リーグワンプレーオフ決勝で優勝した東芝ブレイブルーパス東京【写真:矢口亨】

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リーグワン初優勝の東芝ブレイブルーパス東京・薫田真広GMインタビュー前編

 2023-24年シーズンのラグビー・リーグワンは、東芝ブレイブルーパス東京が初優勝を果たした。前身のトップリーグで優勝5度、日本選手権でも6度王座に就くなど、国内のラグビーを牽引してきたチームにとっては、選手の世代交代、母体企業の経営難などを乗り越えての14シーズンぶりのタイトル奪還だった。この優勝を、チーム運営のトップはどう押し進めたのか。東芝府中時代から主将、監督、部長としてチームを知り尽くす薫田真広GM(ゼネラルマネジャー)の独占インタビューからは、名門復活への軌跡と戦略、そして日本のラグビーの盟主たる伝統と矜持が浮かび上がる。(取材・文=吉田 宏)

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 14シーズンぶりの復活劇から10日あまり。公式戦が終わり、久しぶりに訪れた府中市内の東芝府中事業所オフィスロビーに並ぶ関連業者、ラグビー関係者からの祝い花が、このチームの復活までにかかった、かくも長き時間と、その重みを感じさせる。

「正直、実感したのは、監督の時もそうですけれど安堵感でしたね。監督だと直接現場に介入していたので、もっと楽でした。GMになって、東芝本体の置かれている状況も含めた安堵感がありました。ずっと、しつこいくらい言ってきたのは、我々チームとしての存在意義と、オーナー、サプライヤー、スポンサーに対するリターン。今シーズンは、これを示す時だった。それをしっかりやり遂げられたという気持ちが大きかった」

 薫田GMは、こんな思いで優勝を告げるノーサイドの笛を聞いたという。HOだった現役時代は、卓越したスクラムの駆け引き、精緻なラインアウトスロー、そしてボールを持ってのフィールドプレーと、あらゆる局面で国内トップレベルの実力をみせ、日本代表でも不動の2番として活躍してきた。東芝(府中)監督としても、トップリーグ史上初の3連覇を達成。勝負師とアスリートの両面で最強を誇った男が、チームマネジメントというポストに就いたのは2020年。パンデミック前の2018-19年シーズンにチームは11位、3シーズン連続でトップ4圏外という苦闘の中から、就任4シーズンで選手、監督時代と同じ頂点に戻ってきた。

 復活に挑んだシーズンは、開幕前からの周到な準備の中で動き出した。

「シーズンへ向けて、先ずはプレーオフの条件であるトップ4に入ることを目標にしました。そこに入るためには、勝ち点53、54ポイントの争いだなと考えていた。一昨季(22-23年シーズン)は5位だったが、勝ち点だと48。目指す数字の近くに来ていたとは思っていた。ただしチームは取りこぼしみたいな敗戦があった。最後に追いつけなかったのは、そこが全てかなと感じていました」

 勝ちきれなかった要因は、上位との対戦成績が示していた。

「22-23年のトップ4との対戦では、勝ち点を2ポイントしか取れていなかった。ここが5位止まりだった理由であり、課題だった。でも、昨季は20ポイント取れているんです」

 開幕前は、チームの力にはまだまだ未知数の要素があった。百戦錬磨のGMは、こんな視点でチームの仕上がり具合を判断しようとしていた。

「毎年同じですけれど、4節くらいやらないと、そのシーズンのチーム力ってわからないなと考えています。他のチームの試合も見てね。そういう傾向は、リーグのレベルが上がっていくこれからも年々強くなると思います。だから、まずはトップ4、つまりプレーオフに進出できれば、優勝の可能性はどこのチームにもあると思っていたんです」

4チーム争奪戦となったモウンガ獲得の契約条件に書き加えた一文

 優勝ばかりを意識するのではなく、トップ4に入れる強化をリアルに見据える。そんなフォーカスポイントを持ちながら迎えたシーズンだが、薫田GM自身が指摘した4節までの戦いぶりについては、ただ結果を待っていただけではなかった。シーズン序盤戦をしっかりと勝ち抜き、チームを軌道に乗せるために、開幕までの準備に怠りはなかった。伏線になったのは、昨秋のワールドカップ(W杯)フランス大会だった。

「ご存知のように、今季のリーグワンはW杯の後という特別なシーズンだった。中でも特に、海外のビッグネームの加入という点では、どれだけ彼らをチームに、より早くコミットさせることが出来るかが一番(重要)だなと思っていました。もちろん、そのためには彼らとの契約の内容も重要です。そこで我々にとってかなり大きかったのは、(新加入の)リッチー(モウンガ)、シャノン(フリゼル)が契約書どおり(開幕戦から)入ってきてくれたことでした」

 開幕からの4試合が重要なのは、対戦相手を見れば明らかだった。初戦の静岡BRから、東京SG、神戸S、S東京ベイと、その大半が過去に優勝経験のある、上位に食い込める実力を持つ相手ばかりだった。多くの強豪チームも開幕戦からビッグネームを投入していたが、いきなりの試練となった序盤戦に、ニュージーランド(NZ)代表としてW杯で決勝まで戦ったモウンガ、フリゼルが、フル出場して開幕4連勝を支えた。この4勝でトップ4へ食い込むための視野が開けた。

「実は、チーム内では昨秋のW杯ではニュージーランド代表が勝つだろうと考えていたんです。もし優勝したら、選手はいろいろなイベント、休養なども含めると一か月くらいはウチに合流出来ない可能性が高い。でもこれは、契約段階でしっかりとマネジメントする必要があると考えていたんです」

