頭頸部打撲への対応
こんにちは、アスレティックトレーナーの西村 典子です。
各地で春季大会も始まり、オフシーズンの成果をプレーで発揮する季節となりました。選手の皆さんには、試合や練習を通して野球を思う存分がんばってほしいと思います。
さて今回は頭頸部（とうけいぶ）打撲への対応についてお話したいと思います。先月プロ野球開幕直後に、阪神の西岡選手が福留選手とぶつかって頭からグランドに叩きつけられ、東京ドーム内に救急車が入ってくる事態となりました。
万が一の事態にならないための適切な対応を考えよう！
野球では接触による外傷はさほど多くないのですが、こうした内外野の選手同士でぶつかったり、外野手が打球を追ってフェンスに激突したり、ベース上でのランナーと守備側の選手が交錯したりといったことで頭や頸部を強く打撲することがあります。
こうした事態が起こったときにどのように対応していけばいいでしょうか。
最悪の事態を想定して行動する多くはない接触事故ですが、こうしたプレーが見られ、選手が頭から地面に叩きつけられたとき、どのようにすればいいでしょうか。まず考えるのは「最悪の事態を想定して」迅速に行動することです。「最悪の事態」とは「頭部、頸部の両方に損傷がある」と仮定して対応することです。
まずは状況を確認し、選手の生命が一刻を争う状況にあるかどうかについて、バイタルサインを確認します。バイタルサインとは生命の兆候を示すもので、具体的には呼吸・脈・体温・血圧・意識レベルなどの有無を確認します。呼吸や脈などが確認されない場合は救命活動を行います。 このとき「頭部・頸部の両方に損傷がある」と仮定していますので、意識の有無に関わらず、頭や体を極力動かさないようにします。手などでしっかりと頭、頸部を保持し、ネックカラーなど頸部を固定する装具があれば使用します。これと並行して近くの人に助けを求め、救急車を要請してもらいます。
頭頸部を強打したときは、すみやかに救急車を要請しようさらなる損傷を防止する西岡選手は意識があり、手なども動かしていたようですが、一般的には意識のない選手に対し、さらなる損傷を受けないように予防することが大切です。呼吸がなく気道を確保する場合でも、首を動かして後ろに倒す一般的な方法（頭部後屈あご先挙上法）ではなく、救出者は頭側から下あごを両手で保持して上げ、気道を確保するようにします。なるべく頸部を動かさないで気道を確保したいからです。また搬送時にも振動で頭部や頸部に負担がかからないよう、全身を固定する必要があります（下顎挙上法）。
参考ページ）気道確保の方法（ひたちなか・東海広域事務組合）
[page_break:意識のある選手への対応]意識のある選手への対応外野手はフェンス・内野手などとの交錯に注意が必要
意識のある選手はそのまま体を動かさないように指示をし、手足のしびれ、感覚の確認、脱力感、頸部の痛みなどについて「はい」「いいえ」で答えられる簡単な質問を行って、情報収集します。「はい」「いいえ」で答えられる質問のことをクローズドクエスチョンといい、思考レベルが低下していると想定されるときにも答えやすい質問形態です（ちなみに「あなたはどう思う？」といった相手に自由に回答させる質問をオープンクエスチョンといいます）。 頭を強く打っていると仮定していますので、質問に対する回答が得られなくても無理に聞き出すようなことは避けましょう。
このときに選手が手足のいずれかが動かないといった運動制限や麻痺、筋力発揮ができないといった症状を訴える場合、選手はかなり不安になると思いますが、選手に不安を与えるような言動はなるべく避け、勇気づけるように声をかけるようにしましょう。また意識がない場合も聴力は問題ない場合が多いので、「声をかける」ということは忘れずに行いたいものです。
西岡選手は鼻骨骨折と胸部の打撲、左肩鎖関節の脱臼と診察されたそうですが、その後、左右の第一肋骨が折れていたとのこと。かなりの衝撃が体に加わったのだと想像できます。頭部を強く打ったことによる脳震盪（のうしんとう）による影響も懸念されますし、しっかりと治して競技復帰してもらいたいですね。頭頸部打撲は決して多くはありませんが、受傷すると重篤な事態になりかねないものです。こうした事態に備えて、日頃から対応をチーム内で話し合うことも大切なことではないでしょうか。
頭頸部打撲への対応まとめ●頭頸部打撲は内外野の連携やランナーとの交錯で起こることがある●「頭部・頸部を損傷している」と仮定して迅速に行動することが大切●まずはバイタルサインの確認を。呼吸や脈などが確認されない場合はただちに救命活動●頭や頸部は極力動かさないよう保持し、気道確保は下顎挙上法で行う●意識がある場合は「はい」「いいえ」で答えられる質問を使って情報収集●選手を不安にさせず、励ます言葉をかけ続けること
(文＝西村 典子）
次回、第91回公開は4月30日を予定しております。
