物価高で“モノ”が売りづらい時代、継続的に収益を生み出すにはどうすればいいのか。コンサルタントの青嶋稔さんは「日本企業は顧客に従順すぎて、ニーズに応えようとし採算が取れなくなりがちだ。一方、サブスクリプションなどのサービスは、顧客の体験“コト”に伴走し、潜在的なニーズをあぶりだすことができる」という――。

※本稿は、青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

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■日本人がロボット掃除機を使わない4つの理由とは?

企業が顧客をリードする方法のひとつは市場開発だ。顧客も気づいていないニーズを、商品やサービスの形にし、新たな市場を作り上げる。これは、顧客リサーチからは出てこない。

顧客に自覚がないのだから、インタビューをしてもニーズが見いだされることはない。

必要なのは顧客に対する深い洞察力。一事例としては、アイロボットが挙げられる。

読者の皆様はロボット掃除機をお使いだろうか? 実は私は大のルンバファンだ。一度使ったら、本当にたまらなく楽しい。けなげに床を掃除してくれるルンバを見ていると、何やら愛おしくなる。

そんな私も最初は、ロボット掃除機に対して疑心暗鬼だった。本当にきれいになるのか、正直信じられなかった。日本の顧客は(私のように)、ロボット掃除機に対する興味はあるものの、使ったことがないので効果に対して疑心暗鬼になりがちだという。アイロボットジャパンによると、消費者は「従来の掃除機で満足」「(ロボット掃除機は)価格が高い」「本当に掃除できるのか不安」「良心の呵責」の主に4つの理由から、ロボット掃除機の購入に躊躇するという。

潜在的ニーズはあるのだが、固定観念から購買に至らない。こうした状況を打破し需要を引き出し、市場を創造するために、同社はさまざまな仕掛けを行った。

■アメリカ発の高性能お掃除ロボットが創出した新しい価値観

アイロボット(iRobot Corporation)は、アメリカ・マサチューセッツ工科大学のロボット学者たちにより、1990年に創設された。2002年にロボット掃除機ルンバを市場に投入し、21年には、15.64億ドルの売上を実現。マサチューセッツ州ベッドフォードに本社を構え、アメリカ、欧州、アジアに拠点展開をしている。

掃除機市場にロボットの技術を持ち込むことにより、顧客が気づいていない潜在的需要を掘り起こした企業であり、掃除をロボットに任せることによる「自分たちの時間の創出」という新しい価値を生み出したのである。

同社はロボット掃除機市場を着実に拡大させている。

同社日本法人は「ロボット掃除機 一家に1台」というスローガンを掲げており、「2年までに全国世帯普及率10%達成」を指標にしていたのだが、目標達成のためには消費者の固定概念を払拭する必要があったという。

■ルンバを月額1200円でレンタルできる日本独自のサブスク

2018年10月に同社が発売した「ルンバe5」は、ロボット掃除機として価格競争力のある5万円を切る価格(税別)でありながら、頭脳や吸引力は上位機種並みという、圧倒的コストパフォーマンスを誇る。これにより同社は、多くの新規ユーザーの取り込みに成功した。

その後、さらに普及率を上げるために、同社はルンバを月額1200円からレンタルできるサブスクリプションサービス「ロボットスマートプラン」を開始する(19年6月〜。現在は月額980円からのプランあり)。

これは本国の米国でも実施していない日本発のサービスであり、2年の構想期間をかけて実現したという。「ロボットスマートプラン」は、これまでロボット掃除機を導入したことのない顧客に使用機会を広げた。

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さらに、アイロボットジャパンは、サブスクリプションサービス開始から1年が経過した20年6月8日、顧客の声をもとに「製品ラインナップ拡充」、「契約期間の短期化」、「さらなる低価格化」をかなえた「ロボットスマートプラン+(プラン)」をサブスクで開始すると発表した。

■床を裸足で歩く日本人向け、床拭きロボットもサブスクに

「ロボットスマートプラン+」では、ロボット掃除機「ルンバ」に加え、床拭きロボット「ブラーバ」の各ラインナップが追加された。夏になると床を裸足で歩くことが多い日本の習慣から床拭きロボットは日本では人気であることからだ。

さらに24年2月からはアイロボット初の空気清浄機「Klaara p7 Pro」も対象としている。この改定では、業界でも革新的な「期間縛りの撤廃」や、「価格改定・継続割引」をはじめとする3つの大きな改定を実施することによりロボット掃除機がより身近な存在となり、導入のきっかけとなることを狙ったものである。さらには公式整備済みのリユース品を活用するなど、環境にも配慮した設計となっている。

こうして同社は、ロボット掃除機を使ったことがない消費者層に対して、簡単に試せるプランを充実させて、市場を開拓していった。

その結果として、同社はロボット掃除機の世帯普及率を高めることに成功した。ルンバe5の発売前の世帯普及率は、4.5%だったが、その後、ロボット掃除機の世帯普及率は、19年6月時点で、5.1%、20年5月末時点で6.5%、さらに22年2月には8.3%まで高めることに成功している(同社調べ)。

