J歴代6位の年俸から、“見事な右肩下がり”で落ちていった武田修宏
15日放送、TBS「サタネプベストテン」では、「MAX月収ベストテン 時代を彩った芸能人」の一人として、元プロサッカー選手・武田修宏氏が登場、全盛期の月収を明かした。
Jリーグ元年の1993年時、J歴代年俸ランキングでも6位となる1億2000万円(月収1000万円)を貰っていたという武田氏だが、番組MCの原田泰造に「見事な右肩下がり」と紹介されるほど、その後、93年の1億2000万円から、94年、95年に6000万円、96年のジュビロ磐田時代に3000万円となり、97年の読売ヴェルディ時代には1000万円と、その年俸は下がっていった。
極端に年収が下がれば、その翌年は税金が重く圧し掛かってくる。前年度の年収の約40%が税金となるため、武田氏であれば、97年は収入が1000万だったのに対し、税金が1200万という現象が起こったという。
「野球選手とかサッカー選手とかのスポーツ選手は、お金貰った時に色々使っちゃう人は破産しちゃう人が多いんですよ。サッカー選手って、平均27歳くらいで引退なんですよ。(現役が)5年くらいだから、華やかなんだけど本当に厳しいスポーツです」と説明した。
Jリーグ元年の1993年時、J歴代年俸ランキングでも6位となる1億2000万円(月収1000万円)を貰っていたという武田氏だが、番組MCの原田泰造に「見事な右肩下がり」と紹介されるほど、その後、93年の1億2000万円から、94年、95年に6000万円、96年のジュビロ磐田時代に3000万円となり、97年の読売ヴェルディ時代には1000万円と、その年俸は下がっていった。
「野球選手とかサッカー選手とかのスポーツ選手は、お金貰った時に色々使っちゃう人は破産しちゃう人が多いんですよ。サッカー選手って、平均27歳くらいで引退なんですよ。(現役が)5年くらいだから、華やかなんだけど本当に厳しいスポーツです」と説明した。