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大石静さんが脚本を手掛け、『源氏物語』の作者・紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。ドラマの放映をきっかけとして、平安時代にあらためて注目が集まっています。そこで今回「光源氏の次世代の主人公たちの恋愛模様」について、『女たちの平安後期』の著者で日本史学者の榎村寛之さんに解説をしてもらいました。

無邪気を装って中宮彰子に甘える11歳の敦康親王。鈍感な道長が気づいたのはまひろの物語を読んでいたからで…視聴者「思春期男子あるある」「参考書で見たやつ!みたいな感じ」「まるで予言書」

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『源氏物語』内の通称「宇治十帖」について

まひろの手で執筆が進む『源氏物語』。

ドラマ内では、「藤壺」の内容を読んでいた道長が、中宮彰子に対する敦康親王の気持ちに気づく、というなかなか面白いシーンがありました。

その『源氏物語』のラスト十帖は通称「宇治十帖」と呼ばれます。

「光源氏の弟、宇治八の宮の娘、大君は、光源氏の正妻女三の宮の不義の子の薫に愛されたが、お互いの誤解から不幸な結末になる。一方、薫のライバル匂宮(光源氏の孫)の恋人になった妹の中君も決して安定した愛は得られなかった。」

宇治は歴史的には藤原道長の別邸宇治殿があり、それを相続したのが、中納言となり、隆姫女王と結婚した長男の藤原頼通です。

頼通は摂政・関白となり、極楽往生を願って宇治殿を寺院に改築しました。それが今の平等院です。穏やかな宇治川の流れと豊かな緑に囲まれた観光地として知られるこの地は、『源氏物語』の最後の舞台でもあるのです。

光源氏の次世代主人公「薫と匂宮」

「宇治十帖」の主人公は光源氏の次世代の公達、薫(薫中将、のちに大将)と匂宮(匂兵部卿宮)の二人です。


『女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年』(著:榎村寛之/中公新書)

薫は源氏と女三の宮の子、つまり夕霧と明石中宮の弟で、源氏の大邸宅の六条院を相続していますが、実の父は故・柏木の右衛門督です。

匂宮は今の帝(朱雀院の子で源氏の甥)の第三子、母は明石中宮で、つまり源氏の孫です。かつては紫の上に愛され、その居所としていたもとの源氏の邸宅の二条院で暮らしています。

匂宮は親王の中でも群を抜いて美しく、闊達な性格で、宮廷の花形です。

一方、薫はそれに劣らぬ美貌で、しかもこの世のものとも思われぬ芳しい体臭があってモテモテ。

それでいてどこか冷めており、人生すら味気ないものと悟っているような、いわば生き仏のような貴公子で、どうも自らの出生に秘密があることに薄々気づいている、という設定のようです。

匂宮はそんな薫をライバル視して、さまざまな薫香を衣装に焚き染めさせることを日課にしています。そんなところから薫、匂と世間では呼んだ、ということです。

二人に関わる三人のヒロイン

さて、この二人に関わってくるヒロインに、宇治の大君、中君、浮舟という三人の貴女がいます。

三人の父親は宇治八の宮という光源氏の異母弟ですが、光源氏の生涯には一切関わってきません。

というのも彼は、光源氏が須磨・明石に流謫していた時期に、源氏を目の敵にする弘徽殿女御(朱雀帝の母)ら右大臣家によって、皇太子(のちの冷泉帝。表向きは朱雀の帝の異母弟だが、実は光源氏の子)を廃して新たに立てる代わりの東宮候補だったのです。

そのため、光源氏が帰京して冷泉の帝が即位し、右大臣家が衰退してからは政治的に全く意味をなくして、忘れ去られた宮になっていたのです(多分後づけ設定)。

彼は美しい妻や豪邸を失い、仏道を志すのですが、娘たちを残して出家することもできず、結局宇治の別荘で、いわば世捨て人のような暮らしを送っていたのです。

さて、この二人の娘、中君は可憐で美しく、大君はその上に気品をトッピングしたようで、まさに物語の中の姫君がリアルに現れたような、と薫の目に映ります。

色々な意味でボタンのかけ違いが…

これが光源氏や在原業平なら、即、恋愛となるのですが、薫はちょっと違います。

彼は、親代わりになっている冷泉院のところで、宇治から来た阿闍梨(僧侶)から、世を捨てた八の宮の噂を聞いて、ぜひ語り合いたいとやって来ていたのです。なので、この男女の関係は、最初からどこか掛け違ったものになります。

さらに宇治の別邸で、薫は宮に古くから仕えている老女の女房の昔語りから、自分の父が柏木で、母の女三の宮の不義の子だという確信を持ってしまうのです。

一方、八の宮は、兄の子(世間的には)で同じような人生観の薫を当然気にいるのですが、姫のどちらかと結婚させて、自分は晴れて出家しようと考えたようです。

色々な意味でボタンのかけ違いが起こるのが「宇治十帖」です。

そして最大のボタンのかけ違いは、大君が父の後ろ姿しか見ていなかったこと、つまり父以上の“世捨て人女子”だったことでした。

ある意味、今どきの恋愛に通じる部分も

宇治の大君は「結婚など世間のしがらみに過ぎない邪魔物」と思っていた薫の心を惹きつけるような人でした。

そして、彼女自身も薫に惹かれていたにもかかわらず、なぜか「私はやはり独身で通し、薫は若くピチピチした中君に譲って、力の及ぶかぎり二人の世話をしてあげよう。私が結婚するなら、誰が後見をしてくれるのでしょう。薫はあまりにすぐれた男で、私には不似合いなのに」(総角帖より)と考えてしまう。

“世捨て人女子”に加えて“こじらせ女子”だったのです。

そして薫もまた、彼女に劣らぬ“こじらせ男子”でした。

大君が自分と中君の結婚をあきらめるように、姉妹に興味を持っていたライバルの匂宮をこっそり宇治に連れ出し、中君に通わせるという非常手段に出ました。大君に自分を選ばざるを得なくしたのです。

しかし京と宇治は遠く、匂宮もそうそう通えるはずもない。

そうこうしている間に、世間知らずの大君は匂宮の不実を疑い、健康を害し、ついに命を落としてしまいます。これまでの『源氏物語』では考えにくい男女の仲の終わりです。

自分のライフスタイルに固執するあまり、心に素直になれず、すれ違う…。

ある意味、今どきの恋愛に通じる部分があるように著者は思うのです。