佐賀県、長崎新幹線「フル規格化」反対の裏事情
新幹線ホームの建設や在来線の高架化工事が進む長崎駅(記者撮影)
3年後に開業する長崎新幹線。沿線自治体の利害が対立している。
2022年度の新幹線開業に向け、長崎市内の各所で建設のつち音が響く。九州では、玄関口の福岡・博多と鹿児島を結ぶ九州新幹線・鹿児島ルートが2011年に全線開通。長崎新幹線はその西九州ルートに当たる。長崎県には多くの観光資源があるが、九州西端に位置して交通の便が悪く、新幹線開業は長年の悲願だった。
だが、国土交通省は3月下旬、長崎新幹線の厳しい試算を公表した。現状の計画のままでは、約6200億円の建設費に対し、開業後の利便性改善や路線収益などの経済効果による回収は半分程度しか見込めない、とする試算だ。なぜ、そんな状況になってしまったのか──。
FGT断念で崩れた構想
全線を新幹線規格(フル規格)で開業した鹿児島ルートとは違って、そもそも長崎新幹線は財源上の制約から、佐賀県内の新鳥栖─武雄温泉間(約50km)は在来線を活用する前提だった。
こうした制約下で最大限の利便性を確保するため、国はフリーゲージトレイン(FGT)の開発・導入をもくろんだ。
FGTは走行中に車輪の左右間隔変更が可能な新型車両だ。実用化できれば、軌間の異なる在来線と新幹線の線路を走行できる。そこで、この技術を用いてFGTを導入し、博多─長崎間を乗り換えなしで直通する構想を描いた。
しかし、FGTの開発は難航。走行中に車軸や軸受けが摩耗する致命的な欠陥が露呈し、政府は昨年夏に導入を断念した。これで長崎新幹線は当初の構想が大きく崩れてしまったのだ。
FGT構想の挫折によって、現時点で決まっているのは武雄温泉─長崎間の開業のみ。走行区間わずか66kmの“ローカル新幹線”でしかなく、その経済効果は高が知れている。本州から新幹線を利用して長崎を訪れる観光客は、博多(または新鳥栖)で在来線に乗り換えて武雄温泉まで行き、さらに新幹線に乗り継ぐ必要がある。
フリーゲージトレインの第3次試作車(編集部撮影)
2度の乗り継ぎが面倒なうえ新幹線区間が短いことから、博多─長崎間の所要時間は1時間22分。同区間を特急1本で移動するのと比べて、26分短縮されるにすぎない。これでは多くの利用者が見込めないのも当然で、それが前出の国交省による費用対効果の厳しい試算につながった。
「望んでいたのは、長崎が博多から乗り換えなしで結ばれること。隣の佐賀との間を新幹線が行き来しても意味がない」。地元の長崎県民からは、不満の声が上がる。運行を担うJR九州(九州旅客鉄道)の青柳俊彦社長も、「この不完全な状態が固定化すると採算性が成り立たず、受け入れられない」と話す。
JRは「全線フル規格」要望
さすがに国も今のままではまずいと認識し、整備計画の再修正に向け動き出した。選択肢は2つある。1つは新鳥栖─武雄温泉間でのミニ新幹線方式の採用。もう1つは、同区間にも新幹線の専用線路を新設し、全線をフル規格に格上げする案だ。
JR長崎駅前に飾られた新幹線開業の告知看板。しかし、最終的に博多と新幹線で結ばれるかどうかが見えないため、地元でも困惑が広がる(記者撮影)
ミニ新幹線方式は、在来線線路の軌間を広げ、やや小ぶりな新幹線を走らせる手法。山形・秋田新幹線でも採用されている。ただし、改軌工事が必要で、その間は在来線を長期間運休せざるをえない。新鳥栖─武雄温泉間は博多との間を行き来する利用者が多いため、JR九州は「在来線を運休させるわけにはいかない」としてミニ新幹線方式に反対し、全線フル規格での整備を国に求めている。
同区間もフル規格で整備した場合、6000億円超の追加費用がかかるが、山陽新幹線への乗り入れで関西─長崎間の直通運転が可能になる。所要時間も大幅に短縮される。政府・与党の検討委員会は6月までに“最終形”について方向性を固める予定で、多額の追加費用をかけてでも経済効果が大きい全線フル規格化に傾いている。
実現のカギを握るのは、新鳥栖─武雄温泉間の沿線自治体である佐賀県の動向だ。新幹線建設の費用は、JRが支払う新幹線リース料を充てた残額について、国が3分の2、沿線自治体が3分の1を負担する。自治体には国からの助成措置があるが、それでも全線をフル規格化すると、佐賀県に追加で450億〜660億円の実質負担が生じる。
新幹線の工事が進む長崎駅付近を走る在来線特急(記者撮影)
このため、佐賀県は全線フル規格化に強く反対している。現状でも在来線の特急を使えば、佐賀─博多間の所要時間は30〜40分程度。この区間が新幹線規格で整備されても大きな時間短縮は見込めない。メリットが乏しいのだから、多額の費用を負担してまで同区間をフル規格化する必要はない、という理屈だ。
佐賀駅周辺再開発にも影響
さらに、「財源問題だけが反対の理由ではない」と県の担当者は明かす。県が懸念するのが在来線の扱いだ。フル規格新幹線を整備すると、利用者の一部が新幹線に流れ、並行する在来線の旅客が減る。そのため一定の条件下で、JRが並行在来線を経営から切り離せる制度がある。
しかし「在来線がなくなると通勤・通学などの利用者の利便性が損なわれる」(県担当者)ため、他県の例を見ると、新幹線開業時にJRが切り離した在来線を県や沿線市町村が第三セクター鉄道として運営する例が多い。その多くは赤字路線で、自治体にとっては重荷でしかない。
さらに、佐賀市が進めるまちづくり政策にも影響が出る。市は佐賀駅前に広がる土地を再開発し、大規模な商業施設や複合施設を建設する計画を進めている。その成功には、佐賀駅に人が集まる仕組み作りが不可欠だ。仮にフル規格の新幹線の新駅が現佐賀駅から離れた場所に建設されてしまえば、まちづくり政策を根底から見直す必要がある。
佐賀県の山口祥義知事は4月26日の政府・与党検討委員会に出席し、「地元の意向を無視して、新鳥栖─武雄温泉間の新幹線整備を進めることはありえない」との認識を示した。こうした”猛反対”が中央に届いたのか、「6月までに最終形を決めるという声はあまり聞こえなくなってきた」(JR関係者)。
開業を3年後に控えた長崎新幹線。理想の最終形を実現するには、費用負担や在来線の扱いなどで佐賀県民が納得する案を提示できるかがカギとなる