 世界最高峰の司令塔と呼ばれてきたモウンガに関しては、4チームの争奪戦となっていた。だがBL東京は、“売り手市場”ではなくチーム側の明確な条件を示しながら交渉を続けてきた。

「我々は、W杯が終わって10日以内に来日することを契約条件に書き加えていたんです。優勝を見越してね。そのチームの意図を、エージェントにも理解してもらい、本人たちも了承した上でサインしてくれたのは大きかった」

 世界的なスター選手の仰せの通りの契約ではなく、チームがリーグを勝ち上がるために譲れない条件もしっかり明示した上で、最終合意に漕ぎつけた交渉力の賜物だ。この「10日以内」という契約のおかげで、合流はすこし遅れたものの、2人のレジェンドはシーズンへ向けた準備段階からチームに加わり、開幕戦からの最高のパフォーマンスに繋げた。

「名前は出さないが、他のチームに入団してきたスター選手がシステムに馴染むまでの時間を見ると、圧倒的に違っていたと思います。それがリーグ開幕からのチームのパフォーマンスに繋がった」

契約を担ったマネジメントスタッフの勝利

 最高のスタートを切ったBL東京だが、薫田GMは冷静にチームを見つめていた。

「まず、ウチの傾向として、どのチームとも接戦をしています。14節のホンダ(三重H)戦が最たるものです。開始から70分間負けていましたからね(最終スコア8-7)。接戦が多いのは、例えば埼玉WKと比較すると、彼らのラグビーナレッジ(勝つための経験値、ゲーム理解力)の高さと、我々の低さに明らかな差があったからでしょうね。でも、トータルバランスでは埼玉に負けてしまうとしても、(決勝トーナメントの)一発勝負で勝てる可能性があるという感触もありました。後は、シーズンを戦う中では、チーム力はまだまだ上げていける、伸びしろがあるなとは感じていました」

 GMが指摘したように、今季11位に終わった三重Hを1点差で凌ぐなど、下位チームも含めて接戦を演じてきた。理想をいえば下位にはしっかり快勝する安定感も欲しいところだが、プレーオフ前のコラムでも紹介したように、接戦での勝敗を見ると興味深い昨季からの変化も見えていた。得失点やトライ数などのデータは前季比でも大きな変化はないBL東京だったが、リーグ戦での7点差は、一昨季が2勝3敗だったのに対して昨季は6勝1分けと圧倒的に勝ちゲームにしている。この変化に関しても、薫田GMは新加入の司令塔の存在が大きいと力説する。

「私の実感としては、これはもう圧倒的にリッチーだと思います。実は今季、静岡での試合で五郎丸(歩、元静岡BR、日本代表FB)が、こんなことを話しかけてきたんです。『東芝に本当にいいSOが入ったらヤバいぞと、ずっと思ってました。最後にここ(モウンガ獲得に)来ましたか!』。ウチは22-23年シーズンもオフロードパス、ボールキャリーやゲインメーターという(攻撃面の)数値は高かった。でもリッチーの加入で、それだけじゃない部分、エリアマネジメント、ゲームコントロールそしてチームを落ち着かせるという部分で、アタック一辺倒だけじゃなくなっている」

 モウンガは、ラン、パス、キックなどのスキルの高さが注目されるが、個人技と同等にゲームメーカーとしても卓越したSOだ。チームがピッチ上のどのエリアでプレーしているのか、どんな時間帯か、そしてスコアなどを総合的に判断した上で、最適なプレーが何かを理解し、実行する。薫田GMは、ゲームコントロール、エリアマネジメントに、この10番の卓越した資質があると評価する。五郎丸さんの指摘も、このような戦況を読み取り、ゲームを組み立てるモウンガの能力を認めた上で、チームがさらに機能し始めていることを実感してのものだ。モウンガの加入で、チームが「勝てる(能力を持つ)チーム」から、接戦をものに出来る「勝つチーム」へと変貌したことが、今季の王座奪還に繋がっている。

 先にも触れた契約交渉では、この世界クラスのスターを相手に、日本のラグビー界で一時代を築いた名門チームとしての自負、そして価値観を訴えている。

「(契約交渉の)最初のプレゼンテーションの時から、ウチではサバティカルは一切考えていないと伝えています。例えばリッチーとの契約では、何チームかが競合してプレゼンをしていました。でも、その中で、我々の歴代レジェンド選手を見てくれと話しています。スコット・マクラウド、アンドリュー・マコーミック、スティーブン・ベイツ、そしてデビッド・ヒル。大半がオールブラックスです。我々は、彼らとも1年、2年なんて契約はしてこなかった。皆6年以上プレーしてくれて、東芝のレガシーをしっかりと創り上げ、残してくれた。だからサバティカルなんて一切考えてない。文化を創り、共に成長するのが我々のDNAなんだと伝えました」

 サバティカルは、ラグビーでは代表チーム、所属チームを1シーズン離れて休養する制度のことだ。NZ協会がトップ選手に適用しているが、何人かの選手はこの制度を利用して日本など海外で1シーズン限定のプレーをしている。BL東京では、このような1年限りの単なる助っ人という採用をせずに、欠かせない仲間として互いにチームで戦い、歴史を築き上げていく文化を貫いている。この流儀で実際に栄光を掴んできた成功体験を持つ名門だからこそ訴えることが出来る主張だ。そんなビジョンを受け入れてシーズンを献身的に戦い続けたモウンガ、フリゼルも素晴らしいが、契約を担ったマネジメントスタッフの勝利でもあった。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。