「若者のコメ離れ」は大間違い…最もコメを食べなくなったのは「60代以上の高齢者」だった “年間10万トン”ペースでコメの需要が下落する理由とは
今夏に起きた「令和のコメ騒動」。新米が出回り、スーパーの棚にコメがない事態は解消したものの、米価は高止まりしたままだ。再び「コメ不足」が起きる可能性も否定できないのは、コメをめぐる重大な問題が放置されているからだ。有料版「令和のコメ騒動の真因は『コシヒカリ系統への偏り』『減反政策の失敗』…停滞するコメ行政を突破する最先端の取組みとは」では、コメ不足の真因について論じたが、コメを巡る諸問題はこれに限らない。農業経済学が専門でコメの消費動向に詳しい新潟大学名誉教授の青柳斉氏に聞いた。【山口亮子/ジャーナリスト】
コメ不足を招いた要因の一つがいわゆる「減反政策」だ。米価を維持するために農水省が一年間の需要量を算出し、それを超えないように生産を抑えてきた。いわば国ぐるみの生産カルテルである。
同省は、人口減少などの影響で年10万トンのペースでコメの需要が減っているとして、毎年の「適正生産量」を算出している。2023年産米に関しては、それを現実の需要が大幅に上回り、不足が起きたというわけだ。
青柳氏は「需要を完全に予測するのは無理な話です」と指摘する。需要は減少基調にありながらも、食生活の変化や米価の動向を受けてのこぎりの歯のように推移しているからだ(図)。
コメの消費を減らしているのは中高年
青柳氏は2021年に『米食の変容と展望 2000年以降の消費分析から』(筑波書房)を著し、米食の消費の減少を分析している。そのなかで明らかにしたのが、米業界でまことしやかに語られる風聞の誤りだ。
それは、「若い人がコメを食べなくなった」というもの。現実は逆だという。
分析に使ったのは、1人の1日当たりの食品摂取熱量を調べた厚生労働省の「国民健康・栄養調査」。「めし」や「おにぎり」などを含む米類をみると、特に2001年以降に世代間での消費の減り方に大きな差があった。
「10代の後半が一番多く米類を食べていて、この世代の消費量は変わってないんですよ。20代と30代は横ばいか微減にとどまっています。2001年以降の消費の減少は、中高年層が主導していたと分かりました」
さらに2010年以降をみると、消費量を大きく減らしているのは、60代以上の高齢者層だった。この間、コメの需要量は100万トン以上も減っている。「近頃の若い者は……」と言っていた方が実際には原因を作っていたのだ。
日本の人口分布は、少子高齢化で若者ほど少なく、中高年ほど多い。コメを食べなくなった50代以上ほど、人口に占める割合が高まっている。
「消費量を減らしている世代の人口が増えて、変わらず食べている若い世代ほど減ったことで、全体の消費量が減っている」(青柳氏)
なぜシニア世代がコメを食べなくなったのか。理由は、肉食化と粉食化である。60代以上がパンやうどん、パスタといったコムギを使った食品と、それ以上に肉類の消費を増やしてきた。かたや20代や30代の肉類の消費は、50代以上より増加率が低い。シニア世代ほど、肉を食べてコメを食べなくなっている。
政府備蓄米をしれっと放出
また、今夏のコメ不足で最も深刻だったのは、「ふるい下米」の不足だった。一般的にコメの選別には1.7〜1.9ミリのふるい目を使う。このふるいの下に落ちたコメは、ふるい下米や「くず米」、「特定米穀」と呼ばれ、米菓や味噌、焼酎などの加工用に使われる。
コメ不足が起きると、真っ先に足りなくなる。通常ならふるいから落とされるコメまで、主食用に回すようになるからだ。不作の年は、消費者の知らないところでコメの品質が下がる。そのたびに米菓や味噌、焼酎などの加工業者は原料調達の危機に面してきた。
2023年産は、このふるい下米の不足が著しかった。
「通常は50万トンくらい発生するのが30万トンぐらいしかなかった。20万トンほど減ってしまったので、騒ぎになりました。加工業者が原料を確保するのが難しくなって、政府備蓄米を一部放出しています」(青柳氏)
備蓄米制度は、1993年に冷夏によりコメが不足した「平成の米騒動」をきっかけに、95年に生まれた。適正備蓄水準として、100万トン程度を備蓄するよう、毎年コメを20万トンほど買い付けて保管している。これは10年に一度の不作が来ても供給できる量との触れ込みだ。
