流行に乗って職場崩壊「危険な人事制度」2選
安易に導入するまえに、問題点と運用条件を押さえておきましょう(写真:metamorworks/iStock)
古くは「成果主義」「目標管理」「360度評価」「コンピテンシー」「オフサイトミーティング」、最近なら「AI人事」「リファラル・リクルーティング」など、人事の領域にもいろいろな流行があるという。飛び交うバズワードに目がくらむ人事担当者も多いのではないか。
しかし、『人事と採用のセオリー』を上梓した曽和利光氏は、「人事の世界に流行はいらない」あるいは「ない」と言う。そんな曽和氏に、「流行に流されて導入すると職場が崩壊する」危険がある、2つの人事制度を挙げてもらった。
人事に限ったことではないかもしれませんが、私が専門にしている人事の世界では、毎年のように流行り言葉が出てきます。あまりよくわかっていないのに、キャッチだけに飛びついて「人事制度はいらない」とか、これからは「○○組織」だとか、そういう類いのものです。
大抵の場合は、本やメディアが出発点であり、きちんとよく読めば、なるほど流行るだけはある示唆的な主張であると気づくのですが、残念ながら多くの場合は本を買って「積ん読」状態になったままで、タイトルから想像する曖昧で正確でない解釈のもと、さまざまな人事施策が実際に進んだりしてしまいます。
今回は、その中でも流行りだからといって飛びついてしまうと大変な目に遭う可能性のある、何年かおきに形を変えては定期的に流行る危険な人事施策、人事の考え方を検討してみます。
危険な人事施策その1:AI人事
AI(人工知能)という言葉自体が何度目かの流行ですが、とうとうそこに「人事」がからむようになりました。そもそも「AIって何よ」と私も思うのですが、厳密に統一された意味はなく、今、いろいろなところで用いられている意味合いで言えば、「人事のさまざまな現象を数値・データ化し、統計処理やAIの力で、何らかの法則性を見いだして、それを組織マネジメント向上のために適応する」というようなことです。
採用選考に使われたり、配属に使われたり、退職者予測などにさえ、最近では使われるようになってきています。基本的には私個人はこの領域・手法には可能性を感じていますが、しかし、落とし穴がないわけではありません。とくに新しい領域ですので、流行に飛びついて「時代はAIだ」と拙速に導入すると、その危険な罠に陥りがちです。老婆心ながら、そのポイントをあげてみます。
問題1:データが不完全
AI人事はデータが命です。知りたいことに関連しそうな過去のデータをとにかくたくさん集めることから始まります。人事で言えば、「どんな人がどんな成果を出し、どんな評価になったのか」というデータをたくさん集めます(教師データと言ったりします)。それを分析したり、AIが学習したりして、何らかの法則を見つけるわけですが、そもそものデータ集めがかなり大変なのです。
例えば、いちばんわかりやすい採用選考ですらそうです。「採用時評価と入社後評価は相関があるのか」という単純な問題ですら難しいのです。
よく、この問題は「なんと採用評価と入社後評価は相関がなかった!」という結果が発表されたりするのですが、調査方法をみるとやや怪しいものも多いようです。というのも、「採用基準に満たないと評価をした人が、もし入社したらきちんと活躍したのか」というデータと「採用基準に満たしていると評価したが、他社に入社してしまった人がもし自社に入社したとしたら活躍したのか」というデータはありません。
この2つのデータがないのに、「合格と評価した人のうち、入社した人だけ」のデータで相関を測っても、それは十分なデータと本当に言えるのでしょうか。
問題2:現状を再生産してしまう
つい最近、アマゾン社の採用でAI人事を一時凍結するというニュースがありました。AIの選考に女性を差別する傾向があったということでした。
もちろんアマゾン社に差別意識などなく、むしろ逆に女性重視をしていたからこそ、検証を行い、このことが発覚したわけですが、AIの旗手でアマゾン社のAI人事でさえ、まだまだこのレベルということです。本件に関しての内実はわかりませんが、ニュースを基にAIの素人なりに解釈すると、要は教師データに「優秀な男性」が多かったことを学習して、法則化してしまったということでしょうか(そんな単純な理屈かどうかはわかりません)。
データは過去のものです。過去のものをベースにするだけでは、なかなか未来を創造的には絵描けません。さまざまな対策はあるのでしょうが、素朴にAI人事を導入すると、「現状を再生産する」ことになってしまう可能性があるのです。
AIに選考されても納得できない
問題3:意味がわからない
AI人事の最後の根本的な問題は、「意味がわからない」ことです。数学的に法則性が成り立ったとしても、そこを解釈して、何らかの意味を見出すことができなければ、人事で実際に使うことはなかなかやりにくいものです。例えば、マーケティングでの事例で言えば、ある場所に売り場を設置すれば売り上げが上がるということが、たとえ「意味がわからなかった」としても、何度やっても再現性があるのであれば、そうすればよいと思います。
ところが、人事においては、そうはいきません。配属を考える際に、「あなたは、AI分析によれば、関西がいいと出たので、来月から関西に転勤してもらいます」と言われたらどうでしょうか(実際はそんなストレートなことは言わないと思いますが)。実際に行けばAIの言うとおり成果が出るのかもしれませんが、そもそもの最初から意気消沈してしまい、結果、AIの予測虚しく、ローパフォーマーとなり退職してしまうかもしれません。
