「QBBチーズ」などの商品で知られる六甲バター。近年は「チーズデザート」が「糖質量が少なく罪悪感が少ない」と人気で、年間2000万個を突破するヒット商品に成長している。会社を動かしたのは、情熱あふれる、ひとりの女性社員だった(編集部撮影)

QBBチーズ(以下、QBB)というブランドで、長年プロセスチーズのシェアNo.1※を維持する六甲バター。前編と中編では、バラエティ豊かな商品を生み出し続ける原動力となっている、組織や経営のあり方を解説した。(※インテージSRI+ベビーチーズ4個市場2023年1〜12月累計販売個数)

後編では、QBBのなかでも近年稀に見る大ヒットを記録した、「チーズデザート」の成功と開発秘話に迫る。

「罪悪感の少ない」リラックスシーンのパートナー

ダイエットや糖質制限が、女性を中心に多くの人の生活の中にある現代。前編で、それゆえチーズの需要が高まっていると書いた。活用のシーンは、もっぱら、間食やおつまみ、そして食事だが、QBBはその範疇をデザートまで拡大している。

【画像10枚】「年間2000万個」を販売する、QBBのチーズデザート。社内では「売れへんちゃうか」との声もあったが、今では看板商品に成長した

ケーキのような味わいで満足感の高い6Pチーズ、その名も「チーズデザート」シリーズを展開し、40〜50代の女性を中心に人気を集めているのだ。購入者に選んだ理由を聞いてみると、「糖質量が少なく罪悪感が少ない」という声が多いそうだ。

つまり、チーズデザートは免罪符的な存在。しかも、1つ15gの小分けなので、「欲しいときに欲しい分だけ食べられて便利だ」という声も上がっている。


QBBのチーズデザート。「糖質量が少なく罪悪感が少ない」と人気で、年間2000万個を突破するヒット商品に成長した(出所:公式サイト)

それらの意見を聞いて六甲バターは、パッケージの表に糖質量を大きく入れた。種類によるが、1個2.4〜3.5g。ちなみに、ショートケーキひと切れの糖質量の目安は約28.6gだ。大きさが違うので単純な比較にはなるが、糖質量は約1/9〜1/14だ。

その一方で、「気負わなくて簡単に食べられるけれど、ちょっとした贅沢さや満足感が味わえる存在」という意見もあるそうだ。「こんなふうにおっしゃるお客様にとってチーズデザートは、『ひと息ついて息抜きできる存在』『リラックスシーンのパートナー』といった存在なのではないかと考えています」と、六甲バター マーケティング本部長の黒田浄治さんは話す。

年間2000万個を突破する、お化けヒット商品

もちろん、他社でもカップ入りのレアチーズケーキや、クリームチーズのフルーツ味などは出している。だが、6Pチーズのスタイルで販売しているのはQBBと、追随したもう1社のみ。その手軽さは、他社とは一線を画している。

それを証明するように、チーズを使ったデザートの市場の売り上げは、QBBが8割を占めている。競合は、チーズのデザートではなく、アイスやケーキだと位置づけているそうだ。

そんなチーズデザートが誕生したのは2009年のこと。発売後すぐさま人気に火がつき、ここ5年で売り上げは1.6倍に成長した。2021年には、年間2000万個の出荷数を突破し、同社の屋台骨を担いうる商品になりつつある。

このチーズデザートシリーズ誕生の裏には、片山和子さんという、一人の女性開発者の情熱があった。


チーズデザートの生みの親、片山和子さん(写真:六甲バター提供)

六甲バターがはじめてデザート事業を開始したのは1982年。カップ入りの「レアチーズケーキ」を発売したのが皮切りだ。非常に評判となり、当時学生だった片山さんはこのデザートのとりこになったそうだ。そして、「自分もぜひ開発に関わりたい」と、大学卒業後に六甲バターの門を叩く。最終面接では自らチーズケーキを焼き、役員たちに「食べてください」と配ったというからその熱意たるや。

「ちょっと変わった子やけど、面白いなあ」

役員たちをそう唸らせたという逸話は、今も社内で語り継がれている。


1982年に発売された、カップ入りのレアチーズケーキ(写真提供:六甲バター)

強い熱意を買われて入社した片山さんは、1988年、レアチーズチルドデザートの後発として誕生したカップデザート、「ベイクドチーズケーキ」の開発に携わる。2007年には改良版を発売し、売れ行きは順調。夢が叶った瞬間だった。

ところがその矢先、青天の霹靂となる出来事が起こる。社内的な事情で、デザートの販売が一旦ストップしてしまったのだ。そして間もなく、カップ入りデザート事業からの撤退が決定した。

