【穂波 崇】関東人は知らない「スガキヤの意外な正体」…実はラーメン屋のフリをした”食品メーカー”だった

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名古屋発祥のラーメンチェーン「スガキヤ」を運営するスガキコシステムズが、約20年ぶりの関東再進出を発表した。創業80周年を迎えた同社が掲げる「1000店舗構想」の成否を占う、最初の試金石といっても過言ではない。

ワンコインでお釣りがくる和風とんこつラーメンと、子どもが喜ぶソフトクリーム。東海地方のショッピングセンターのフードコートで、半世紀にわたって親しまれてきたあの「スーちゃん」が、なぜいま、強固な地盤の外へ打って出るのか。

【前編記事】『「逆襲のスガキヤ」大量閉店のりこえて関東殴り込み…V字回復を実現させた「収益改善の3手」』よりつづく。

フードコートを飛び出す「新業態」という賭け

企業が利益を改善する方法は、煎じ詰めれば3つしかない。?固定費を下げる。?変動費率を下げる。?売上を増やす。どんな業種でも、どんな規模でも、利益改善はこの3つの組み合わせに収斂する。

一度は「消滅」すら噂されたスガキヤの再建は、ほぼこの3つが?から?の順番で進んだ。 その結果、?固定費を下げ、?変動費率に手を入れ、黒字へ戻した。残る3つ目の「?売上を増やす」フェーズは、最も挑戦的だ。

2025年2月、スガキヤは名古屋市中村区のロードサイドに、新業態「金ことぶき。」の1号店を開いた。「スガキヤに続く第2の柱」と銘打った、フードコートの外へ出るという、創業以来の大転換である。

看板メニューは『とろ豚醤油らー麺』790円。国産チルド豚バラ肉を店内でじっくり煮込み、スガキヤの10倍量のチャーシューを乗せる。スープは魚介出汁を効かせた清湯、麺は自社工場の平打ち麺。全席カウンターで36席。狙う客層は「ショッピングセンターを普段利用しない男性客」と「本格的なラーメンを楽しみたい層」だと、会社は明言している。

ポジショニングで見ると、これは既存のスガキヤとはまったく別の場所を狙っている。既存スガキヤが「フードコート×ファミリー×低単価×セントラルキッチン」なら、金ことぶき。は「ロードサイド×男性客×中〜高単価×店内仕込み」。同じ会社から出てきたとは思えないほど、ポジショニングマップ上の立ち位置が違う。

いわゆるマルチブランド戦略で既存ブランドを傷つけずに新規市場を開拓する、ブランドアーキテクチャとしてはセオリー通りである。

ただし、スガキヤにおいては、このマルチブランド戦略は容易な道ではない。

第一に、ロードサイドの固定費構造は、フードコートとは次元が違う。家賃、駐車場、外装の維持、看板、集客コスト。フードコートなら買い物ついでの家族連れが勝手に来てくれるが、ロードサイドでは自力で客を呼ばなければならない。

第二に、店内仕込みモデルは、スガキヤが半世紀かけて磨いてきた最大の強み──セントラルキッチンによる規格化と低原価運営──を、あえて封印することを意味する。人件費は上がる。品質のブレも出る。仕込みの手間も増える。さらに、本格ラーメンの激戦区には「1000円の壁」が立ちはだかる。

それでも会社が看板を変えてまで新市場に挑むのは、既存ブランドのイメージを傷つけずに別の客層を取りに行く、というブランド戦略上の計算がある。低価格のスガキヤ本体に足を引っ張られないよう、あえて別ブランドを立てているわけだ。

たこ焼き、さらにハンバーガー…攻めの多角化

攻めの多角化は、金ことぶき。にとどまらない。

2024年には“スガキヤのだしで焼く”たこ焼き専門店「たこ寿」を立ち上げ、たこ焼き発祥の地・大阪にまで出店した。鍋焼うどんの新業態「一得庵」、スイーツとグッズに特化したテイクアウト店「スーちゃんハウス」、車内でラーメンを提供するフードトラックも走らせている。

極めつきが、2026年1月16日の動きだ。日本最古のハンバーガーチェーン「ドムドムハンバーガー」を運営するドムドムフードサービスが経営陣によるMBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、その共同出資者としてスガキコシステムズが資本参加した。ドムドム側は「スガキヤとのブランドの親和性は絶大」と評している。

