チャンピオンズリーグ(CL)を軸とする欧州サッカー。この4分の1世紀で、最も変わった点は何かと言えば、スタジアム内の治安だ。それは飛躍的に向上した。

 その昔は殺気漂う、危険度の高い場所だった。日本人が足を踏み入れない方がいい地帯が存在するスタジアムもあった。身につける服装の色にも気遣いが求められた。それが、気がつけばずいぶん安全な場所に変化。中でも激変したのはイングランドだ。メジャー国の中で、かつて1番危険だった国は一転、最も安全な場所に変化した。

 84−85シーズンのチャンピオンズカップ決勝、ユベントス対リバプールの一戦で、両サポーターが激突し39人が死亡した「ヘーゼルの悲劇」。88−89シーズン、シェフィールドのヒルズボロで行われたFAカップ、リバプール対ノッティンガム・フォレスト戦で死者96人を出した「ヒルズボロの悲劇」など、過去に経験した大惨事が、教訓として生かされているのだ。

 イングランドのサポーターと言えば、連想するのはフーリガン。アウェイ戦に乗り込み、暴徒化するファンを指すが、昨年フランスで行われたユーロ2016でも、イングランドサポーターはロシア戦で狼藉を働いた。「暴れたのは、CLに出場しているメジャークラブのサポーターではない。欧州に出かけていったことがない、田舎出身のサポーターだ」とはイングランド記者の弁。「CL常連のクラブのファンは、敵地での振る舞い方を知っている。問題行動を起こした場合のリスクも知っている」と。

 そうした視点に基づけば、相手のロシアのサポーターが暴れてしまった理由も垣間見えてくる。CLに慣れていない、敵地での嗜みを知らない輩の蛮行と見ていいだろう。

 CL、EL(ヨーロッパリーグ)を含む欧州のクラブ戦線が、ファンの観戦マナーの向上に貢献していることは明らかだ。そのアウェイ戦は当然、観光を兼ねる。CLの常連チームのサポーターは、グループリーグの組み合わせが決まるや、アウェイ観戦に適した試合を探る。試合観戦プラスアルファ。観戦と観光の一挙両得が狙えるアウェイ戦はどこかと。

 アウェイ観戦は、サッカーファンにとって大きなお楽しみだ。一方で、迎える側にとっても美味しい話になる。アウェイのファンは敵ではあるが、お金を落としてくれるお立派な客さんだ。CLでこのホーム&アウェイを幾度か繰り返せば、そのバランスの重要さに気付くことになる。無意識のうちに、嗜みや振る舞いを会得する。

 そうした、こなれた人たちで占められているのが欧州だとすれば、アジアはまだまだ。こなれていない。先日、そう思わざるを得ない問題が起きた。川崎フロンターレのサポーターが、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグ対水原とのアウェイ戦で旭日旗を掲げ、アジアサッカー連盟から処分された一件だ。

 それでも「フラッグに差別的、政治的な意図はない」と不満を口にしたのは、川崎の藁科義弘社長。日本サッカー協会の田嶋幸三も同様な言葉を吐いた。さらにコメントしたのは菅義偉官房長官。「自衛隊旗や大漁旗など日本”国内”で現在も広く使用されている。法令上も使用実態も国旗すなわち日章旗とは異なるもの」と。

 それはそうかもしれないけれど、この問題はサッカーの国際試合の、国内戦ではない海外のアウェイ戦で起きた話だ。日本側の考える正論が通じない場所だ。実際、水原のスタジアムでは、ホームのファンがゲートに集まり、一時、身動きが取れない状態になったと言う。

 スタジアムは、試合展開次第では、必要以上に熱くなってしまう人を産む血の気の多い場所だ。密閉された逃げ場のない空間でもある。「悲劇」にならなくてよかった、と言いたくなる。