書き出しの表現から引き込まれて、小説の世界に没頭する。そんな経験をしたことのある人は多いだろう。冒頭の文章で現実の世界から読者をいかに小説の世界に引きずり込むかというのが、面白い小説の要素の一つだ。ただ、小説家からすると、そこが苦労するところでもあり、腕の見せどころでもある。『書き出しは誘惑する――小説の楽しみ』(中村邦生/著、岩波書店/刊)では、古今東西の小説の書き出しをめぐり、さまざまな誘