「QBBチーズ」などの商品で知られる六甲バター。定番のベビーチーズに加え、近年はチーズデザートも人気を博しているが、同社は「開発先導型」企業として、売り場も開拓してきた(編集部撮影)

物価高のなか、多くの家庭に愛されているQBBのベビーチーズ。特売日になると、1本当たり110〜120円程度で購入することができ、円安時代の心強い存在だ。

2020年、2021年には年間の販売数が2億5000万本を記録。単純計算だが1日当たり約68万個、毎分でも475個……と、文字通り「飛ぶように」売れている。

そんなQBBだが、商品力もさることながら気になるのが、「売り場での強さ」。スーパーでも目立つ場所に、かつ、お年寄りにも子どもにも手が届きやすいところに配置されていることが多い。

いかにして、QBBは国民的プロセスチーズの地位を手に入れたのか。3本立てでお送りする中編では、六甲バター株式会社の営業部員たちが行ってきた、地道な「棚作り」にフォーカスする。

売り場さえも開発してきた

前編にて、六甲バターが「開発先導型」企業であるためにしている組織づくりの工夫についてお伝えしてきた。


神戸牛入りや、北海道産ホタテ入りのものもある(写真:QBBホームページより)

毎年、安定して2億本以上が売れる一番人気のベビーチーズだけでも、「定番」「プレミアム」「お酒のおつまみ」「日本の名産」と4シリーズ展開しており、合計17種類もある。

スライスチーズは12種類、6Pチーズは4種類プラス、デザートタイプが期間限定を含めて8種類……と、その数を見れば、同社が「ものづくり」の会社なのがよくわかる。

【画像6枚】「毎分475個も売れる」QBBのベビーチーズ。開発先導型の風土は「営業部員による地道な売り場づくり」にもつながった

しかし、同社が開発しているのは、なにも商品だけではない。「仕事の手法」や「店頭での売り方」も開発しているのだ。


六甲バターの本社。おなじみの「QBB」のロゴが確認できる(写真:六甲バター提供)

ベビーチーズを例に挙げると、まだ2種類しかなく知名度が低い時代に、スーパーの冷蔵品の一番下段、ボリュームゾーンに置く方法を営業部員が開発したという。下段はもっとも広く、消費者の目に留まりやすい。そして、手に取りやすいので売れやすい激戦場所だ。

そこで同社の営業部員は、「手頃で買いやすい商品ですから、お客様はワンハンドでとれます。試しに下段で売ってくれたら、かなり売れるはずです」とバイヤーを口説いて売り場を仮確保した。そして、実際に売れて手に入れたのだ。

同じ理由から、100円均一コーナーに置かせてもらったこともあるという。

営業部員たちへの信頼が、カニバリへの不安を消した

QBBのチーズは多種多彩なのが魅力だが、それを売る側のスーパーとしては、棚のスペースが決まっている以上、「なにかを売るには、なにかを排除する」必要が生まれる。

そうなると、「六甲バターさんは、このスペースでいいか」と考え、既存商品のスペースが少なくなることもあり得る。同じ会社の中で、商品同士が売り場を食い合う可能性もあるのだ。いわゆるカニバリゼーションという状態だ。

しかし、六甲バターの場合は、こうして営業部員が地道に売り場を開拓したことで、製品開発部の中に「新しい商品もきっと、配置する場所を獲得してくれる」という気持ちが生まれた。だから、「自社の他の製品の売り場を奪ってしまうのでは」などと心配することなく、新製品の開発をのびのび続けてこられたのだ。


兵庫県神戸市にある、QBBチーズの工場(写真:六甲バター提供)

「開発先導型」の社風と、部署の垣根を越えて議論を交わせる関係性から生まれる六甲バターの強さ。実は同社にはもう1つ、根本ともいえる強さの理由がある。「アメーバ経営」だ。

アメーバ経営とは、京セラの創業者で、経営破綻したJALを2年8カ月で再上場に導いたことでも知られる故・稲盛和夫氏が編み出した経営手法である。会社組織をアメーバ細胞に見立てて小さな集団に細分化し、集団ごとに独立採算で運営するのが特徴だ。

社内で売り買いが発生し、その金額をオープンにすることで、「自部門の業務がどれだけ会社の収益、成績につながるか」を明確化し、自部門のみならず、会社の経営内容までが社員に見える化していく。このため、一人ひとりが経営に責任を持ち、経営者の視点、意識を持って働けるようになっていくという仕組みである。

六甲バターがアメーバ経営を導入したのは2010年のこと。きっかけは、前会長の塚本哲夫氏が、稲盛氏の経営塾「盛和塾」の神戸校の創設メンバーに入っていたことだった。塚本氏は稲盛氏の言葉を間近で聞き、その価値観と経営手法に深く共感したという。

「営業以外の部門の社員も、お金の使い方や生産性向上、経費の有効活用といった意識を持つようになりました。自部門だけでなく、会社全体の経営を意識できる人が増えたと感じています」

アメーバ経営導入後の効果を、六甲バターのマーケティング本部長・黒田浄治さんはこう語る。

この仕組みにより、社員全員が事業状況や数値を共有。各部署で採算を意識しつつ、とことんおいしさを追求できる土台が整ったのだ。


アメーバ経営を導入した、前会長の塚本哲夫氏(写真提供:六甲バター)

ただし、アメーバ経営には1つデメリットもある。部門間での売り買いが発生することから、「自部門だけが儲かったらいい」という発想も生まれやすいのだ。

消費者起点の経営哲学

そんなデメリットを防ぐために、アメーバ経営のもうひとつの柱として、フィロソフィーがある。フィロソフィーとはすなわち経営哲学。会社の価値観や、人として正しい行いが記されている。このフィロソフィーとして、六甲バターには69個もの言葉があるそうだ。

なかでも大切にされているのが、「消費者起点の経営」というフィロソフィー。すなわち、マーケットインの経営姿勢だ。そこには、「お客様の喜ぶ笑顔を想像しながら、喜んでいただける価値を創造し続ける」と記されている。

これらのフィロソフィーは手帳として社員に配布されており、価値観を共有するために、部署ごとに朝礼で読んだり発表したり、部の目標に取り入れたり、会議で成果や反省の言葉を述べる際に引用されたりしている。

「手帳を見るだけではなく、使うことで、日々の行動につながっていると感じています。他の社員から言葉で聞くと、自分に置き換えたらこうだな、ああだな、とより深く理解できるんです」(黒田さん)

六甲バターはアメーバ経営導入後、大幅なコストダウンに成功したそうだ。そして昨今、原料価格の高騰や円安、為替の変動など外的要因で苦しい状況でも、すぐには赤字にならない強さを得た。「たとえ赤字になっても、盛り返せる企業体質を実感している」と黒田さんは言う。

厳しい円安のなか、業績は回復しつつある

実際、六甲バターは2022年の4月、9月、2023年の4月と3回の値上げを余儀なくされ、買い控えの影響を受けて、業績は2021年の粗利228億円から2022年には64億円に下がった。けれど、2023年には67億円に盛り返している。

この粗利の回復を牽引している要因の1つが、独自性の高い「チーズデザート」の存在だ。後編では、一人の女性の情熱が、チーズ業界に革新をもたらす商品を生み出した物語を紹介する。


チーズデザートを開発した、片山和子さん(写真:六甲バター提供)

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)