FOCAL「Aria Evo X N゜1」

音楽を聴いて癒されたい。リラックスして、穏やかな時間を楽しみたい――。そんなオーディオファンの願望を叶えつつ、サイズや価格の面で比較的手が届きやすい注目スピーカーが、FOCALの「Aria Evo X N゜1」だ。

ラックスマンが扱うFOCALブランドで、ミドルクラスになるのが「ARIA EVO X」シリーズ。9月下旬発売で、フロアスタンド型の「Aria Evo X N゜2」と、センタースピーカーの「Aria Evo X Center」、そしてブックシェルフ型「Aria Evo X N゜1」の3モデルで構成されている。

今回取り上げるのは、ブックシェルフのAria Evo X N゜1で、価格はペアで275,000円だ。

ユニークな凹んでいるツイーター

FOCAL「Aria Evo X N゜1」

ユニット構成は、25mmアルミニウム/マグネシウム インバーテッド・ドームTAMツイーターと、16.5cm Flax TMDミッドウーファーの2ウェイ。

一際目を引くのは、薄茶色のミッドウーファーのコーン。世界で初めてリネン(亜麻)・メンブレンをドライバーに採用したのがAriaである。Flaxコーンは、5年以上にわたる研究開発の末、2013年に発表された。

16.5cm Flax TMDミッドウーファー

筆者にとって、FOCALはモニタースピーカーのイメージがあった。SHAPEというスタジオモニターがフラックス・サンドイッチ・コーンを採用している。モニター機の中でも一際目立つウーファーであり、FOCALの“顔”のように認識していた。

コンシューマ製品に話を戻すと、Flaxコーンは上位機種であるKANTAやカー用など、多くの機種に採用されている。フランス国内産の亜麻(フレンチリネン)を使用した天然素材のFLAXをグラスファイバー(ガラス繊維)でサンドイッチすることにより、軽さ・強度・ダンピング性能を向上。ダイナミックで力感あふれる自然な音色が持ち味だという。

さらにAria Evo Xシリーズのミッドウーファーには、高層建築の耐震技術を応用したTMD(Tuned Mass Damper)を採用。エッジ部のサスペンション効果を高め、中音域と1kHz~2kHz間のリニアリティ向上および歪の低減を図っている。

Flaxコーンの見た目は、いかにも自然素材といえる模様と質感だ。かといってやぼったい感じはなく、M字型のツイーターやレザー調のバッフルと相まってトータルでモダンな雰囲気を感じる。

リネンというと、シーツやパジャマ、バスタオル、ナプキンなどに使われる繊維をまず想像した。吸水・発散性に優れ、丈夫で長持ち、やわらかく肌触りの良さも特徴だ。リネンの主な産地はフランス北部やベルギーらしく、中でもフランス産のリネンは世界最高級だとか。そんなリネンを使ったダイヤフラムの音はいかなるものか。後ほどじっくり試聴しよう。

TAMツイーター

特徴的な見た目はFlaxコーンだけではない。FOCALのもう一つの顔でもあるTAMツイーターはマジマジと見ると、本当に不思議なカタチだ。ドームツイーターなのに、凹んでいる。M字型を採用することで、広い放射と穏やかな指向性、歪みの低減を果たしたとのこと。

このように凹んでいる

M字型インバーテッド・ドームユニットを進化させたのがTAM(Tweeter Aluminum/magnesium M shaped)ツイーターだ。進化点としては、構造変更に伴うボイスコイルのサイズ増大により帯域を拡大し、パワーハンドリングと熱圧縮による特性の乱れを改善した。さらに後方音波を補足し吸収する音響チャンバーの追加により、より優れたインパルス応答と歪みの少ないサウンドを実現したことが挙げられる。TAMツイーターは、カー用に先行導入され、ホーム用としてはVESTIAに続き2モデル目とのことだ。

