「シベリアのイエス」の理想郷:ロシアの小さなカルト教団はぼくらに何を語りかけるのか?

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ロシアのはずれに「シベリアのイエス」と呼ばれる男ヴィサリオンが、2,000人の信者とともに静かに暮らしている。ソ連の崩壊とともに拡大してきたこの異端の共同体のどこか素朴で穏やかな暮らしは、21世紀の世界に、いったいどんな問いを投げかけているのだろうか? 【雑誌『WIRED』VOL.8より転載】

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海外の写真エージェントから届いた一通のメールがきっかけだった。ロシアのとあるカルト教団を撮影した作品があるという。いまここに掲載しているのがその写真だ。冬は-50°Cにまで凍てつくシベリアの森の中で肩を寄せ合って信仰に生きる人々。一見してロシア正教の影響を見てとることができる。正確には、そのなかでも分離派と呼ばれる一派の痕跡が入り込んでいるとも推察されるが、伝統的会派というわけではない。エイリアンの存在を信じ、救世主を名乗る男「ヴィサリオン」(本名はセルゲイ・トロップ)が著す『成約聖書』と向き合いながら、世界の終末を待っている。典型的な新興宗教には違いない。だが、彼らは世界征服をたくらむわけでも、テロルをもって世界の「救済」に乗り出すこともない。そのコミュニティはごく穏やかで、どこか懐かしいもののようにさえ見える。信者は全世界で5,000人と言われる。

これらの写真をひと目見て「面白い」と思ったのはいったい何が作用してのことだっただろうか。シベリアの奥地でひっそりと営まれる孤絶した暮らしを、こうして日本人であるぼくらが覗き見ることにいったいどんな意味、もしくは現代性があるのだろう。

いずれにしたって、ヴィサリオンの教団は何も最近になって生まれたものではない。教団の正式名称は「Church of Last Testament」。設立は1990年にさかのぼる。88年にキリスト教宣教1,000年祭を祝ったロシアは、折しもゴルバチョフ政権下、ペレストロイカの最中にあった。共産党の締め付けから解放され、世俗化、資本主義化された世界にむき身で晒されることになった人々のなかには、宗教に癒やしを求めたものが少なくなかったという。

教会「地球の祭壇」の中にある祭壇。イコンなどからロシア正教の文化を取り入れていることがわかる


ヴィサリオンたちが暮らす“聖なる山”。集落はヴィサリオンの住む「神の住処」「人々の住処」「教会峠」の3つからなる

ヴィサリオンが啓示を受けたクラスノヤルスク地方、ミヌシンスクの町から東に140km、チベルクリ湖にほど近い小村ペトロパブロフカに教団は最初の教会を構える。鬱蒼としたタイガの中、自らをイエスの生まれ変わりと称する元交通警察官のトロップは、彼に付き従う約2,000人もの信者と暮らしをともにする。その生活は、完全菜食主義で酒やタバコはもちろん、お金を使うことさえできない。広大な敷地をもつコミュニティの中には、菜園もある、学校もある、雑貨屋もある。世俗世界から離れ、完璧な調和を遂げた(ように見える)完結した「社会」がそこにはある。

「写真を見る限り、彼らが果たして伝統的なキリスト教なのか、あるいは新興宗教なのかわからないですよね。ヴィサリオンの強みはそこにあるんですよ。当時のソヴィエトでは、人々を支えるべき価値観が本当になくなってしまった。マルクス主義という価値観─未来を約束するという意味では、それ自体がひとつの宗教だったとも言えますが─がなくなり、その隙間に新しい宗教が入っていったんですが、ロシア正教というのは、日本人にとっての神道に近いところがあって、年中行事を主体としていますし精霊の存在に重きをおくなど土着的な要素も強いんです。そうした心性にうまくはまったんでしょうね」

そう解説してくれたのは元・外務省主任分析官の佐藤優だ。さらに佐藤は、中途半端な経済政策の末に深刻な物不足に陥った、ソヴィエト末期の経済状況が人々の先行きの不安感にいっそうの拍車をかけたとも語る。

ヴィサリオンのもとに集う信者たち。率いるのは司祭のセルゲイ・チェヴァルコフ。ソ連時代には、弾道ミサイルの発 射を担当していたという。儀式や祭典には白い装いをするのが慣例のようだ


朝の儀式。壁にはヴィサリオンの肖像が

「あれから20年。ロシアの精神的な風景もいまは変わってきています。ひとつには中産階級という極めて世俗主義的な階層がその後台頭してきたからです。中産階級は信仰をもちません。自分たちの生活が第一で、何に対しても不満をもちます。これは世界的な傾向ということができるでしょう。けれどもその一方で、そうした中産階級層がなくなりつつあるという傾向も、いま世界的には起こっています。高給取りになるか、低所得者層になるか、そうした二極化がどこでも起きている。ユニクロの柳井(正)社長の言う『年収1億か100万か』の世界です。国や会社はもはやあてにならない。そんななか、自分の収入が1億か100万かと言われればほとんどの人が、100万円になるかもしれないという恐れを抱きますよね。そうすると身近な人同士お互い助け合うところに行きつきます。そう思う感覚とヴィサリオンの世界は、あるいはどこかで通じ合っているのかもしれません」

ヴィサリオンの教団の大きな特徴は、その非拡大志向にある、と佐藤は指摘する。彼らは政治活動を行わない。社会を改造することによって人間が救われると考えるよりも、互いの気持ちを理解して助け合える空間をつくり、それを守りながらひたすらこの世の終わりを待つ。そうした教団の志向性を佐藤は「反社会的」ではなく、「非社会的」と呼ぶ。

日曜にはヴィサリオンが「人々の住処」まで山を下って、説教をする集会も行われる。「VICE」が取材に訪れたときには「みなさん、まだ生きてますね」というジョークも飛び出した


創設されて間もないころのヴィサリオンとその信者たち

「言ってみれば、これは社会から降りてしまった人たちのストーリーなんです。雇用も確保されず、年金も払ってもらえない。不安ばかりが募る出口なしの状況にある日本においても、社会から降りてしまうことを夢想したことのある人は少なくないはずですが、そうした人たちが、地縁的な集合体である『コミュニティ』ではなく、自発的に集まったメンバーによって構成される『アソシエーション』を通じて自分たちの未来を守っていくことを考えるのは、ごく自然な流れではないでしょうか」

近年、ヴィサリオンへの注目は、海外でも高まっている。2010年に英国のChannel4が教団を取り上げたドキュメンタリーを制作し、12年にはアメリカのウェブメディア「VICE」がヴィサリオン本人にインタヴューを行った。彼はその動画のなかで、視聴者に向けて「自分が人より優れていると考えることをやめるべきです。その考えがこの世の諸悪の根源なのです」との“アドヴァイス”を授けてみせる。

「いままで信じていたシステムが崩壊したときに人は何を信じ、何にすがるのかに興味があるんです」。ここに掲載した写真を撮影したダヴィデ・モンテローネは、撮影の動機をそう語っている。

日曜に執り行われる儀式のため、教会「地球の祭壇」へ向う人々。山の頂上に小さく見えるのがヴィサリオンの家

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