5年たった備蓄米は、主食用米の価格に影響しないように飼料用などとして販売する。建前は災害といった非常時のための備蓄ながら、実際には多量のコメを市場から隔離し、米価の下落を防ぐ手段の一つとなっている。
2024年夏、コメが全国的に足りないのに農水省が頑として放出しないと報道で非難されたのは記憶に新しい。実はその裏で、同省は加工業者を対象に、ちょうど切り替えの時期を迎えていた政府備蓄米を1万トン分放出すると7月末に発表していた。政府備蓄米を主食用米として放出すれば、米価が下落し、コメ農家の“手取り”が減ることになる。しかし、コメの価格に影響しない「ふるい下米」が不足しているとなれば、容赦無く備蓄米を放出する。
その後、惣菜メーカーでつくる業界団体の一般社団法人日本惣菜協会が政府備蓄米の放出を要請した。これに対して農水省は、緊急時でないと出せないと突っぱねたという。不足の度合いがいくら深刻でも、主食用としては一粒も放出しない。これは農水行政における政府備蓄米の“不都合な真実”を言い表している。
新潟県産コシヒカリの真贋問題
また、今回のコメ不足の一因として暑さに弱いコシヒカリが全国で最も多く作付けされていることが挙げられる。23年の猛暑により、新潟県産コシヒカリの一等米の比率が過去最低の4.7%を記録した。日本は「あきたこまち」などコシヒカリの暑さに弱い性質を継いだ近縁種も多く、コシヒカリとその近縁種で全国の作付面積のおよそ8割を占める。
日本の田んぼは「コシヒカリ」に席巻されているのである。
実はそれとは別に、コシヒカリには昔から真贋をめぐる問題がある。
ブランド力が高いのが、新潟県産コシヒカリ(新潟コシ)。全国のスーパーの棚に並び、最も人口に膾炙している銘柄米だ。しかし、その生産量に対して流通量が多いのは、米業界の関係者の間で有名な話である。作っている量に比べ、販売量の方が多い。つまり、産地が新潟県でないコシヒカリが「新潟コシ」として販売されているのである。他の地域のコシヒカリよりも新潟コシの方がよりニーズがあるし、高値で売れるということだろう。
「今は少なくなった方だと思います」と青柳氏。
「1990年代末に千葉県内のある稲作地帯を訪れたら、ここのコメは新潟コシに化けますと正直に言っていましたからね」
と振り返る。
現在、新潟県で栽培されるコシヒカリは、他県で栽培されている従来のコシヒカリとは異なる。コシヒカリは、葉や穂が枯れて収量が落ちる「いもち病」に弱い。そこで新潟県がこの病気に耐性を持たせた品種群を開発した。農薬を減らした栽培のできる「コシヒカリBL」として、2005年に従来のコシヒカリから作付けを切り替えた。
コシヒカリBLはコシヒカリと異なる品種のため、コシヒカリと認めないと主張する人もいる。それはさておき、BLの登場は、農薬を減らせる以外のメリットを新潟県にもたらした。DNA鑑定による真贋の確認だ。
「新潟県は、遺伝子解析によって、新潟県産コシヒカリかどうか特定できるようになったわけです。定期的にサンプル調査をして、産地偽装があると通報しています」(青柳氏)
県庁の通報により、米穀卸といった流通業者が不正競争防止法違反で逮捕される事態が起きている。コシヒカリBLが登場した当初、反対論者の中には産地偽装がバレるとこまる人々も紛れ込んでいたとされる。
かように日本のコメ業界には多くの問題が横たわっており、それらがコメ不足を招く原因となっているのである。
絶対王者として君臨するコシヒカリがもたらす影響の大きさについては、「令和のコメ騒動の真因は『コシヒカリ系統への偏り』『減反政策の失敗』…停滞するコメ行政を突破する最先端の取組みとは」をご覧いただきたい。
山口亮子・ジャーナリスト
愛媛県生まれ。京都大学文学部卒。中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。時事通信記者を経てフリーに。著書に『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)、共著に『誰が農業を殺すのか』『人口減少時代の農業と食』などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。
デイリー新潮編集部