その他のスペックは、再生周波数帯域が55Hz~30kHz(±3dB)、低域再生能力は47Hz(-6dB)、出力音圧レベルは89.5dB、定格インピーダンスは8Ω、クロスオーバー周波数は2.8kHz、推奨パワーアンプ出力は25~120Wとなっている。外形寸法は22.5×28×39cm (幅×奥行き×高さ)、重さは1台8.5kgだ。

高級感のあるデザイン

ユニット以外の外観もインテリア性に富む。エンクロージャーは、レザー調の模様を施したブラックのバッフルを共通とし、サイドカラーに光沢仕上げのブラックハイグロスと天然木突板仕上げのプライムウォールナットの2種類がラインナップ。

トップパネルには強化ガラスが配置されており、高級感を醸し出している。指紋や埃は目立つだろうが、本機の場合は、お手入れすること自体を楽しめる価格帯の製品ではないかと筆者は思う。

試用したのは、プライムウォールナットだった。天然木ならではの自然の木目が無骨なスピーカーらしさを低減させている。適度な家具らしさを醸し出しており、生活空間に置いても環境を壊しにくい。スピーカーの外観としては個人的に好きな部類だ。

サイドパネルは平行面をもたないようにすることで不要振動を抑制するという。ただし、内部のエンクロージャーそのものは、強固なMDFで構成されている。

なお、筆者宅にあるスピーカースタンドが、スピーカー本体よりわずかに小さかったので、サイドパネルと本体底面のわずかな段差にスタンドの縁がはまってしまうことがあった。写真のように置き方を微調整すれば、回避出来たのだが、既にスタンドを使われている方は留意されたい。専用スタンド「Aria Evo X N゜1 Stand」(88,000円/ペア)も用意されている。

背面には、斜めに立ち上がったスピーカーターミナル(シングル接続)がある。角度が付いているお陰で、バナナプラグやYラグはもちろん、撚り線を直接結線することも容易に行えるだろう。欲を言えば、実売20万円半ばのスピーカーなら、もう少しターミナルのパーツに高級感があったらなお満足度が上がりそう。

スピーカーターミナル

芳醇で艶やかなサウンド

見た目の特徴に気を取られていたら、だいぶ時間が過ぎていた。肝心の音もチェックしていこう。

筆者の防音スタジオに持ち込んでセッティング。音源ソースは、「Soundgenic」のSSD版初期型1TBモデル。ネットワークトランスポートにスフォルツァートの「DST-Lacerta」。DACはiFi audioの「NEO iDSD」。アンプはラックスマンの「L-505uXII」だ。バナナプラグを背面に取り付けて、準備完了。楽曲をいくつか再生してみた。

結論から先に言うと「個性のあるスピーカー」という印象だ。

最近のスピーカーは、解像度が高くて、音色に癖がなく、トランジェントも良好で、写実的……ソースに込められた音をそのまま鳴らす、いわゆる無個性なサウンドが増えつつあるように感じている。音響制作に関わる人間でもある自分は、大いに好みに合致するのだが、音楽を聴く楽しさ、世界観に浸れる度合いという物差しで測ると、必ずしも最適解とは言えないと思っている。

対して、Aria Evo X N゜1はというと、芳醇な中音域、艶を備えたやさしい質感表現、ゆったり&じっくり音楽に浸れる聴き疲れしにくいサウンド、そんな確かなキャラクターを感じた。具体的な楽曲を挙げて紹介していこう。特に付記がなければ、全てハイレゾ版のダウンロード音源を再生している。

ジャズ・トリオ、Little DonutsのスタジオセッションDSD 11.2MHz音源より「SAYONARA BLUES」。ピアノ・トランペット・テナーサックスによる一発録音は、TAGO STUDIOの広いブースの空気感が聴きどころ。しっかり部屋のエアーボリュームを表現出来ている。天然素材を使ったFlaxコーンによる中音域は優しい音色。音量を上げてもうるさくない。特に数kHz付近の高域に刺激成分が一切ないのが素晴らしい。豊かなミッド帯域は、アコースティック系の生演奏にぴったりだ。芯のあるふくよかな管楽器、丸みを感じるピアノFAZIOLI F278の一音一音が心地よい。

