トイレは確かに「大」問題

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それ自体は結構なことだが

 突然だが、現在「渋谷大便器問題」が発生中であることをご存じか。一体これが何かといえば、渋谷駅周辺のあらゆる商業施設で、男性用トイレの大便用個室と、誰もが使える多目的トイレが、常時使用中になっており、このエリアで急に催した場合、スムーズに排便が行えない状況になっているのだ。尚筆者は男性のため、女性用の状況は分からず、本稿においては、男性用トイレを念頭に置いて筆を進めていく。

【写真】トイレがどこも使用中で超「大」変 外国人観光客でごった返す渋谷の街を歩く

 もっとも、男性用のトイレでも小便器はそれなりに空いているため、すぐの使用が可能である。とにかく大便器のある個室が占拠されており、すぐに使用するのが困難なのだ。

トイレは確かに「大」問題

 筆者は1999年8月から2020年11月まで渋谷およびその周辺に住んでいたのだが、この間、そうしたストレスを感じたことは一度もなく、いつでも気持ちよく使用できていた。そして当然ながら、コロナ騒動下の“鎖国時代”もこのようなことはなかった。

 ところが、2023年の“開国”以来、我が国には多くの外国人観光客が押し寄せ、人気観光地の一つである渋谷駅周辺も連日彼らで溢れかえっている。無論、それ自体は結構なことなのだが、その結果、一気に男性用便所の大便用個室が使用中になっていると推察される。

結局見つからず

 先日、原宿にあるNHKからタクシーでJR渋谷駅まで行った。到着したのは16時20分で、飲み会の開始時刻は17時。40分の空き時間ができたので、先にトイレ(大)に行っておこうと思い立ったのだ。そこで駅近くの商業施設で用をたすべく渋谷の街を歩き始めた。

 目についたとある商業施設に入り、1階の便所へ行くと1つだけあった大便器は埋まっていて、さらに空きを待つ先客が数名。仕方なく2階へ行くと、ここも同様の状況。結局、6階まで各階回ったのだが、すべての個室が使用中、かつ、待っている人もいるという地獄絵図。さらに多目的トイレもすべからく占拠されているというおまけ付きだ。

 別の商業施設に行っても状況は全く同じで、しかもこちらは多目的トイレがそもそも閉鎖されている。何やら不穏な行為をする者がいるので予防のために使えないようにしているのかもしれない。車椅子の方々が使いたかったらどうするんだ! 

 結局、16時50分まで大便器を求めて歩き回ったが30分かけても一つも見つからず、約束の店へ向かった。

落ち着いた状況で

 そして飲み会の会場となった居酒屋でも、40人分あまりの客席はすでに満席。その割にトイレはたった一つしかなく、終始大混雑し、トイレの前には常に列ができていた。我慢の限界なのか、ノックを繰り返す「ノック攻撃」や、ドアノブをガチャガチャ回して使用者にプレッシャーをかける「ガチャガチャ攻撃」を繰り出す人の姿も。

 こんな状況ではとても用を足すのは不可能だと悟った私は、結局、飲み会終了後、自身が泊まるホテルに戻ってから済ませた。正直、これは我が25年の渋谷ライフでも経験したことがないものだ。

 もちろん、商業施設でも居酒屋でも「空くのを待てばいい」という声もあるだろう。だが、大便をするために行列を作り、その最中も外で並んでいるであろう次の人に早く譲らなくてはならない、という状況で大便をするのは、私には抵抗がある。出している最中にノックされ、急かされるのも不愉快だし、終了後、次の人に「お待たせしました」と声をかけても「チッ」と舌打ちされたり、睨まれたりする始末。大便というものは、誰からも邪魔されない落ち着いた状況の中で、心ゆくまで出したいものだ。

オーバー便ツーリズム

 そもそも、大便をするという状況自体が、皆切羽詰まった状況なのである。お互い様の話なので長時間(5分程度であっても)占拠するのは憚られるもの。だからこそ空いているトイレを求めて彷徨ったわけだが、渋谷滞在中の3日間、外で快適に大便ができたことは一度としてなかった。

 さらに、問題はもう一つある。トイレの大混雑の結果、従業員が頻繁に掃除をすることができず、不衛生な状態に陥っていることが多いのだ。何しろ客がひっきりなしに大便をするほか、居酒屋では嘔吐もあるため、男性用の大便器はとにかく汚い。かつては「他国に比べてトイレが綺麗」というのが日本の長所として挙げられていたが、私の感覚ではそれはもはや過去のものである。

 こうした事態こそ、まさにオーバーツーリズム、否、オーバー便ツーリズムの弊害なのではなかろうか。現在の日本の観光地は、もはやこれまでの社会インフラだけでは支えられないレベルの混雑になっているのでは……。と、トイレを探し彷徨いながら思い至った次第である。

渋谷大便器問題」、一見間抜けな語感ではあるものの、今後の日本のあり様を考えるうえで、決して看過できるものではない。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部