「大阪の超ローカル線」南海汐見橋線に乗って「戦後ダンジョン(迷宮)」に分け入る

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インバウンドの観光客が集う大阪屈指の繁華街・難波(なんば)。そこから西に1キロほどのところにある汐見橋(しおみばし)駅を起点とする、超ローカル線が存在するのをご存じだろうか。全走行距離5キロ弱、異空間を彷徨(さまよ)う「都会の秘境線」を案内する。

レトロ感満載の汐見橋駅

汐見橋(大阪市浪速区)の交差点は、阪神高速15号線が頭上を走り、千日前通りと新なにわ筋が交差し、交通量はハンパない。その交差点の角、阪神電車と大阪メトロ・千日前線の桜川駅の隣に佇(たたず)んでいるのが、南海電鉄高野線・通称汐見橋線の汐見橋駅だ。

四角いコンクリート製の駅舎内に足を踏み入れると、緩い曲線の梁(はり)が支える何ともひなびた空間が広がっていた。

「なんか、海水浴へ来たみたい・・・」――もちろん、そんなわけはないけれど、何故か長年、潮風にさらされた感がある汐見橋駅。ここはいつから時間が止まっているんやろう。

大正か昭和の初めごろ、単衣か絽(ろ)の着物を着たご夫人や、ランニングに短パンを履(は)き、真っ黒に日焼けした子どもや軍服を着た軍人さんが行き交っていても全く違和感がないこの雰囲気。改札が自動改札に変わっていなければ、映画のセットにそのまま使えそう。ここ、難波からすぐで、今は確か令和の世やったよね?

駅の正面には、手書きっぽい南海電車の沿線観光案内図が掲げてある。海のある和歌山方面と高野山方面への路線が、観光名所と共に描かれ妙に旅心をそそる。

けれども汐見橋線だけでは、海へも山へも行かれへん。なぜなら汐見橋線は、汐見橋-芦原町(あしはらちょう)-木津川(きづがわ)-津守(つもり)-西天下茶屋(にしてんがちゃや)-岸里玉出(きしのさとたまで)の6駅を9分で運行する、超ミニマム路線だから。始発と終点以外は無人駅で、運行は30分に1本。電車は2両。難波からほど近くで、現役運行しているこの路線が、鉄道マニア垂涎の路線だというのが納得できる。

駅員さんが業務の合間に水をやったりしたはるんやろう、駅の中には手入れされた前栽(せんざい)もある。前栽の脇に目をやると、赤い車両止めが色褪せて、ピンク色になっている。

取材に訪れた日、9時40分発の乗客は私を入れて十数人だった。

汐見橋線イチの秘境・木津川駅

都会の秘境路線・汐見橋線の中でも、秘境度ナンバーワンの木津川駅。駅舎を出ると、砂利が敷かれた広場になっていて、木に止まっていたスズメが数羽、驚いて飛び立った。少し歩くと、家具の配送センターや建設会社などが木津川沿いに立ち並んでいて、対岸には造船所があった。

材木の貨物駅として栄えた木津川駅

汐見橋線のルーツは、南海電鉄の前身のひとつである高野鉄道にある。狭山駅から堺の大小路(おおしょうじ)駅(現堺東駅)を結んでいた路線が1900(明治33)年、道頓堀駅(現汐見橋駅)まで延伸したことに始まる。1930(昭和5)年には高野山駅が誕生し、大阪と高野山が鉄道で繋がった。汐見橋線の起点・汐見橋駅は貨物取扱駅としても賑わい、戦前は繊維類や食料品、戦後は鉄鋼類や木材など、多くの貨物を全国に送り出した。同様に貨物取扱駅であった木津川駅にも、紀伊山地で伐採された木材などが高野山から鉄道で運ばれ、対岸の大正区にあった貯木場に搬送された。

1923(大正12)年に発行された大阪市パノラマ地図を見ると、木津川駅の前まで水路が引かれ、木津川沿いに建ち並んだ工場からは何本も煙突から煙が立ち昇り、このあたりは工場地帯であったことが窺える。