折しも、4月に閉店したスガキヤ大須万松寺通店は、7月28日にドムドムバーガーの東海復活1号店として生まれ変わる。両ブランドの距離は、すでに縮まりつつある。

スガキヤは「ラーメン屋のフリをした食品メーカー」だった

ここで、前編で触れた「もう一つの顔」に戻る。

スガキヤを語るとき、多くの人が見落とすのが、寿がきや食品の存在だ。スーパーの棚でよく見る『Sugakiyaラーメン』の袋麺、激辛で知られる「辛辛魚(麺処井の庄監修)」、「赤から」や「岐阜タンメン」とのコラボ即席麺──これらを作っているのが、この会社である。売上高は2024年度で約201億円、従業員数は378名にのぼる。1962年に日本で初めてスープの粉末化に成功した、歴史ある食品メーカーだ。

注目すべきは「辛辛魚」のようなプレミアム即席麺だ。世界の即席麺市場が今後も拡大を続けるなか、高価格帯(プレミアム)の領域は、とりわけ高い成長が期待される分野として注目されている。

有名店監修による本格的な味の再現力は、世界的に見ても希少な競争力だ。名古屋のローカルチェーンというイメージの裏で、スガキヤは全国の、そして世界のプレミアム市場に通じる商品を持っている。

そして、この製造部門の存在こそが、スガキヤの財務的な底力になっている。

ただし、製造部門も盤石というわけではない。寿がきや食品の純利益率は薄く、運転資金にも改善の余地がある。それでも、強固な製造基盤を軸に、工場を回し続けることで安定したキャッシュを生み出す。外食部門の利益を、この食品部門のキャッシュフローが下支えする──そう捉えると、製造部門の収益力をどう引き上げるかが、グループ全体の持続性に直結する論点であることが見えてくる。

日高屋と幸楽苑が映し出す「立ち位置」

スガキコシステムズは非上場で、詳細な損益は公開されていない。そこで、事業モデルの近い上場企業と比べてみよう。

ラーメンチェーンの優等生、「日高屋」のハイデイ日高は、2024年2月期に売上高487億円、営業利益46億円、売上高営業利益率9.5%という、外食では驚異的な数字を出している。飲食業で営業利益率が5%を超えれば優良とされる中で、この水準は際立つ。強さの源泉は「ちょい飲み」だ。駅前の好立地で、アルコールの高い粗利によってラーメン原価の高騰を吸収する。スガキヤには、この武器がない。

一方、かつてのスガキヤとよく似た「ロードサイド×低価格ラーメン」を続けてきた幸楽苑は、2024年3月期に営業利益3,300万円、営業利益率0.12%まで沈んだ。価格転嫁が追いつかず、薄利多売モデルが限界を迎えていた。だがそこから不採算店の閉鎖と単価の引き上げを断行し、2025年3月期には営業利益率2.35%へと回復した。2026年3月期は6期ぶりの復配(1株10円)を予定する。低価格路線の限界と、利益重視への転換がもたらす効果を、同時に示す事例である。

スガキヤ外食部門は、日高屋のアルコールを持たず、かつての幸楽苑と同じ「客単価の低さ」という制約を抱える。事実、店舗事業会社であるスガキコシステムズのROE(自己資本利益率)は、黒字転換した2024年3月期でも1.8%にとどまる。外食だけを切り出して見れば、相当に苦しい。もし外食専業の会社であったなら、かつての幸楽苑のような危機的状況に陥っていたリスクもある。

それでも会社が回るのは、利益率の高い製造部門がキャッシュを生んでいるからだ。工場で作る即席麺やチルド麺は、地代家賃や接客人件費といった重い固定費がかからないぶん、稼働率が一定を超えれば高い限界利益を生む。外食部門の薄い利益を、食品メーカー部門の安定したキャッシュフローが下支えする。

この複合構造があるからこそ、競合が耐えられない低価格を、店舗で維持し続けられる。自己資本比率59.3%という分厚い財務基盤が、ロードサイド新業態への進出など、ハイからローまでの様々なリスクテイクを許容しているのである。