ゼノブレイド3のサウンドトラックより、ボーカルJoanne Hoggで「Future Awaits」。バンドセクションに、ストリングスが壮大なバラード。ロー・ホイッスルは、Joanneと光田氏の楽曲では外せない。まず、ボーカルのセンター定位の良さとバックオケとの分離の良さに唸った。ストリングスは美しく、聴いていて脳がとろけるようなツヤと色気を放っている。一方、ドラムとストリングスの分離はやや混濁気味で、もう少し上を求めたい。

女性3人組によるインストバンドFabrhymeのアルバムShowing!!より「Holiday」を聴く。

サックス・ピアノ・ベースにサポートドラマーを加えた彼女たちの紡ぐ楽曲は、ジャズ・クラシックを同居させたハイセンスかつ、優しいインストルメンタルだ。サックスの音は、適度に甘く、そしてオーガニックな質感が耳に優しい。ベースの肉付きがしっかりしているのは、中低域が厚く出ていることも影響しているだろう。ピアノのコロコロと転がるような演奏は、艶っぽさと耳辺りの良さが気持ちいい。長時間聴いていても、ストレスとは無縁だろう。ノーストレスの反面で、ややスピード感にはもたつきを感じた。

今度はギターロックを2曲聴いてみる。男性3人組のロックバンド鶴のアルバム普通より「歩く this way」。CDからのリッピング。こちらはミドルテンポのリード曲。エレキギターの音色に艶が感じられる。ベースは中域が強調された出音で、ややこってりした味わい。ポップなメロディのロックとはいえ、全体的に甘くソフトな鳴り方だ。秋野のボーカルは、ギターがガンガン鳴っていても、センターにくっきりと定位してくれるのは唄をよく聴きたい人には嬉しい。

結束バンドの最新アルバムRe:結束バンドより「僕と三原色」。「い・ろ・は・す」とのタイアップ楽曲でスペシャルムービーも作られ話題となった。ドラムのスネアやタムの音の立ち上がりが若干ゆったり気味だ。瞬発性は、少し物足りない。全帯域に渡って耳障りなピークがない本機は、ラウドなロックを流しても耳に優しい。ロックであっても、有機的な質感は、楽曲に艶っぽさを与えている。ボーカルとオケの分離はやはり素晴らしい。逆にドラムとギターは、もっと各々が捉えやすいとなお理想的。

飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラコンサート2022から「ヴィオラ協奏曲 音楽のユーモア」を再生。解像感重視でシャープに聴かせるというより、弦楽の音の厚みを楽しむ方向性を感じた。それが生オケのスケール感に繋がっている。有機的な質感とエレガントでボリューミーな中音域のおかげで、全身の力を抜いてドップリとクラシックの演奏に浸れるのだ。

交響曲 ガールズ&パンツァーより「第五楽章/それぞれの想い」。日常や情感溢れるシーンを描いた穏やかな楽曲がメインの第五楽章。チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏は、プラハのドヴォルザーク・ホールで録音されたという。木管楽器の音色が最高にスウィートで優しい。耳から入った音が胸の辺りをじわーっと暖めていくような感覚だ。この独自の音色感は、好きな人には眠れるくらいツボに入ると思う。高解像、正確なトランジェントによって描かれる緻密なステージ、もっといえば楽団員の人数まで感じたいような人には物足りないサウンドではあるのだが、この甘く優しい質感表現を聴くために選んでも良いと思う。

葬送のフリーレンのサウンドトラックより「A Well-Earned Celebration」。このサントラのハイレゾ版はダイナミックレンジが広く、生楽器の質感もアニメのサントラとしては生々しく楽しめる優良なミックスでお気に入りだ。アイリッシュとAria Evo Xシリーズのマッチングは最高かもしれない。パーカッションの音の密度や太さ、アコーディオンの優しくも厚みを楽しめる音色は特に聴きどころ。古楽器は、中高域が心地よくいつまでも聴いていたくなる。

