巨人・井端弘和、2013年WBCでの大活躍! その活躍の裏側と心境とは

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2013年のWBCで一躍その名を日本中へ轟かせた男がいた。

その男の名前は井端弘和。

WBCでは、ブラジル戦において8回に代打出場して同点タイムリーを放つ。そして台湾戦でも、9回2アウト2ストライクと絶体絶命の中、起死回生の同点タイムリーを放つという獅子奮迅の大活躍を見せた。その後所属チームを中日から巨人へと変え、2014年シーズンでは、チームの一員としてリーグ優勝に貢献した。
そんな井端の著書「守備の力」(著:井端弘和/光文社新書)では、彼のWBCでの活躍の裏側やその時の心境が良く分かる。

■WBC召集時の心境
話はWBC召集時の話までに遡る。井端自身、その年のWBC時には年齢からいっても声がかかるとは思っておらず、「旅行でも行くか」程度の気持ちだった。とはいえ、いざ合宿が始まるとレギュラーを狙っていた若手時代の気持ちが思い起こされて、たとえサブでも、大事な場面で大仕事をしてやるぞ、という気持ちになったという。これを井端自身は、野球選手の本能のようなものと表現している。

■ブラジル戦での代打タイムリー
さて、ブラジル戦で同点タイムリーを打った場面の裏側。井端は、国際試合での投手は、外寄りの球で勝負してくることが多いと読んでいた。そのため、「しっかり球を呼びこんで、逆方向に逆らわずに打つ」ということだけを考えて打席に立った。結果、2球目を狙い通りにライト前に打つことが出来た。
打った瞬間、井端は右こぶしをベンチに向かって突き出し、1塁上でも大きなガッツポーズを見せる。井端いわく、自然に出たものであんな大きなガッツポーズは今までになかったのではないかと語っている。けして普段感情を出す方ではない井端が自然にそんなアクションが出るほど、WBCは特別な大会であることが分かる。

■台湾戦での同点タイムリー
次は、もはや伝説になっている台湾戦についてだ。まず、井端について語る前に、このシーンには前振りがある。
9回1アウトから鳥谷敬が四球で出塁するが、後続が簡単に凡退し、2アウト。その場面で井端に打席が回ってきた。その井端への初球、なんと鳥谷が2塁へと盗塁したのである。
野球経験のある方には分かると思うが、9回2アウトでの盗塁は普通考えられないことだ。なぜならアウトになってしまえば、そこで試合終了になってしまう。しかし鳥谷走った。
このシーンは、実況が「鳥谷がスタートしているーーー!!!」と絶叫して、間一髪セーフになった場面としてネットでもかなり話題となった。

さて、この場面の井端はどんな心境だったのだろう。
実は、鳥谷がスタートを切った初球は甘い球だったので振りに行こうとした。だが、スタートしたのが見えたため、一瞬の判断で振るのをやめたらしい。
これは、なかなか簡単に出来ることではない。だが、井端は長らく2番打者の経験があり、このようにランナーがスタートするという経験を多くしていたため、本能的に振るのを止めることが出来た。
そしてその後、2ストライクと絶体絶命に追い込まれるのだが、井端自身は追い詰められた感じがしなかったらしい。というもの、一つ空振りをしたことで投手のストレートの軌道がより分かるようになったからだ。
そして2ストライクとなった次の球で、あの同点タイムリーを放つ。
試合は延長戦の末、日本が勝つことになるのだが、ヒーローとなった井端の疲れは「尋常ではないもの」であり、コーチに明日の練習を免除してほしいと申し出たほどだったと語っている。いかにこの試合を、心身ともに極限の状態でプレーしていたかが分かるエピソードだ。

■プエルトリコ戦での「重盗」
井端の活躍もあり、日本は予選ラウンドを勝ち抜き決勝ラウンド進出を果たした。そこでプエルトリコと対戦する。この試合では、物議を醸したシーンがあった。
プエルトリコとの試合は、8回まで3点をリードされる苦しい展開。しかし、井端のタイムリーで1点を返した後、内川も続いて1アウト1、2塁で4番の阿部を迎える大チャンス。
だが、その阿部の打席で、2塁走者の井端はベース上にいるのにもかかわらず、1塁走者の内川が2塁へ向かって走ってしまう。そして内川はそのままタッチアウトとなり、試合も敗れてしまい、結果としてWBC3連覇も逃した。
この不可解なシーンの真相はこうだ。ベンチからは「行けたら行け」という指示が出ていた。その指示を受けた井端は、相手をかく乱するつもりで2塁からスタートを切る素振りを見せた。しかし、それを見た1塁走者の内川は井端が盗塁をしたと思ってしまい、盗塁のスタートをしてしまったというわけだ。

井端はこのシーンを振り返り、自身の足の状態を考えると、盗塁して3塁を狙うことはなかなか難しいと判断し、あくまでも素振りだけを見せた。とはいえ投手のモーションが大きかったので、(後にネットやメディアで大きな非難を浴びることになる)「行けたら行け」というサインは間違いではなかったと語る。
また、2塁に達したときには、ベンチに自分より足の速い選手が残っているのに代走を使わないのかと感じたことも告白している。

これらのWBCのエピソードの他にも、内野手になったのは中学時代の野村克也氏との出会いがきっかけであることや、「無駄なことはしない」という守備についての考え方。そして引退を思い留まらせたのは、妻である河野明子夫人(元テレビ朝日アナウンサー)のおかげであるなど面白いエピソードが盛り沢山の内容となっている。

そして井端は来シーズンには40歳を迎え、巨人においてサブレギュラーとしてプレーしていることについて言及している。それは現在こそサブであるが、もう一度、レギュラーを目指したいという強い決意だ。
来年もレギュラーを目指して奮闘する井端から目が離せない。
(さのゆう)