【ふるまい よしこ】靖国神社での「放尿男」はもともと中国の「超有名インフルエンサー」、その後「本国でも猛バッシング」のお騒がせマンだった

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靖国神社の「放尿男」動画を目にしたとき、「この男、どこかで見たような」と感じたものの、中国の抗日戦争映画でほぼステレオタイプ化した「ちょび髭日本兵」そっくりだからかな?と、皮肉な気分にもなった。日本のメディアが気づいて騒ぎ出す前の、中国SNSに流れ始めたときのことである。

それが「鉄頭」だという書き込みを目にしたとき、あっと思った。確かに鉄頭だ。筆者は昨年夏に彼が大騒ぎを引き起こしたとき、その様子を伝える記事や彼が配信した動画を繰り返し観て、記事を書いたのだった。

その彼がよもや、靖国神社に現れようとは……。驚いたのは筆者だけではなかった、昨年彼が引き起こした騒ぎに振り回された中国人たちの間からも驚きの声が上がっていた。

勧善懲悪・道場破り動画で人気を博した「鉄頭」

「鉄頭」という彼が使っているハンドルネームは、日本語でいう「石頭」のような意味を持つ。そう自称しているということは、彼自身も自分の不器用な頭の硬さを理解しているともいえるのだろう。そんな彼が昨年初夏に注目され始めたのは、「中国のハワイ」とも呼ばれる観光都市、海南省三亜市の海鮮市場のぼったくり事情を自身の動画チャンネルで暴いたからだった。

彼の動画アカウントは「勧善懲悪」をその名に掲げ、さまざまな議論を呼ぶ現場に彼自身が乗り込んでその実態を明らかにする、文字通りの「道場破り」的動画が並んでいた。

話題を呼んだ海南省三亜の動画では、海鮮市場で重量単位で販売される海鮮を購入、店が計量して請求するお金を支払った後に、自ら持ち込んだ秤で計量してごまかしがないかどうかを確認。さらに観光客がその海鮮を持ち込んで調理して食べることができるレストランに向かい、レストランの担当者に材料を渡す前にこっそりと伊勢エビの足の一部をもぎっておき、厨房で他のエビにすり替えられていないかどうかを調べたりした。

TikTokフォロワー400万人

海南省といえば、亜熱帯に位置することもあり、また数年前には国内初の観光免税都市に指定されたこともあり、特に中国北部地区に住む人たちの間で人気の観光/移住地となっている。ただ、急激に外からの人が流れ込むようになって、現地でのぼったくりビジネスが横行、鉄頭はその話題に乗って「体当たり」をしてみせた形だ。

実際には、彼が最初に乗り込んだ市場ではほぼ問題がなく、逆に店主たちから「あんた、ここをどこだと思ってるの? この市場はぼらない。行くなら△△に行って調べたら?」と笑われる場面もあった。だが教えられた別の市場に行くと、量が半分ごまかされていたり、持ち込んだ食材がすり替えられているのを発見、彼が店主に詰め寄り、捜査当局に通報する姿は観る者の目には痛快だと映った。

その動画の最後に彼はこう付け加えた。

「さすがに三亜も変わってきている。かつての印象で語ってはならない。だが、それでもタクシーや海鮮市場、あるいはダイビングの教習費用などでぼられるケースはまだある。人がいる限り絶対にそれは起こる。もし、ここにやってきてぼられたら、いつでもぼくに連絡してくれ。ぼくがキミをぼった奴らを叩き潰してやる」

そうして、彼は「勧善懲悪」を看板に、昨年8月初めにはTikTokフォロワー400万人を抱える超人気インフルエンサーとなった。

教育産業を次のターゲットに

その勢いに乗って、彼は昨年の夏休みにそのターゲットを今度は学生たちの夏期講習に向けた。

受験戦争の激化で教育費の高騰が大きな社会争点となり、それが若い世代が子供を持ちたがらない理由になっているといわれたのをきっかけに、中国政府は2021年夏に突然、「義務教育期間の子供に対する校外教育」を全面禁止する政策を発表した。「親や子供の負担を減らす」というのがその口実だった。