嘆き悲しんだ片山さんは、「カップ入りのデザートでなくても、ほかの方法でチーズケーキの味わい、おいしさを提供し、お客様に喜んでもらえる方法はないか」を考えはじめる。そこで目をつけたのが6Pチーズだった。

「丸い形は、ホールのチーズケーキに。1ピースは、それをカットしたようにも見える。それなら、これをチーズケーキにできるのでは……」と考えた片山さん。6Pチーズと同じ設備を使えば、初期投資が少なくて済むという狙いもあった。

開発部長に直談判すると、「それだけ言うなら」と許可が出る。しかし、開発は簡単ではなかった。6Pチーズはアルミ箔にチーズを高速充填するので、糸を引くと、外側を汚してしまうリスクがある。そうならない性質と、おいしさ、なめらかな口溶け、上品な味わい。相反する条件をクリアしなければならなかったからだ。


片山さんが入社後開発に携わった「ベイクドチーズケーキ」(写真提供:六甲バター)

味も製造ラインも、とにかくテストしまくった

そこから片山さんは1年半もの間、毎日テストに明け暮れる。約110種類の配合を考え、味も妥協せず、納得いくまでテストを繰り返したそうだ。そして、その中から厳選した30種類を製造ラインでもテストした。製造現場の手間はかかったが、誰もが片山さんの熱意に動かされ、「みんなでやっていこう」と一致団結したという。

こうして2009年に完成したのが、「チーズデザート マダガスカルバニラ風味」だ。味はクリームチーズをベースに、「バニラの最高峰」と呼び声高いブルボンバニラを使って濃厚なチーズケーキを表現した。

今回お話を聞いた六甲バターのマーケティング本部長・黒田浄治さんは、この頃営業本部におり、当然、同商品も何度も試食していた。片山さんの熱意に胸を打たれ、最終的に出来上がった試作品のおいしさに納得すると同時に、こんな思いもあったという。

「確かに、このチーズケーキはとてもおいしい。でも、イロモノのチーズなんか売れへんのちゃうか。そもそも誰が食べんねん……正直、そう思ったんです」

けれど、黒田さんの予想に反し、チーズデザートは売れに売れた。長年現場を見てきた黒田さんでも、見えていなかったニーズが存在していたのだ。そして、「片山さんの熱意」と「おいしさ」に経営陣も賭けたことで、後に記録的な看板商品に成長するチーズデザートは、市場に放たれた。

片山さんとパッケージをデザインした女性は、その年社長賞を受賞したそうだ。追い風に乗った片山さんは、そこから次々に新たな味を生み出していく。


2009年に誕生した、チーズデザート マダガスカルバニラ風味。なめらかな口溶けと、甘いバニラの香りが魅力(写真:六甲バター提供)

チーズデザートが選ばれている「味以外」の理由

発売から15年。今もチーズデザートは女性を中心に支持され続けている。その理由は、なめらかな口どけと絶対的な味へのこだわり……だけではない。そこには2つの理由がある。

1.選べる楽しさ

1つは、バリエーションの豊富さ。QBBの強みとして前編でもご紹介したが、チーズデザートも、マダガスカルバニラにラムレーズン、ブルーベリーなど定番5種類に加え、期間限定品が3種。合計8種類を展開している。

期間限定品は、春なら静岡県産のクラウンメロン、秋の現在は熊本県産和栗など、季節の果実や素材を使ったものが中心だ。


2024年秋限定、熊本県産和栗。こっくりとした栗の味わいは和菓子さながらだ(写真:六甲バター提供)

さらに2024年9月からは、「まるで、ケーキ屋さんのスウィーツ」と銘打った期間限定品も登場。ピンクのマカロンにローズ風味のクリーム、ライチ、ラズベリーを挟んだ仏発のスイーツをチーズで再構成し、「フランボワーズ&ライチ 〜ローズの香り〜」として発売している。

筆者も食べてみたが、酸味のあるフランボワーズとライチの爽やかさ、鼻に抜けるバラの香りが三位一体となった味わいは、まさに極上スイーツ。口どけのなめらかさと合わさって、チーズとは思えないリッチな食体験だった。


フランス発のスイーツの風味を表現した、フランボワーズ&ライチ 〜ローズの香り〜(写真:六甲バター提供)

2.開発者による社内営業

チーズデザートは他のチーズと同様、売り場も開発されている。元々チーズデザートの棚などなかったところに、営業マンが、バイヤーさんや懇意にしている流通企業を説得し、突破口を開いていったそうだ。置けばどんどん売れ、その実績と評判から、地道に販路を広げていったという。