「映像の世紀 バタフライエフェクト」より加古隆による「パリは燃えているか」。いやはや、劇伴はいい味を出している。悲壮感が抜群ではないか。人類の愚かさや過ちにフォーカスした番組にぴったりな名曲を、有機的でウットリするような音で効果的に盛り上げてくれる。特に後半のピアノソロはグッときた。このスピーカーで本編を見たら、感情移入も深まりそうだ。

総合的にみると、アコースティックな音楽ジャンルに適した傾向を感じたが、より向いているのはスタジオでオーバーダビングされた劇伴や、ワールドミュージックなどが気持ちよく聴けそうな感触だった。

映像ソースもチェック

続いて映像ソースもチェックしてみる。下準備として、AVアンプのRX-A6Aは音場補正が無効になるピュアダイレクトに設定。フロントはそのままL-505uXIIで鳴らす。

PS5で「戦場のヴァルキュリア4」をプレイ。PS5の設定でDolby Atmos出力を無効にした上で、ゲームの仕様である5.1ch音声出力に設定した。

一番、「おお!」っと思ったのは、台詞の耳辺りが優しくなったこと。本作は、台詞のコンプレッションがきつめに調整されており、声の骨格というかエッジが強調されている。いつも使用しているスピーカーでは結構耳にビリビリくるというか、ずっと聴いているとくたびれるような音だった。ところが、比較的丸みを帯びた声のディテールのお陰で、耳に刺さる感覚はほとんどない。アニメや映画に比べて、ゲームの音声はコンプレッションやマキシマイズが強めに掛かっていることが多いため、長時間プレイする方は、Aria Evo Xで揃えると、聴き疲れを軽減出来そう。

ただ、効果音やBGMの分離は物足りない。ゴチャッと固まっていて、空間も狭く感じられた。ボイスの聴きやすさに反してここは惜しい点。

続いて映画も観てみる。戦争映画「レイルウェイ 運命の旅路」のBlu-ray。タイとビルマを往来する泰緬鉄道の建設に従事させられたイギリス人捕虜と、通訳を勤めた日本兵の戦中戦後を描く感動作。捕虜の心情に沿った不穏な空気感が実によく出ている。芳醇な中域と有機的な質感も相まって、劇伴がよりエモーショナルになるのだ。列車が動き出すところや、扉が閉められるシーンなどは、そこから伝わる捕虜達の絶望感がより強く伝わってくる。太く質量感のあるミッドは、やや演出掛かった音にも聴こえるのだが、ムードが引き立っていることは確か。相変わらず、台詞とその他の分離は素晴らしい。センタースピーカーを置いてない我が家のシステムでもまったく支障なく楽しめる。

児童向けのファンタジーと思いきや、骨太のドラマとシリアスな展開で、大人からも高い評価を受けた映画「若おかみは小学生!」のBlu-ray。こういう穏やかな人間ドラマは、鋭すぎない本機の音が意外と合うと感じた。ややゆったりした感じのトランジェントが、その場で起こっていることよりも、キャラクターの心情にフォーカスが引き寄せられるような感覚にさせられる。劇伴がとても優しい音色で鳴っていることも要因の一つだと思う。主人公おっこの少しお茶目で健気なところ、旅館の中居さんの優しさ、そんなキャラクターたちの心根に沿った存在感が、台詞と音楽からじんわりと伝わってくるかのようだった。

聴く人の心を瞬く間に掴むサウンド

FOCALのAria Evo Xは、音楽や映画のムードを高め、よりゆったりと浸れるサウンドを提供してくれた。Aria Evo X N゜1は、ペアで実売25万円程度と、エントリークラスからのステップアップには注目といえる価格帯だ。

オーディオの良さを体験して数年が経ち、より自分の好みに近い音を探し求める過程は、誰にでも訪れる。Aria Evo X N゜1は確かな個性で聴く人の心を瞬く間に掴んでしまうような引力があった。気になった方は、お店でそのサウンドをチェックしてみてほしい。