東京・新宿区内の新築マンション。一部屋約10平方メートルで家賃は8.7万〜9.6万円。およそ半数の部屋がOYO LIFE経由で貸し出される(記者撮影)

敷金・礼金・仲介手数料は無料、契約手続きはすべてスマホで完結。不動産屋に出向くことはおろか、紙での書類のやり取りも一切なし。賃貸住宅にもいよいよIT旋風が吹き始めた。

仕掛けたのはインド発のホテル運営会社OYO(オヨ)だ。OYOはインドのほか、インドネシアや中国、イギリスなど世界8カ国で事業を展開する。日本ではヤフーと共同で「OYO TECHNOLOGY&HOSPITALITY JAPAN(商標:OYO LIFE)」を設立した(OYO66.1%、ヤフー33.9%出資)。

日本ではホテルではなく、賃貸住宅事業に進出する。その理由についてOYO LIFEの勝瀬博則CEOは、「日本の賃貸住宅市場は約12兆円と、ホテル市場の10倍。ホテルは競争が激しいが、賃貸住宅ではホテルのように合理的な商品やシステムが成熟していない」と語る。「OYOはリビングスペースを提供する会社。賃貸住宅とホテルとの間に明確な違いは見出していない」(同)。

ライフスタイルに合わせて住居を変える

OYO LIFEの賃貸事業では、面倒な手続きをすべてすっ飛ばした。Webサイト上で入居したい住宅を選んで必要事項を入力するだけ。保証人は不要、保険や光熱費の契約もOYO LIFEが行い、部屋には家具家電が完備され、身一つで引っ越しが可能だ。サイト上には都心部を中心にワンルームマンションなどが数多く表示され、3月中に1000部屋の取得を掲げる。

家賃と共益費、そして退去時の清掃費以外は原則として費用がかからない。つまり敷金や礼金、仲介手数料は無料だ。狙うのは、自分のライフスタイルに合わせて住居を転々とすることに魅力を感じる若い世代。退去にかかる金銭的、時間的コストを最小限に抑えることで、春は桜の見えるところ、夏は海に近いところといったように、気軽に住み替える需要を掘り起こす。

「既存の不動産業者とは友好的にやっていきたい」(勝瀬CEO)と話すが、型破りなOYO LIFEのビジネスモデルに対しては「不動産業界にもいよいよ『黒船』が襲来した」との声もある。契約電子化と明朗会計という賃貸住宅にありそうでなかったサービスは、どのようにして誕生したのか。

OYO LIFEの特徴は、物件の貸し主と借り主とをつなぐ「仲介」ではなく、自ら物件を借り、それを転貸する「サブリース」を採っている点だ。実は、これが契約の電子化を達成するためのカギとなる。

これまで電子化が進まなかった理由は、不動産業界がITに及び腰というよりも、むしろ賃貸借契約が法律でがんじがらめに規制されているためだった。宅地建物取引業法(宅建業法)は物件概要や契約条件などが記載されている「重要事項説明書(重説)」について、専門の資格を有した宅地建物取引士が対面で説明しなければならないと規定しており、これが電子化を阻む要因となっていた。

2017年10月よりテレビ電話などを介した「IT重説」が解禁され、説明を聞くためだけに来店する必要はなくなった。それでも契約成立時には書面を交付しなければならず、手続きの完全なペーパーレスには障壁が残っていた。

だが、これはあくまで「仲介」の場合だ。物件の貸し主が直接借り主とやりとりする場合には、宅建業法の射程外となり重説の必要はない。自ら貸し主となるサブリースはこれに当たる。すでにアパートのサブリースを展開するレオパレス21が「貸し主」としての立場を生かして、2015年11月より直営店で契約の電子化を進めているが、OYO LIFEもこの空隙を突いた。

賃貸はあくまで入口にすぎない?

