米大統領選でトランプ氏はなぜ圧勝したのか 集める期待と懸念 日本が取るべき対応は
2024年大統領選で当選を確実にし、ダンスして見せる共和党候補のトランプ前大統領=2024年11月6日、フロリダ州ウェストパームビーチ、ロイター
11月5日に投開票された米大統領選は、共和党のトランプ前大統領が激戦7州すべてを制したほか、全国的に支持を増やし、民主党のハリス副大統領に圧勝しました。選挙人全538人のうちトランプ氏は312人を獲得し、ハリス氏の226人に大きく差をつけました。トランプ氏は来年1月、第47代大統領に就任します。米州住友商事会社ワシントン事務所の渡辺亮司調査部長は今後の米国と世界の行方について「米国第一主義が強まり、不確実性が増すことは間違いない」と語ります。(牧野愛博)
慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より現職。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。
――トランプ氏が支持を集めた理由は何だったのでしょうか。
最大の理由は、国民が変革を求めていたことです。世論調査で、米国民の約6割以上が「この国は間違った方向に進んでいる」と答えています。
バイデン大統領の支持率も40%台を割り込むなど、過去30年の現職大統領では最低水準になっています。
バイデン政権の路線継続が想定された現職副大統領のハリス氏よりも、変革をもたらすかもしれないトランプ氏により多くの国民が期待し票を投じたと言えます。
米ノースカロライナ州ガストニアで開かれた演説集会でトランプ前大統領に声援を送る支持者ら=2024年11月2日、朝日新聞社
インフレは沈静化したものの引き続き懸念は高く、移民問題も依然、強い不満がありました。トランプ氏の支持者集会に参加した際、これら国民が最も懸念するインフレや移民問題について、大画面の映像や画像を通じて繰り返し流していました。
トランプ氏は支持者集会の冒頭で必ず、「皆さんの生活は4年前より良くなりましたか」と問いかけていました。米国民の「トランプ政権時代、新型コロナウイルスの感染拡大前までは経済は好調だった」というノスタルジアを誘う作戦が功を奏したと思います。
ニュージャージー州のように民主党が強い州でもトランプ氏が大幅に支持を伸ばし、全国的にトランプ氏の支持は拡大しました。したがって、激戦州での戦術の失敗ではなく、全国民の現政権への不満といった根本的な問題がハリス氏にとって逆風となったようです。
出口調査によると、経済懸念からもヒスパニック系の特に男性のトランプ氏支持が大幅に増えています。なお、2020年ではトランプ陣営は期日前投票に批判的でした。しかし、支持者集会でも期日前投票を何度も呼びかけ、その方針変更は功を奏したように思います。
共和党候補のトランプ前大統領(前列左から2人目)を支持する集会に集まったラティーノコミュニティーのリーダーたち=2024年10月22日、フロリダ州、ロイター
――日本では「接戦」とする報道が目立ちました。予測を誤ったのでしょうか。
2016年大統領選(304人)と2020年大統領選(306人)の勝者の選挙人獲得数をトランプ氏が今回(312人)は上回ったことで、トランプ氏圧勝のようにも見えます。しかし、激戦州については大接戦の結果となりました。したがって誤差の範囲内で、接戦を予想していた各種世論調査はほぼ正確であったと言えます。
2024 Election: President
- RealClearPolitics (@RCPolitics) November 7, 2024
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2024年アメリカ大統領選の勝敗結果=政治情報サイト「リアルクリアポリティクス」公式Xアカウントより
――トランプ氏勝利を受け、米国内では黒人差別をあおるSNS投稿などが早くも増えているようです。どのような事態が起きているのでしょうか。
FBI(米連邦捜査局)はこの問題を認識しており、司法省や他の関係連邦機関と連携していることを発表しています。