■アイロボット社のロボット掃除機は世帯普及率10%を達成

さらに24年4月には、日本市場においても、国内の同社製品累計出荷台数が600万台を突破したことを発表している。これによりアイロボットジャパンが18年に中期目標として発表した自社ロボット掃除機の全国世帯普及率10%を達成している。

世界各地において、着実にロボット掃除機市場を創造しているのだ。

アイロボットジャパンが22年7月に行った、アイロボットユーザー登録をしている20代〜70代の男女、6916名を対象としたアンケート調査によると、ルンバに対する満足度は「購入した金額と同等以上」と考える人が9割を超えている。

同社は、製品単独ではなく、サービスとしてロボットを提供し、顧客への新しい“お掃除体験”の提供に成功したのだ。

■ダイキンの子会社は「空調のサブスク」で成功

ダイキン工業の100%子会社に、ダイキンエアテクノという空調と建物設備のサポートを行う会社がある。同社と三井物産が共同し、空調の最適化を提供するエアアズアサービス株式会社を設立し、2017年からは「Air as a Service」(エアアズアサービス)という空調サブスクリプションサービスを開始している。この事業は三井物産が持つ情報通信技術機能とファイナンス機能と、ダイキンエアテクノが持つ空調技術、空気の最適化に関する専門知識を組み合わせることで成り立っている。

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サービスのポイントは、顧客(建物オーナー)の空調管理の負担を取り除けることにある。月額固定料金制で、オーナーに代わり同社が空調設備の設置、所有をし、利用実態を分析した最適な形で運用管理を行う。顧客は管理という業務を負担することなく、快適かつ省エネルギーな空調空間を獲得できる。

エアアズアサービス社の主な顧客となる市場は病院、介護老人保健施設・福祉施設、宿泊施設などだ。サービス提供に際して同社は、事前の計測とヒアリング、最適機器の選定、設計、修理・保守計画の策定を行い、初期費用と月々の利用料の提案をする。サブスクリプションの料金内で、遠隔自動点検、空調トラブルを未然に防ぐ予兆保全なども請け負う。

このサービスを開始するため、同社は100件ほど顧客への提案活動を行い、顧客が現状の空調環境に対してどのような不満を抱えているか、入念な事前調査を行ったという。

■親会社・ダイキンのビジネスモデルに影響も

空調に関する顧客の悩みは、顕在化されている省エネルギー、省コストのみならず、猛暑、熱中症における空調の重要性の増大、慢性的な人手不足、管理の手間の増大からくる所有から利用へのニーズなど、潜在的なものも多い。

そこで本事業では、ダイキンエアテクノとエアアズアサービスのエンジニアが、顧客の空調環境を効率的に分析できる仕組みにしている。潜在的なニーズも含めて、調査により明らかにする必要があるからだ。

親会社であるダイキンは、従来の売り切りモデルでは代理店に空調を販売してもらい、設置業者が設置をしてきた。だがエアアズアサービス社の事業に関しては、商品の売り方そのものが変化した。ダイキンは当事業として設計、施工から、保守、エネルギーマネジメントまで、技術とサービスをワンストップで提供することとなったのだ。

■エアコンメーカーというだけでなく、空調の使用環境も管理

青嶋稔『売り上げ目標を捨てよう』(集英社インターナショナル新書)

それに伴い、人材に求められることも大きく変化した。顧客の使用環境をしっかりと理解し、コンサルタントとして使用環境を分析する能力、デジタル技術の理解と活用能力も必要となり、それらのスキルの教育や開発を行っていった。結果として顧客との接点が強化され、顧客と直接繫がるビジネスモデルへの転換につながっている。

本サービスに対する顧客からの反応はよく「冷暖房に対する不満が解消された」と評価する声が最も大きい。空調などの設備管理の人材が不要となるため、人的リソースの問題が軽減され、突然の修理費など突発的な費用も必要なくなる。

「Air as a Service」の実績は約40(22年年4月時点)の施設にまで広まり、特に病院への導入実績が最も多い。病院は空調の運転時間が長く、患者や働いている人々などからの、空気の品質に対するニーズが強いのが特徴だ。エアアズアサービス社では、同様に空気の品質を求める施設に対し、省エネ・省コストのメリット、空調故障への不安解消などを押し出し、本サービスを訴求している。

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青嶋 稔(あおしま・みのる)
野村総合研究所フェロー
1988年精密機器メーカー入社後、10年間の米国駐在などを経て2005年より野村総合研究所に参画。12年同社初のパートナー(コンサルタントの最高位)に就任。19年同社初のシニアパートナー、21年4月より同社初のフェローに就任。米国公認会計士、中小企業診断士。近著に『リカーリング・シフト』(日本経済新聞出版)、『価値創造経営』(中央経済社)など。
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(野村総合研究所フェロー 青嶋 稔)