OYO LIFEにとってもう一つの売りである「敷金・礼金・仲介手数料無料」は、収益源を契約後に求めることで実現した。家具家電が設置済みでWi-Fiも完備とはいえ、OYO LIFEが展開する物件の家賃水準は周辺相場よりもやや強気だ。品川区内のあるマンションでは、およそ10万円弱で賃貸に出されている物件を、12万円強で貸している。


OYO LIFEの勝瀬博則CEOは「ホテルのように賃貸住宅の手続きを簡便にしたい」と語る(撮影:今井康一)

「(敷金・礼金・仲介手数料・引っ越し代金などがある場合と比べて)18ヵ月まではOYO LIFEで住んだ方が安くなる水準」(勝瀬CEO)が家賃設定の目安だといい、イニシャルコストをなくした分、ランニングコストで回収する設計となっている。

とはいえ、単なる賃貸住宅のサブリースにとどまれば、既存の業者との競争に巻きこまれてしまう。今後のビジネス展開についてはOYO LIFE、そして出資者であるヤフーもともに「検討中」とするものの、賃貸事業はあくまで入口にすぎないと推測される。そして、仲介でなく「貸し主」としての立場は、賃貸事業を超えたポテンシャルを秘めている。

なぜなら、入居者の属性に関するデータを保有することで、それに基づいたさまざまなサービス提供が可能になるためだ。企業とタイアップをして、年代や趣向、生活スタイルに当てはまる入居者へのアンケートや製品サンプル、また家具家電のモニター利用といったサービスが挙げられる。ファミリーや高齢者といった、一定の属性の入居者が集まれば、子育てや高齢者介護などのサービスを付加価値として提供する余地も生まれる。

家電やWi-Fi、電力など備え付けのサービスを、ヤフーやその親会社であるソフトバンクが一括して提供することも考え得る。これらのアイデアについて勝瀬CEOは「顧客満足の最大化が一番。必要とあらばその都度検討したい」と、今後の展開に含みを持たせた。

「住み替え」文化の定着がカギ

画期的に見える事業だが、成否がわかるのはこれからだ。入居者に対するサービス提供は規模の経済が働き、人数が多ければ多いほどコストは減り、利便性は増える。他方で、物件を大量に抱えることは「在庫リスク」にもさらされることになる。物件所有者には賃料保証を行っており、空室が続いても家賃は毎月納める必要があるからだ。

OYO LIFEが主要な利用形態と位置づけるのは、30日から90日までの利用。短期間での住み替えを促すOYO LIFEにとって、入退去に伴う空室は通常の賃貸住宅よりも頻繁に発生する。勝瀬CEOは「OYO LIFEには客付けの力があり、(空室による機会損失は)十分に賄える」と自信を見せる。


OYO LIFEのロゴ。将来的に提携する仲介業者の店頭にもロゴのシールを貼る予定だという(記者撮影)

カギは短期間での住み替えを文化として根付かせられるかだろう。都心で月10万円以上の家賃を払いつつ、住居を転々とすることを望む層は多くはない。今後はマンションを1棟丸ごと借り上げる予定だというが、ヤフーが抱える膨大な会員に訴求したり、法人利用を獲得したりするなどさまざまなチャネルで物件を提供していくことが欠かせない。

利用日数を原則30〜90日としたのには理由がある。まず最低利用日数の30日は、1カ月未満の利用が旅館業法に抵触しかねないため。「民泊に進出する気はない。賃貸と一緒に展開することにはリスクがある」(勝瀬CEO)。さらに90日を超えると、法律上「一時使用目的の建物賃貸借」と認定されないリスクがある。そのためOYO LIFEでは、90日を超えて住む場合、改めて書面で定期借家契約を結ぶようにした。この点で、自慢の「契約電子化」が完全に実現したわけではない。

それでも、サービス開始前から数百部屋を借り上げるなど、拡大を続けるOYO LIFEのインパクトは計り知れない。インドのOYO本体はソフトバンク・ビジョン・ファンドなどから10億ドルを調達しており、物件取得費やある程度の空室は初期投資として割り切る体力を備えている。勢いが急に衰えることはなさそうだ。

「われわれは(出店者を集めるECモールではなく)アマゾンのように自ら仕入れを行う。リスクはあるが、価格やサービス内容を自由にコントロールできるため、顧客に大きなベネフィットを提供できる」(勝瀬CEO)。「不動産業界のアマゾン」は、これまでにない発想で賃貸事業に照準を定めている。