小林カツ代さんの「そうめん」と「精進揚げ」のレシピ

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第18回 料理は二の次、生活が一番大事。小林カツ代に学ぶ、おもてなしのコツ。


連載初回。私は、コロナ禍を経て、すっかり料理をするのが嫌になり、人を招くことへのハードルが高くなってしまったと書いた。ドキドキしながら久しぶりに友達を招いておにぎりパーティーを開催。あれから一年半――。

状況は一転。毎日と言っては言いすぎだが、我が家は、毎週誰かがやってくるような、賑やかな溜まり場と化している。

何故か。私が家事をきちんとやって、夫がついに料理をできるようになり、常に部屋が綺麗になったせいか? それともマメに作り置きや買い置きをするようになり、いつ誰がきてもササッとご馳走を出せるようになったせいか?
そのどれでもない。単に私が、散らかった部屋で、なんの準備もなくても、平気で人を招けるようになったのである。神経が太くなっただけとも言えるが、カツ代さんの精神を掴んだとも言える。

一番弟子の本田明子さんの発言は前にも書いたはずだ。小林家のキッチンスタジオ兼事務所の鍵をかけた経験がない、若いアクティビストから近所のお寿司屋さん、土井たか子まで、常に誰かがいて、出入りが自由だった、と。

その域まではとても達せないが、最近我が家をいろんな職業の人が出たり入ったりしているのは事実で、ついに「私は外で用事あるから、いい時に帰ってねー」と言い残して、ママ友たちを残して勝手に出かけてしまうまでになった。
私がだらしないのはもう周知の事実になってしまったので、どうでも良くなったせいもある。最悪水回りだけ綺麗であれば、恥ずかしいことはない。そして、水回りを一瞬でピカピカにできる洗剤やシートは、今便利なものがいくらでもあるのだ。
何よりも私の本棚には、オレンジページさんからいただいた大量の小林カツ代本コレクションがある。カツ代さんのレシピさえあれば、人が集まってから作り始めても、なんとかなるのだ。
これは本当である。

夏の終わりのこの日、直前まで来るか来ないかわからなかったので、準備をろくにしないまま、若いお客様を迎えることになった。でも、私は落ち着いたものである。

今うちにあるものといえば、毎年、柴崎友香さんが夏になると必ず大量に送ってくれる、小豆島名産の、太い素麺である。コシがあって、しっかりした風味があって、パスタとしても使える超優秀なお中元で、我が家はみんなファンだ。適当に茹でて市販の麺つゆをかけるだけで十分美味しいが、せっかくだから、カツ代さんレシピの正統派のやり方で茹で、おすすめにしたがって、手作りの麺つゆと精進揚げもつけよう。子どものために、こちらもカツ代さんレシピでからあげをつければ安心だ。

製菓材の卸問屋を営むカツ代さんのご実家で、御寮人さんと呼ばれていたお母様が丁稚さんを労うために作る大皿料理の中でも、特に思い出になっているのがこの素麺だ。素麺って、どう茹でても大体美味しいのでは、と思っていたので、カツ代さんのうっとりとその味を甦らせるような筆致が印象に残っていた。カツ代さんのエッセイの中で、最も思い入れが感じられる文章である。

ひとまず、レシピに忠実に麺つゆを作って、冷やしておく。鰹節を煮出して最後にぎゅっと絞るやり方は、ケンタロウさんもそうだった気がする。簡単だが、台所がいいにおいでいっぱい。これだけでもう成功したも同然である。
あとは、レンコン、カボチャ、ナス、レシピだとシシトウだが、辛いのが私含めダメな人が多いのでオクラに変更。出回り始めた松茸も奮発して八百屋さんで購入し、あとはほぼ何もしないで、お客さんを出迎え、市販のお菓子とシャインマスカットと麦茶で話し込んだ。

「お腹すいた? そろそろご飯にしようか?」
と、キッチンから話しかけながら、野菜をどんどん薄切りにして、天ぷらの衣を作る。普段は市販の天ぷら粉を使っているが、小麦粉と水をざっと混ぜるだけでちゃんとできることに今更驚く。野菜をさっと潜らせ、少ない油で揚げていく。カツ代さんがエッセイで、小さな湯船でもたくさん人が入ればお湯の水面は上がる、その要領で、少ない油でも大量に具材を入れれば油の水面が上がるから節約になる、と書いていた。確かに躊躇なくどんどん放り込んでいくと、揚がるのも早いし、油も足さなくて済んだ。何よりカツ代レシピの衣は、カリカリしていてもたつきがない。からっと揚がった天ぷらと冷たい麺つゆ、ビール、大根おろしや薬味を食卓に出して、あとは落ち着いて素麺を茹でていく。
レシピ通りお湯を大量に沸かし、素麺を広げる。一回差し湯をするのがポイントだ。そして、ぬめりを落とすように、氷水を何度も変えながら、丁寧に洗っていく。普段の素麺と全然違う。きんと冷たくて、一本一本がちゃんと立ち上がっているようだ。