「人」と「データ」への投資、惜しみなく

2026年、スガキヤは創業80周年を迎える。

1946年、戦後の名古屋・栄で甘味の店として始まり、1948年にラーメンを加えた。1969年には、路面店が当たり前だった時代に「車でショッピングセンターへ行く家族連れ」の増加を見越し、SCのフードコートにいち早く出店した。買い物のついでに立ち寄ってラーメンを食べ、ソフトクリームやクリームぜんざいで〆る──この“しょっぱい×甘い”の合わせ技で「子どもの舌」をつかみ、競合のいない市場に、東海のソウルフードとしての地位を築いたのである。

新社長に就く菅木寿一氏は、日清製粉を経て寿がきや食品・スガキコシステムズで要職を歴任し、海外事業室長の経験も持つ。80年で磨いてきた強みを、菅木氏は「味、お値打ち感、使い勝手の良さ」の三つだと語る。この価値を磨き直しながら、いまスガキヤが惜しみなく投資しているのが「人」と「データ」である。

象徴的なのが、賃上げだ。2026年春入社の新卒初任給を、過去最大となる5万円引き上げ、23万円から28万円とする。年間休日も108日から116日へ。既存社員も平均6〜7%の賃上げを実施する。外食では異例の水準であり、人件費を、単に削るべきコストとしてではなく、事業を支える資本として捉える姿勢がうかがえる。企画から製造、物流まで、各領域の専門人材が誇りを持って働ける組織づくりも、新体制が掲げる柱の一つだ。

データ面では、ノーコードの需要予測AI「UMWELT」を導入し、既存のPOSデータから店舗別・品目別の売上を予測する。これにより、食品ロスの削減と、シフト作成・発注業務の工数削減を狙う。2025年9月には公式アプリを刷新し、ダウンロード数は50万を超えた。お会計300円ごとに貯まるスタンプで再来店を促す。勘と経験に頼る属人的な店舗運営から、データで回す運営への移行が進んでいる。

ラーメンに付いてくる、れんげとフォークを合体させた「ラーメンフォーク」も、この会社らしさの結晶だ。1978年、割り箸の資源保護を目的に生まれたこの一風変わったカトラリーは、コスト削減と、一目でスガキヤとわかるブランド体験を同居させ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で取り扱われた実績まで持つ。

「20年ぶりの関東進出」その先にあるもの

ここまで来て、冒頭の関東再進出に戻る。

かつてスガキヤは、地盤の外へ広げた店を畳んだ過去を持つ。自社工場からの配送が届きにくい遠隔地の不採算店を閉じ、東海という強固な地盤に資源を集中させた。撤退は失敗ではなく、サプライチェーンの射程内に資源を絞り込む、生存のための判断だった。菅木新社長自身、約20年前の撤退の要因を「コスト構造の課題」と「ブランド発信の不足」にあったと総括している。

その学習を経て、コスト構造を整え、ブランドの発信力を磨き、提供スピードと品質を安定させる厨房改革を済ませたうえで、もう一度、外へ出る。神奈川の2店舗は、その第一歩だ。新体制が掲げるスローガンは、「いつもいっしょ。ずっといっしょ。」。親子三世代で楽しめる味、という価値の再定義である。

もちろん、関東でスガキヤを待つのは平坦な道ではない。東海では“概念”でも、関東ではまだ無名。日高屋も幸楽苑も天下一品もひしめく激戦区で、330円のラーメンとソフトクリームがどう迎えられるかは、誰にも断言できない。

それでも、勝算はある。会社は固定費を削り、値上げの技術を磨き、製造部門という分厚いキャッシュの源泉を抱えて、攻めに耐えうる足腰を取り戻した。そして何より、発表の翌日にはもう、関東の人々が「通います」と手を挙げている。ターゲット市場はすでに好意的である。需要をゼロから掘り起こす必要はない。

思えば、1946年の創業以来、スガキヤが売ってきたのは、ラーメンだけでも、ソフトクリームだけでもない。買い物帰りの家族の時間であり、放課後の記憶であり、日常に溶け込む「居場所」だった。そして、記憶ほど模倣の難しい資産はない。

その記憶は、箱根の山を越えても色褪せない──発表初日の熱狂が、それを証明した。スガキヤはもう、懐かしいだけのチェーンではない。次の80年へ向けた第一歩は、その足は、東へ動き出している。

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