現在は、関西の大手スーパーには全種並んでおり、全国チェーンの大手スーパーなどにも、比較的種類が多く並んでいる。また、売り場が限られたスーパーでも、2〜3種は置いてくれているところが多いそうだ。

営業マンがここまで売り込んでくれたのは、開発者が情熱を持って「社内営業」をした結果だという。前編でも少し触れたが、六甲バターでは新製品の発売に当たり、開発者とマーケティング部、営業本部の企画部門担当者が全国の支店を回り、対面で商品説明を営業マン向けに行う。片山さんも、営業マンがスーパーのバイヤーなどを説得するためのデータを携えて全国を回り、丁寧に説明した。質問にも、真摯に答えた。

「フェイス・トゥ・フェイスで、一方向ではなく双方向にコミュニケーションをとる形での説明を、支店ごとにしていったのです」(黒田さん)。さらに、プロモーションのための販促ツールも片山さんが用意したというから驚きだ。

このスタイルがあるからこそ、営業マンは自信を持って売り込むことができ、これまでなかった商品棚を獲得するなど、やりがいも感じられたのだろう。

「後は頼む」という思いを伝えたい

片山さんに限らず開発チームには、そこまでやってしまう情熱を持った人がほとんどだそうだ。メンバーは農学部や食品化学系の大学院を卒業した20〜30代の若手社員が中心で、若手でもいきなり責任のある商品の開発を任される。

何もわからないところから何度もビーカーテストをして、製造ラインの人々に頭を下げ、やっと上市した商品は自分の子供みたいなもの。すると、「世に出ていくのを見届けて、育ててくれる人たちに、後は頼むという思いを伝えたい。行って話したい」と自然に思うのだそうだ。


若手の多い開発チーム(写真提供:六甲バター)

このように、若いうちから開発から販売までの全プロセスを見られる環境は、「仕事の自分ごと化」や「他部門を想像して連携できる姿勢」など、中編で紹介した、アメーバ経営の良さともリンクしている。

若手のうちは仕事の一部しか見られない企業も多いなか、そこは大きな差別化につながっているに違いない。

また、開発者はみんな片山さんの開発イズムを受け継いでいるそうで、味には一切妥協しない。それは、六甲バターの「おいしければ応援する」という姿勢や、「お客様の喜ぶ笑顔を想像しながら、喜んでいただける価値を創造し続ける」とうフィロソフィーにも通じている。つまり、新しい製品であっても、そこにおいしさがある限り、社員の共通認識の線上にあり、協力してもらえるのだ。

海外での評価とプラントベースの商品開発

QBB製品は、2017年から海外への輸出がスタートしている。意外にも、従来のチーズよりチーズデザートが評価されているそうだ。海外にはこんなカテゴリーの商品がなく、新しい食べものとして喜ばれているという。

と言っても人気の理由は国によってさまざまだ。台湾では、「ヘルシーデザート」として若い女性に人気があり、国によっては、「子供の栄養価の高いおやつ」という位置づけで買われているところも。販売国は、台湾、韓国、香港、シンガポール、ベトナム、タイ、カナダの7カ国に広がっている

今後については、環境の変化で乳資源の確保が困難になる可能性や、食の多様化への対応を見据えて、プラントベース(植物性)のチーズを目指した商品開発も進めている。2025年開催の大阪・関西万博では、これを使ったメニューを提供する予定だそうだ。これからもきっと、まだ世にないチーズ製品を生み出していくことだろう。


プラントベースのチーズを目指して開発されたシュレッド(写真提供:六甲バター)

六甲バターの歩んできた道のりは、「チーズ革命」と呼ぶにふさわしい。開発先導型の社風、プロセスチーズに特化した専門性、妥協なき味へのこだわり。そして、部門間の垣根を越えた連携、消費者の声に耳を傾けるマーケティング戦略、アメーバ経営による全社員の経営者意識の醸成。これらが複雑に絡み合い、独自の企業文化を形成している。

しかし、六甲バターの真の強さは、これらの要素を単に持っていることではない。時代の変化に柔軟に対応しながら、常に新しい価値を生み出し続ける力にある。

先の見えない時代だからこそ、六甲バターのような「革新を恐れない」企業文化が、ますます重要になってくるのではないか。チーズというごくありふれた食品から、時代を先取る新たな価値を創造し続ける六甲バター。地方の中小企業だからと決して侮れない、経営や組織づくりの本質を教えてくれる。

前編はこちら:QBB「チーズの種類多すぎ」を生む組織づくりの秘訣 「開発先導型」と「消費者起点」で描く成長戦略

中編はこちら:QBBベビーチーズ「飛ぶように売れる」棚作りの妙 年間2億本以上!国民的プロセスチーズの"勝因"

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)