天ぷらの横に素麺を置くと、本当にあっという間に両方なくなってしまった。かろうじて慌てて撮った雑な写真がそれを物語っている。麺つゆもすぐ空になった。熱くてカリッとした天ぷらと鰹の香りがする冷たい麺つゆ、コシがあって冷え冷えの素麺。単体でも合同でも、それぞれ違った美味しさがあり、全く食べ飽きない。

料理は二の次で、生活が一番大事、とカツ代さんはよく言っていたが、最近、本当にそうだと思う。おもてなしなんて集まってから考えればいいし、日々の献立しかりだ。そんなことより会話や暮らしそのものが大事。

あれこれと思いを巡らして、気持ちを折ってしまうくらいなら、何もなくとも「産婆のごとくお湯沸かせ」の精神でとりあえずキッチンに立ってしまえばいいのだと、目の前がパーッと開ける気分だ。

今回の小林カツ代さんレシピ


※「小林カツ代さんちのおいしいごはん」(1994年講談社・絶版)より一部引用

とにかく夫も私も大のそうめん好きです。子供たちはなぜか冷や麦のほうが好きなので、うちではよく2種類並べます。精進揚げの衣は粉と水だけにすると、野菜の持ち味がどれもしっかり生きてくれるの。私は半分くらい食べたらすだちやレモンをキュッと絞って、最後はさっぱり味で締めくくるのが好き。


『そうめんと精進揚げ』のレシピ 


材料
そうめん……400g

つゆ
水……カップ3
削り節たっぷり一つかみ
みりん……カップ1/4
薄口しょうゆ……カップ1/2

薬味
青じそ……適量
みょうが……適量
しょうが……適量

れんこん……小1節
なす……2〜4個
さやいんげん……100g
かぼちゃ……1/4個
みょうが……4個


小麦粉……カップ1
冷水……カップ3/4〜1

揚げ油……適量
レモン……適量

作り方
(1)つゆを作る。鍋に分量の水を入れて煮立て、中火にして削り節を入れ、みりんとしょうゆも加える。再び煮立ってきたら火をとめ、こして削り節をギュッと絞る。あら熱が取れたら冷蔵庫で冷やしておく。
(2)精進揚げを作る。れんこんは皮をむいて8mm厚さの輪切りにする。なすはへたを落として縦半分に切り、塩水にさらす。さやいんげんは筋を取って半分に切る。かぼちゃは1cm厚さに切る。みょうがは縦半分に切る。
(3)少なめの揚げ油を中温に熱し、【2】の野菜に衣をつけて油の表面いっぱいに入れる。ときどきかき混ぜたり、持ち上げたりして空気にふれさせながらゆっくりと火を通し、カラリと揚げる。
(4)そうめんをゆでる、たっぷりの湯を沸かし、グラグラとしているところにそうめんを立てるようにしてパッと入れる。
(5)すぐに箸でぐるりと混ぜ、ワーッと煮立ってきたらカップ1/2くらいの差し水をする。
(6)再びワーッと煮立ってきたら火をとめ、ふたを少しずらしてかけ、20〜30秒蒸らす。
(7)ざるにあけてそのまま水につけ、水を替えながら箸でかき混ぜてさます。
(8)そうめんがすっかりさめたら、今度は水を替えながらもみ洗いをし、水けをよくきる。
(9)薬味の青じそはせん切りにし、みょうがは縦半分に切って斜め薄切りにし、しょうがは皮ごとすりおろす。
(10)そうめん、精進揚げを盛り、薬味、レモン、つゆを添える。

カツ代ロジック
冷や麦の場合はそうめんよりいくぶん太いので、2回差し水をして少し長くゆでること。そうめんのようにもみ洗いはしません。
そうめんや冷や麦は塩けがきついので、ゆで上げたらしつこく、しつこく箸でかき混ぜて水洗いをします。そしてそうめんは完全に冷たくなってから手を入れてもみ洗いすると、味のあか抜け方がグッと違うのです。
精進揚げの材料は、全部このとおりにそろえなくてもけっこう。ピーマンやしし唐などの季節の野菜を好みに使ってもいいんですよ。

次回は11/23(祝)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。