生命保険のテレビCMは視聴者への“脅し”だった?

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 「難しくてよくわからない」「とりあえず入っておけば安心」「CMでよくやっている会社が信頼できそう」――生命保険について、このような印象を持っている人は少なくないはずだ。
 しかし、「病気」や「死」という非常にセンシティブな問題が絡むがゆえに消費者は非合理的な選択をしてしまうことが多い生命保険。では、実際に私たちはどんな行動をとってしまっているのだろうか。それを描き出したのが『生命保険の嘘 「安心料」はまやかしだ』(小学館/刊)だ。

 著者は約10年間、大手生命保険会社で営業を経験し、その後、保険代理店、一般社団法人バトン「保険相談室」と、保険業界を渡り歩いてきた後田亨氏と、個人資産形成や年金制度を専門とするコンサルタントで行動経済学会会員でもある大江英樹氏。本書ではその2人が、生命保険を行動経済学の視点で斬っていき、消費者がいかに非合理的な行動をとってしまっているかを明らかにしている。
 今回はそのお二人をお招きして、インタビューを敢行。前編では、私たちが生命保険について初めて触れる場所であろう「テレビCM」の見方について語っていただいた。そこから分かったことは、思考停止に陥らせるテレビCMの「仕掛け」だった。
(新刊JP編集部)

   ◇     ◇     ◇

―私たちが生命保険について知るときに、テレビCMの影響はとても大きいと思います。各社のテレビCMを見ると、芸能人やアスリートをフィーチャーしたり、家族をテーマにしているCMが多いように感じたのですが、生命保険会社はテレビCMに対してどのような戦略を練っているのですか?

後田「ひとつあげるとするならば、本質を伝えない工夫をしていると感じます。家族の絆が素晴らしい、スポーツ選手が夢を追いかける姿が美しい。そういったことと保険が視聴者にとって良い買い物であるかというのは全く別の話ですよね。つまり、問題がすり替えられているんです。
生命保険は、先にお金を払って、何かあったときのためのお金を準備する手段です。ということは、払うお金にふさわしい価値があるのかというところが焦点になるはずですが、『絆』『安心』などの言葉に隠れて、それらがどこかに行ってしまいがちになると思います。私たちが安心を求めることで見えなくなっていること、例えば、保険会社の取り分、医療保険等の支払い実績、コストとパフォーマンスの両方がほとんど開示されていないのです。突き詰めれば、『悪いようにはしませんよ』と言ってくる怪しい勧誘の人と同じですよね(笑)。
家族のために生命保険に加入するなど、『誰かのために』という想いは必ず絡むものですし、それは否定しません。でも、そういう想いを持って、大金を投じるからこそ、自分が払っているお金がどのように使われているのかを知りたいですよね」

―大江さんは本書の中で、行動経済学の視点から生命保険のカラクリを暴いていらっしゃいます。テレビCMは視聴者の感情を揺さぶって本質を見えなくしているという後田さんのご指摘についていかがですか?

大江「まさしくそうですね。大前提として、生命保険の商品そのものがテレビCMに馴染まないんです。生命保険に限らず、金融商品全体がそうなのですが。
テレビCMで向いているのは、形があるもの。具体的にイメージできるから、好みのものを選ぶことができるわけですよね。ところが、金融商品は形がなくて抽象的なものなので、それを15秒や30秒のスポットで説明しようとすること自体が無理なんです。生命保険会社や広告会社は、それを逆手に取っていると言えます。今、後田さんが話したテーマ、コストパフォーマンスですとか、医療保険の支払い実績というのは、一つ一つしっかり説明しようとすると、1時間以上はかかるはずです。
また、じっくり相談すると、保険会社にとって都合の悪い部分が出てくるかもしれません。でも、あまりそういうことを知ってほしくない。要するに、複雑なところを考えてもらいたくないから、家族や未来といった、情に訴えるテーマに行かざるを得ないんです」

―大江さんは、アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)のテレビCMに出てくるブラックスワンを“いい奴だと思う”と本書で書いていらっしゃいます。あのCMで、ブラックスワンは医療保険に入ろうか悩んでいる人たちに「入らなくてもいいじゃないか」とそそのかしますが、どうして彼が「いい奴」なのですか?