人間は「意味」の動物です。どれだけ確実な法則であっても、そこに意味を感じることができなければ、モチベーションがわくことはありません。
AI人事は、先にも述べたように期待できる領域だと私は思っています。むしろ、これまでの担当者の直感に頼った神秘的な人事よりは、本質的には100倍もいいことだと思います。
ところが、上述のとおり、まだまだ問題は山積みです。AI人事を受ける側にもまだAI人事のよさは浸透していません。新卒採用などで、AIによってエントリーシートや動画面接をするという手法が徐々に出てきていますが、それらがどれだけ精度が高くても、学生の意識ではまだ「AIよりも、人間に選考してほしい」というのが本音でしょう。
AI人事を発展させていくためには、AI人事を実施する側の精進と、受ける側の理解を進めていくことが必要で、それがなければ、AI人事の結果に納得いかない社員によって組織は崩壊してしまうかもしれません。
危険な人事施策その2:自律分散型組織
これも、随分前から似たような概念や事例が出ては消えてきたものですが、「自律分散型組織」「ネットワーク組織」について検討してみます。
これも、私自身は個人的には好きな考え方です。上からいろいろうるさく命令されることなく、社員が自分の思いに自由に従って動くことで、個々人の創造性が発揮されて、世の中に価値あるものを提供できるようになる……たしかに魅力的な、天国のような世界だと思います。ですから、多くの人が「そういう組織があったらなあ」と思うのも無理はありません。
この理想的な組織概念に取り憑かれた経営者や人事担当者は、事業や組織の理念やビジョンを作り、一方で、既存のヒエラルキー、官僚制度的なものを破壊しようとします。ところが、多くの会社ではどうもうまくいっていないようです。なぜ、簡単に「理想の組織」は実現しないのでしょうか。
問題1:人は皆自由を望んでいるわけではない
もっとも根本的な原因は、おそらく多くの人は本当は自由など望んでいるわけではないからではないでしょうか。会社や仕事を通じて何かを実現したいことなど、それほど強いものがない。そういう人が多いのではないでしょうか。
というのも、私が新卒学生や若い転職希望者と話していると、多くの人の悩みが「やりたいことがない」というものだからです。いわゆる「意識高い系」と呼ばれるような、きれいな「やりたいこと」がある人など1割いるかどうか。その他の人は、個別具体的な「やりたいこと」などない。
そういう状況で、「好きにしていいよ」と言われたら、それはむしろ脅迫のようなもので、どうしてよいか戸惑って足が止まるのも無理はありません。しかも、私はそれが悪いとは全然思いません。
彼らは、「誰かの役に立ちたい」という貢献欲求が強い人多い。自分がやりたいことをやりたいのではなく、困っている誰かのためになるようなことをしたい。それのどこがいけないのでしょうか。人は期待に応えようとするもので、誰かのオーダーを必死にこなそうとする。その気持ちを生かすほうが効果的かもしれません。
問題2:型にはまらないとオリジナルなどできない
もう一つの原因は、自由に自律的に動くためには、一定以上の能力が必要だということです。「何かをしたい」という意思を持つことができたとしても、実際にするためには、さまざまな知識やスキルが必要です。「自分らしく働く」ことが最終目標だったとしても、最初からオリジナルなスタイルが突然身につくわけではありません。
よく、伝統芸能や武道などで、「守破離」という言葉が使われます。人がエキスパートになっていくための3段階を指しており、心理学においての熟達のプロセスとも符合する考え方です。
オリジナルスタイルを持つ一人前になるためには、まずは師匠の型を「守る」、つまり完全コピーをする。これが最初の段階で、それができれば次に徐々に「破る」、つまり自分のやりやすいようにカスタマイズしていく。そして、最終的に最後の段階「離れる」、つまり最初の師匠の型とは異なる自分らしいやり方を体現していく、という流れを指します。
このように、最終的に自由になるためには、最初は不自由を受け入れなければならないということなのです。型にはまる「守」の過程がないのに、いきなり「離」を求められてもできないのは当たり前です。
理想の自律型組織をいくら望んでも、メンバーが成熟していなければ、なかなか難しい。ですから、メンバーが未熟なうちは、まるで軍隊のような上意下達の規律正しい組織を作っていかなければならないこともあるのです。
人事制度の「隠れた制約条件」を見つけよう
以上、定期的に流行る理想的な人事のコンセプトである「AI人事」や「自律分散型組織」を例に、それぞれの危険性にフォーカスして考えてみました。
マイナス面ばかりを挙げたために、私がそれらの制度や施策について反対派だと思われたかもしれませんが、決してそうではありません。それらの理想的な人事施策を実現するためには、その前提として隠れた制約条件(データの完全性やメンバーの成熟度など)があるのではないかということです。これらの隠れた制約条件を知らずに、流行っているからといって、魅力的だからといって、自組織に拙速に適用しても、その夢は破れてしまうことでしょう。
人事には「ステップ論」が必要です。一足飛びに理想の組織や人事は実現しません。理想にたどり着くには、隠れた制約条件を一つひとつクリアしながら、辛抱強く進んでいく粘り強さや根気強さが必要なのです。