今後1年ほど、大規模な「太陽フレア」が私たちの暮らしに大きな影響を及ぼす可能性がある(画像:NASA/SDO)

「小惑星探査」や「火星移住」などのニュースから、UFO、宇宙人の話題まで、私たちの好奇心を刺激する「宇宙」。だが、興味はあるものの「学ぶハードルが高い」と思う人も少なくない。

知らなくても困らない知識ではあるが、「ブラックホールの正体は何なのか」「宇宙人は存在するのか」など、現代科学でも未解決の「不思議」や「謎」は多く、知れば知るほど知的好奇心が膨らむ世界でもある。また、知見を得ることで視野が広がり、ものの見方が大きく変わることも大きな魅力だろう。

そんな宇宙の知識を誰でもわかるように「基本」を押さえながら、やさしく解説したのが、井筒智彦氏の著書『東大宇宙博士が教える やわらか宇宙講座』だ。「会話形式でわかりやすい」「親子で学べる」と読者から称賛の声が届いている。

その井筒氏が、私たちの生活に影響を及ぼす「太陽フレア」について解説する。

NASAが発表「太陽系最大の爆発」の兆し

10月15日、NASAは「太陽の活動が極大期に達している」と発表しました。


今後1年ほど、大規模な「太陽フレア」が発生し、私たちの暮らしに大きな影響を及ぼす可能性があります。今年5月には、太陽フレアにともなって、過去20年で最大の「磁気嵐」が発生しました。

いったい宇宙では何が起きているのでしょうか。

太陽フレア」とは、太陽の表面で起こる爆発現象です。爆発の規模は、太陽系で最大です。

太陽フレアは、太陽表面にある「黒点」の近くで起こります。黒点とは、周囲よりも磁場が強く、温度が低いために、暗く見える領域です。「磁場が強い」というのがポイントです。

太陽表面の磁場は、その場にあるガスにくっついて動く性質があります。ガスの動きによって磁場が複雑にねじれると、磁場のエネルギーが蓄えられた状態になります。

磁場のエネルギーがたまりにたまると、突然「ボカン!」と爆発的に解放されることがあります。これが太陽フレアです。


過去20年に1度の磁気嵐をもたらした2024年5月の太陽フレア(中心からやや右下の部分)(画像:NASA/SDO)

太陽の黒点の数は、約11年周期で増減することが知られています。黒点が多いと太陽フレアが起こりやすく、その逆に、黒点がないと太陽フレアは発生しません。

前回の黒点数のピークは2014年で、今回のピークは2025年前後と予想されています。まさにいま、そしてこれからが、太陽フレアが発生しやすい時期なのです。

太陽フレアが生み出す「3つの危険物質」

太陽フレアが発生すると、通常時とは異なる「電磁波」「粒子」「ガス」が生み出されます。

太陽フレアにともなって発生する「3つのもの」とその影響

【1】電磁波
(生成物)強力なX線や紫外線
(時間)約8分で地球に到達
(影響)地球の大気を電離して、「通信障害」や「GPSの誤差増大」を引き起こす

【2】粒子
(生成物)エネルギーの高い粒子
(時間)速いものは30分、遅いものは2日ほどで地球に到達
(影響)宇宙飛行士の被曝量を増やす/人工衛星の誤作動や故障を招く

【3】ガス
(生成物)電気を帯びたガス(プラズマ)
(時間)約2日で地球に到達
(影響)地磁気嵐やオーロラを起こす/地球の大気を加熱し、膨張した大気が衛星を墜落させる/地上に電流を誘導し、停電を引き起こす

ぱっと見、どれもなじみがなく、難しく感じますね。

過去の実例も交えながら、1つずつ見ていきましょう。

【1】電磁波→通信障害、GPS誤差増大

太陽フレアが起こると、X線や紫外線が大量に発生します。これらは電磁波の一種なので光の速度(秒速30万キロ)で移動し、発生から約8分後に地球に到達します。

強力なX線や紫外線は、上空にある大気を電離させて異常な領域をつくり出し、短波放送や航空無線の通信に障害を起こすことがあります。この通信障害を専門用語で「デリンジャー現象」といいます。

この現象によって、スマホで電話ができなくなるわけではありません。

上空の大気の異常は、GPS衛星による測位にも悪影響を及ぼします。スマホにはGPS以外に基地局による位置情報もあるので影響は少ないものの、GPS付きドローンには影響が出るかもしれません。

月面では死亡事故も「高エネルギー粒子」

【2】粒子→宇宙飛行士の被曝、人工衛星の障害

太陽フレアにともなって、非常に高いエネルギーを持った粒子が生み出されます。

中には、光の速度の30%にも及ぶ猛スピードの粒子もあります。人間がこうした粒子を浴びてしまうと、細胞やDNAが傷つけられ、被曝します。

このような粒子を専門用語で「太陽高エネルギー粒子」といいます。高エネルギーの陽子が増大する現象は「プロトン現象」といいます。

地上で暮らす私たちは、地球の大気と磁場がバリアとして守ってくれるおかげで、太陽高エネルギー粒子による被曝の心配はありません。

危険にさらされるのが、地球の大気に守られていない宇宙飛行士です。高度400キロの国際宇宙ステーションでは、大きな太陽フレアが発生すると、すぐに連絡があり、宇宙飛行士たちは壁の厚い部屋へ移動します。

