「人生の特等席」は、ＭＬＢファンへの最高の贈り物（第７０７回）

写真拡大

　表題の試写会に出かけてきた。俳優でもあり監督でもある８２歳のクリント・イーストウッド４年ぶりの映画出演だという。私が劇場などで彼の映画を鑑賞したのは、マカロニ・ウエスタン（もう死語ですね）の「夕陽のガンマン」や、「ダーティ・ハリー・シリーズ」、「アルカトラズからの脱出」など。根が野球好きのため、ベースボールのシーンは鮮明で「ダーティー…」の１作目だと思ったが、犯人を追って１９７０年代当時のサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠キャンドルスティック・パークのスタジアムを見下ろすシーン。また「アルカト…」では、彼演じる脱獄犯のフランク・モリスが「ブルックリン・ドジャースはどうした？」と問いかけると、看守が「ロスへ（１９５８年）移った」と答えるシーンがあった。私が未見の出演作に野球のシーンがあるのかもしれないが、私の記憶に鮮明なのはこの２つのシーンだ。

　さて、今回の映画である。一言で昨年、ブラッド・ピットが主人公のアスレチックスＧＭのビリー・ビーン役を演じた「マネーボール」と、米大リーグに対するとらえ方が正反対になっているのが、我々のような還暦近いＭＬＢファンにはうれしい。冒頭のシーンはイーストウッド演じるアトランタ・ブレーブスの老スカウト、ガス・ロベルの部屋。壁に貼ってあるポートレートには、所属するアトランタ・ブレーブスの往年の名選手の写真がズラリ。その中で一人だけヤンキース一筋の史上最高のスイッチヒッター、ミッキー・マントルの写真。ガスにとって大ファンで一人娘の名前をミッキーとつけてしまう。映画は、視力の衰えたガスを思いやって、３３歳になって弁護士になっていたミッキーが、父親の最後になるであろう超高校スラッガーの調査を手伝う。田舎町で初めてお互いを向き合った父娘が６歳で他人に預けたいきさつなど、少しずつ昔の出来事がひも解かれていく。

　ストーリーはこのくらいで、娘ミッキー役のエイミー・アダムスが素晴らしい（彼女の野球への思い入れがすごいんです）。ガスが昔スカウトし、今は肩を壊してレッドソックスのスカウトを務めるジョニー・フラナガンにはジャスティン・ティンバーレイク。ガスの友人であり上司役にはジョン・グッドマンと周囲を固める俳優もいい味を出している。また、ドラフト１位候補を見るために車を走らせるシーンが撮影されたのはジョージア州の風景が絶景なのだ。私が１９９９年、優勝決定シリーズ、ワールドシリーズを取材に訪れた場所だから、なおのこと印象深い。パンフレットにも使われている父娘が、ブレーブスの本拠ターナー・フィールドから出て行くシーン。その内野席と右翼席の通用口は、左翼側奥にグラウンドキーパーの資材置き場があって彼らに話を聞きに行った場所でもある。イーストウッドは、実在のスカウトに会って教えを請うたそうだ。また、他球団も年配のスカウトが集まり、地方のモーテルで昔の映画の話をするシーンも笑ってしまった。

　とりとめもない話になってしまったが最後にパンフレットに書かれているイーストウッドのコメントを引用させていただく。

　「俳優業はもうしないと思ったことがあったが、今回は面白い役がまわってきたからやってみた。ストーリーが気に入った。この脚本の素晴らしいところは、皆が共感できること。自分の仕事に熱中して子供と多くのことを共有することができなかった父親は多いはず。仕事上のステップアップのチャンスがあるのに、父親のために全部投げすてられる娘はどれだけいるだろう？　多くの子度は、自分の生活を守って、親をないがしろにしてしまうかもしれない。この映画は、親と子が持っているジレンマがテーマだから、全世界の人たちが共感できるものだよ」。

　プレーシーンがふんだんに登場する野球映画以上に、野球を大事にしている映画との印象が強い。ぜひ映画館に足を運んでこの感動を共有したいものです。
（ｃ）ワーナー・ブラザース

　【お知らせ】監督はイーストウッドの制作プロダクションでプロデューサーをしていたというロバート・ロレンツ。配給はワーナー・ブラザース。１１月２３日（金）から丸の内ピカデリー他全国でロードショーされます。