大江「まあ、半分冗談なのですが(笑)アフラックのテレビCMはものすごく上手なんですよ。保険なんて要らないというネガティブな感情から入り、落としどころとして保険は必要だと思わせる」

後田「日常生活の中で何かが損なわれるのではないかという不安は、おそらく完全に払拭できません。それをよく理解したテレビCMだと思います。『保険なんて要らない』とは言うけれど、『本当に? 全く要らないのか?』と問いかけると、なかなか『はい』とは断言できない。あれは、変化球の脅しと言えます」

大江「だから、それでもめげずに『保険は要らない』と言っているブラックスワンは“いい奴”なんですよ(笑)」

―では、生命保険会社のテレビCMで見るべきポイントはどこにあるのですか? テレビCMは保険を選ぶ基準になりえるのでしょうか。

大江「一番はテレビCMで選ばないということですね。見ても、その保険の全容は分からないですから。また、テレビCMを見ている人は、その商品を買ったばかりの人が多いというデータもあります。テレビCMは安心感を与えるためのもので、これから選ぼうとする人には、そこまで意味があるものではないように思いますね」

後田「反面教師として見るのはいいかな(笑)相変わらずこんな商売をしているのか、と思って見るのが良いですね」

―(笑)テレビCMでは生命保険のセールスマンや、相談窓口担当者などが出てきて「お客様といつも近くに」といった言葉で、顧客の人生を応援するような演出がなされるものもあります。この本を読むと、実際のセールスマンや相談窓口の言葉の裏を読みとらないと自分が損してしまうおそれがあるように思いましたが、彼らに新規の生命保険加入の相談をする際に気をつけるべき点はなんですか?

後田「彼らがどこからお金をもらっているか、ということが最大のポイントですね。例えば相談窓口ならば、売り上げに対して保険会社からお金をもらっているということになります。すると、より多く売り上げないといけない。顧客に対して必要最小限の利用をしましょうということは言いにくいはずなんです。だから完全にプラン選定を任せてしまうと、多めのお金を支払わないといけなくなる可能性があります」

大江「私は自分の不安の正体を考えることが最初のポイントだと思います。つまり、何が自分は不安なのだろうということです。
リスクとクライシスという言葉がありますが、リスクは予測可能な危機、クライシスは予測ができない危機です。例えば長生きはある意味リスクですし、歳をとって病気になるというのもリスクです。同じく歳をとって働けなくなるのもリスクです。これらはある程度予測できますよね。一方、クライシスというのは、突然心臓発作で亡くなったり、自動車事故を起こしたり。こういうものは保険でカバーするといいと思うのですね。
そして、次のポイントは保険の費用対効果です。保障に対してどのくらいの保険料が支払われるか」

後田「そういう意味では、身近に感じやすいリスクを例にあげて、保険をすすめてくる人の話は信じたらいけません。例えば、中高年の人たちは、窓口に行くと『これから入院リスクが高まる』『心筋梗塞のリスクが高まる』などと言われて、生命保険を紹介されます。でも、そもそもリスクが高ければ高いほど、生命保険との相性は悪くなるはずなんですよね」

―なるほど。リスクが現実化したときに多額の保険金を支払うのは生命保険会社ですからね。つまり、「リスクが高まる」という言葉で煽って、商品を買ってもらうからには、それでも収益が上がるくらい高い価格設定がなされているか、意外に保険金支払いが少ないか、ということですよね。

後田「そうですね。不安があるから商品を購入して解決したいというのは、気持ちとしてはよく分かります。だから『リスクが高まる』という言葉をどのように受け止めてもらうかが勝負なのです」

―では、具体的に窓口担当や営業のセールストークで「この言葉を使っていたら、疑った方がいいかもしれない」というものはありますか?

後田「そうですね…。『おすすめ』とか、『高まるリスクに備えて』とか、『目的別』もそうですね。医療と、死亡と、介護と、老後のための資産形成に分けて考えましょうという言葉が出てくると、あやしいです。
保険として最適な例と言われると、さきほど大江さんがおっしゃったように、元気な人が急に亡くなるケースです。そんなレアケースに備える上で保険は向いていますが、多様な目的、特に他人事とは思えない、ありがちな事態には保険は向いていません」

大江「この本で生命保険と行動経済学を絡めて書いたのは、そういう部分に警鐘を鳴らしたかったからです。後田さんのお話にあったように、不安は払拭できるものではありません。しかし、それを確率論ですとか、人間の行動を分析する心理学などで考えると、腑に落ちるところがあるのではないかなと思ったのです」

―さらにこれは生命保険だけではなく、他の商品にも有効な考え方ではないですか。

後田「本質的なことだと思いますね。自分が損をしないために、適切な選択をするというのは。ただ、経済合理性の視点を重視しようと語っていると、損得勘定の鬼だと言われることもあって(笑)そういう二元論は勘弁してほしいですね。人一倍、感情に流されやすい自分がいるから、費用対効果などについて考えることを忘れてはいけないと思うんです」

(後編へ続く)