それ故、木津川駅周辺は空襲による壊滅的な被害を受けた。戦後は、国産木材から輸入木材への移行や貨物輸送のモータリゼーション化が進み、貯木場が大正区から南港に移転するなどしたことから、1971(昭和46)年、汐見橋駅と木津川駅の貨物輸送を廃止した。

ここ最近の木津川駅の1日平均乗降者数は、2021年度が130人、2022年度は164人、2023年度は191人とわずかながら増加している。私が訪ねた時も、木津川駅で下車した人は私以外1人だったが、車内では何人もの外国人の姿を見かけた。鉄道ファンはもとより、インバウンドの観光客をも惹きつける観光スポットになっている。

木津川駅のベンチに座って電車を待っていると、アオスジアゲハがひらひらと線路の上を舞っていた。線路の向こうでは、木々が風に吹かれてざわざわ揺れている。「遠くへ行きたい」という歌があるけれど、どこか遠くへ行かなくても、遠くへ来た感じがする。ここはどこ?

私は誰?

自然と哲学できる木津川駅。禅寺へ行くより、自分を見つめ直すには最適な場所だと思う。

侘び寂びの西天下茶屋駅

続いて西天下茶屋駅へ。プラットホームの屋根や壁、ベンチはすべて木製。壁や天井の風情がたまらない。壁と一体型のベンチもシブい。古寺のような風格が漂っている。

圧倒的なダンジョン。西天下茶屋商店街

西天下茶屋駅を下車してすぐのところに、NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』の舞台となった西天下茶屋商店街がある。中央通寿会、中央通商店会、西天商店会、銀座商店街などいくつもの商店街が網の目状になっている。アーケードの商店街は昼間でもやや薄暗く、道幅2メートル弱の狭い通りは昭和30年代を通り越して、戦後すぐの昭和20年代に迷い込んだようだ。世間的には梅田駅がダンジョン(迷宮)と言われているが、西天下茶屋商店街のほうが圧倒的に「ダンジョン感」がある。

商店街の角にあるコーヒーショップ・マルヤが休業していた。去年来たときは、ウインドーに貼られた手書きのメニューに、オレー(ミルクコーヒー)170円、ココア170円、オムライス250円、ざるそば270円と書いてあって、入りたいと思っていたのに。もっと早く行っときゃよかった。後悔先に立たず。

「藤田天ぷら」と書かれた看板が目に止まった。店先をのぞいてみると、コロッケやエビフライ、鶏の唐揚げやヒレカツ、ワカサギや紅ショウガ、三度豆、かぼちゃやさつまいも、たまねぎなど、肉から魚、野菜まで揚げ物のオンパレード。どれもパリっと揚がっていて美味しそう。コロッケ2個(ひとつ80円)とおつまみ一袋(300円)を買ってみた。

コロッケは、中にミンチが入ったじゃがいもコロッケ。とろっとした舌触りで実に美味しい。おつまみはスルメに衣をつけて揚げたもの。これがパリッパリに揚がっていて、めっちゃ美味しい。カラダには良くなさそうだけれども、悪魔的に美味しくて、次から次へと手が伸びる。

ほんまに美味しいもんは、こういうところにあるもんです。これぞ大阪の下町の底力!

汐見橋線は秘境の旅。沿線にある商店街もまた、戦後ダンジョンがそのまま残る異空間。多くの店が閉店している今、この雰囲気をいつまで保ち続けられるんやろう。汐見橋線と共に、いっそこのままこのあたりを永久保存してほしい。

西天下茶屋駅に戻ってきたら、駅の端っこにいた猫と目が合った。

「ニャー」と声をかけたら、「アホちゃう」みたいな顔をされた。

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南海高野線

汐見橋駅

https://www.nankai.co.jp/traffic/station/shiomibashi.html

南海高野線

木津川駅

https://www.nankai.co.jp/traffic/station/kizugawa.html

南海高野線

西天下茶屋駅

https://www.nankai.co.jp/traffic/station/nishitengachaya.html

藤田天ぷら店

〒557-0053 大阪府大阪市西成区千本北2丁目17

キーワードは「人情」…「通天閣と新世界」がホンマ新世界になった!