将来、月面で人が暮らすようになると、死亡事故につながることもありえます。月には大気も磁場もないため、フレアが発生した場合、保護力の高い基地のなかへ避難する必要があります。

また、太陽高エネルギー粒子は、人工衛星のコンピュータに誤作動を起こしたり、太陽電池パネルを劣化させたりします。人体だけでなく、人工衛星にもダメージを与えるのです。

【3】ガス→磁気嵐、オーロラ、停電、衛星墜落

太陽フレアにともなって、電気を帯びた大量のガス(プラズマ)が太陽から切り離され、外に向かって投げ出されることがあります。専門用語で「コロナガス放出」や「コロナ質量放出」といいます。

日本でも「オーロラ観測」のチャンス

大量のガスが地球に向かって放出されると、約2日後に地球に到達します。太陽からのガスは地球の磁場(地磁気)とぶつかります。このとき、地球周辺の環境ががらりと変わり、地磁気が大きくかき乱されます。

専門用語で地磁気の乱れは「地磁気擾乱(じょうらん)」といい、その中で規模の大きなものを「磁気嵐」といいます。

磁気嵐が起こるとき、緯度の高い地域では「オーロラ」が頻繁に現れます。特に大きな磁気嵐の場合、緯度の低い地域でもオーロラが観測されることがあります。

今年5月、大規模な太陽フレアと「コロナガス放出」により、過去20年で最大の「磁気嵐」が発生しました。日本でもオーロラが観測され、話題になりました。

つい先日も、10月9日(水)11時ごろ、大規模な太陽フレアが起こり、10月11日(金)0時ごろに「コロナガス放出」が地球に到達。「磁気嵐」が発生し、このときちょうど真夜中だった日本では、北海道をはじめ、京都や能登でも、オーロラが空を赤くする様子が撮影されています。

オーロラはその幻想的な美しさから人々を魅了しますが、良いことだけではなく、悪いこともあります。

磁気嵐やオーロラが発生している上空の領域では、大量の電流が流れています。この電流は大気を加熱し、加熱した大気は膨張します。すると、空気抵抗が増えて、人工衛星の姿勢に悪影響を及ぼします。

2022年には、磁気嵐時の空気抵抗の増大によってSpaceX社のスターリンク衛星約40機が墜落しています。

磁気嵐やオーロラは、地上にも大きな電流を誘発することがあります。電力網に異常な電流が流れると、変圧器が故障し、停電が引き起こされる危険があります。

1989年には、カナダで大規模な停電が起き、600万人が9時間も不便な生活を強いられました。

太陽フレアによって引き起こされる出来事は、かなり複雑ですよね。

こうした地球を取り巻く宇宙で起きる自然現象を「宇宙天気」といい、その予測をすることを「宇宙天気予報」といいます。文字通り、天気予報の宇宙版です。

ただ、宇宙天気予報は完成されたものではなく、日々観測データを蓄積し、研究が行われている現在進行形のものです。

太陽フレアが起こるきっかけのメカニズムや、フレアにともなう地球への影響の評価には、まだ謎や課題が残っています。

太陽フレアの発生はこれからがピークに

国の研究機関、情報通信研究機構(NICT)のウェブサイト「宇宙天気予報」では、日々、太陽や地球周辺の現状や予報についての情報が発信されています。

ただ、何も知らずにのぞいてみると、難解な用語に圧倒されてしまいます。こうした情報に少しでもなじめるようにと思い、今回の記事では専門用語を多めに入れて解説してみました。

ウェブサイトのトップページには、先ほど紹介した「プロトン現象」「地磁気擾乱」「デリンジャー現象」という言葉があるので、多少の安心感はあるのではないでしょうか(いや、それでも、やはり難しいですね)。

2022年、国は、100年に1度の極端な太陽フレアが発生した場合の「最悪のシナリオ」を発表しました。

今回紹介した出来事が悪い形で発生し、相当な数の人工衛星の墜落、広範囲での停電、GPSのずれによる衝突事故などが起こると想定されています。

さらに「太陽電波バースト」という電波のノイズによって、2週間にわたって携帯電話、緊急通話(110番・119番)、テレビが断続的に使えなくなる事態に陥る可能性もあります。

文明の利器に支えられた現代の社会システムには、宇宙天気による災害のリスクが潜んでいるのです。

太陽の活動は、いま、そしてこれからが本番。今後1〜2年は、大規模な太陽フレアが発生し、地上の暮らしに影響が出ることも十分考えられます。

そんないまは、地球を取り巻く宇宙環境について学んでみるいいタイミングかもしれません。

(井筒 智彦 : 宇宙博士、東京大学 博士号(理学))