「およそ1億円」。研究事業は、財団法人・原子力安全研究協会(原安協)が受託し、広島大学の原医研に下りてきた研究予算の総額は3年間で6000万円だった。
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仮説は証明されつつあった。「低ヨウ素」「低年齢」ラットの生存率が最も低かったのだ。その死因の大半は、甲状腺ガンだった。しかも、高ヨウ素の食事を与えていたラットは、「低年齢」でも生存率の低下は見られなかったという。
研究がこのまま進めば、海に囲まれ、日頃から「高ヨウ素の食事」を摂っている日本の子どもたちは、チェルノブイリの子どもたちに比べ、放射性ヨウ素に対する“耐性”がある――ということが証明されていたかもしれない。加えて、放射性ヨウ素が誘発する小児甲状腺ガンの治療法や予防法開発のきっかけにもなっていた可能性もある。つまり、フクシマ事故が発生した今、数少ない吉報となるはずだった。