トランプ氏は選挙戦で反移民政策など自らの支持基盤を固める一方、国の分断を深めかねない戦略を取ってきました。2016年大統領選後にも白人至上主義団体の拡大がみられましたが、トランプ氏の勝利によって、社会の片隅に追いやられていた白人至上主義が勢いを増す空気が米国内に流れ始めているのかもしれません。
――トランプ氏の政治的な報復を懸念する声が出ています。
第2次トランプ政権で大統領が司法省を政争の具として利用するリスクはあると思います。司法省はウォーターゲート事件以降、捜査の独立を伝統としてきましたが、第2次トランプ政権で崩される懸念が出ています。
司法長官に誰を指名するのか、その人物が上院で承認されるのかに注目が集まっています。トランプ氏が信頼できる忠実な人物が選ばれ、まるで同氏の弁護士のような役割を果たす可能性もあります。
――トランプ氏は米国内の格差解消や経済の回復を実現できるでしょうか。
上下両院で共和党が多数派になる可能性が高まっています(11月10日現在)。
そのような「トリプルレッド」となった場合、議会の協力を得てトランプ政権は2017年成立のトランプ減税を継続するとともに、富裕層に対する減税措置や法人税のさらなるも引き下げも試みるでしょう。
トランプノミクスが米国経済そして企業にとって良いのかどうかは不透明です。業界によるものの、企業にとっては減税や規制緩和などで恩恵を享受できる一方、関税政策や厳格な移民政策、不確実性の高まりなどで悪影響を被る可能性もあります。
不法移民の国外追放などで労働人口が減り、関税政策や減税なども影響しインフレが高まるリスクもあります。その結果、FRB(連邦準備制度理事会)が政策金利を再び引き上げ、景気の足を引っ張る可能性があります。その場合、ドル高になるので、輸出を拡大するためにドル安を好むトランプ氏がFRBに政策金利を引き下げるよう圧力をかけるなど、ゆがんだ経済状態が発生するかもしれません。
――トランプ氏は世界をどう変えるのでしょうか。
第2次トランプ政権が米国第一主義、孤立主義の政策を推進することは確実視されています。ウクライナ紛争の早期終結を目指すでしょう。世界で米国の関与がさらに低下すると思います。
ニューヨークのトランプタワーで対面した共和党候補のドナルド・トランプ前大統領(右)とウクライナのゼレンスキー大統領=2024年9月27日、ニューヨーク、ロイター
同盟国との関係も、バイデン政権のように重視することはないでしょう。トランプ氏は世界の指導者との個人的関係を重視し、良好でない国や、米国の貿易赤字が多い国との関係は悪化するでしょう。
米国が関与しないことで、紛争の連鎖が起きる可能性もあります。ただし、米国の外交政策の不確実性が増すことは確実で、それが(逆に紛争の)抑止力につながるという見方もあります。
――日本はどのように対応すればよいのでしょうか。
各国との経済関係でトランプ氏が評価の物差しとしているのが、貿易赤字規模です。2023年時点で、日本は米国の貿易赤字額が、中国、メキシコ、ベトナム、ドイツに次ぐ第5位です。第1次トランプ政権時代、商務省の幹部会合で毎回、冒頭に赤字ランキングを全員で確認することが恒例になっていたそうです。
トランプ氏はドル安を好む傾向があります。2021年1月のトランプ氏退任時点の為替レートは1ドル100円台で、今は150円台です。トランプ政権下、米財務省は外国為替報告書で日本が為替操作国と認定した場合、それを根拠に米商務省が関税を課す可能性もあります。
大統領就任前のトランプ氏(右)と握手する安倍晋三首相(肩書はいずれも当時)=2016年11月17日、米ニューヨーク、内閣広報室提供
日本はアジアにおける最重要パートナーとして、トランプ氏の信頼を得ることが望ましいでしょう。2023年時点、対米投資残高は日本が世界最大です。在米日本企業が雇用を含め米国の経済に大きく貢献している点は、トランプ政権にアピールできる好材料と思います。政権入りの可能性まで噂されているビル・ハガティ上院議員(前駐日大使)や企業の生産拠点がある州の知事や連邦議会議員などを通じて、トランプ氏に接近することも一つの方法だと思います。