その結果、禁止されたのは授業の校外補習だけではない。英語塾やピアノ塾なども影響を受け、一夜の間に校外教育産業が壊滅的な大打撃を受けた。さらには業界で働いていた教職免許を持つ若い世代が大量失業し、新たな社会問題を引き起こした。

一方で、すべての補習が行えなくなったことで、親たち世代にも子どもたちの進学についての恐慌を引き起こした。今の義務教育世代の親たちは、ちょうど2000年以降の高学歴枠拡大の波に乗ってきた世代で、高学歴教育の重要度を自ら深く理解している。なのに我が子を一流大学に送り込むための手段が禁止されてしまったのだから。

しかし、そこは中国。常に「上には政策あり、下には対策あり」であり、一部の校外教育機関は親たちからの要望もあり、こっそりと補習クラスを再開していることがじわじわと広がっていた。

4億弱のアクセスを得るも...

鉄頭はフォロワーから「クラスメートたちがまた塾に通い始めている。うちの子は行かせていないけど不公平だ」という声を受け、元業界最大手の「新東方」の杭州市にある教室に突撃した。

瀟洒な学校のロビーに乗り込み、「お前たちは補習をやっているだろう? 政府に禁止されているのを知らないとでも? 責任者を出せ!」と怒鳴った。そして、受付係が慌てて電話した責任者に対して、「すぐに補習を中止しろ! 政府の取り締まり機関に連絡するぞ」と脅してみせた。

そして、その教室の所在部門の商業監督部門に電話して、「すぐに取締官を急行させろ」と取り締まりを依頼。もちろん、「新東方」は補習を全校で中止する旨と謝罪を発表。その他の学校も慌てて補習を中止した。

そんな鉄頭の突撃を撮影した動画は、「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)上でなんと3.6億を超えるアクセスを集めたのである。

親たちは激怒

しかし、これが中産階級たちの怒りを呼び起こした。前述したように彼ら自身にとって教育は自分が今の生活の源であり、我が子にもまたそれを手に入れてほしいと強く思っている。だが、競争社会の中国で一瞬でも手を抜くとその競争からはじき出されてしまうという不安感が非常に強い。

海鮮市場の回とは違い、その鉄頭の突撃はそんな親たちの思いを潰し、逆に理不尽な政策を強行する政府の権力におもねった、ただの「頭でっかち」な暴力だと批判された。

そして彼へのアンチ活動が始まった。鉄頭が出演したコマースライブでは、大量の人たちが「なぜ鉄頭を起用する? 我われはやつのせいで子供を補習に通わせることができなくなり、高い費用を払って家庭教師を雇うしかなくなった」と怒りの書き込みをした。

さらには、コマースライブ業界が競争激化で「配送料無料サービス」を謳う業者が増えていることを逆手に取って、「たくさん購入してやる。そしてそれが発送されたらすぐにそれをキャンセルしてやる」と、報復を呼びかける声も起こった。そうして鉄頭人気に目をつけたコマース業界が彼を二度と起用しないように仕向けたのだ。

あまりの不評ぶりにライブコマースの直売は約1時間で切り上げられ、売上はわずか7万元(約140万円)ほどで終了。ホストの農産物企業は自社サイトで彼の起用を謝罪した。

さらに、彼への攻撃は続いた。「金儲けのためのネット活動ではない。正義のためだ」と言い続ける彼の過去が掘り起こしされ、その彼がかつて買春行為で逮捕されていたことなども暴露され、彼が「過去のことだ」と開き直るという場面も起きた。その結果、「社会に悪影響を与える」という批判が殺到、彼はネット上のほとんどのサービスから締め出され、姿を消したのだった。

半年ぶりに日本・靖国神社に登場

その彼が半年ぶりに中国人ネットユーザーたちの眼の前に姿を表したのが、靖国神社に放尿し、「Toilet」と書きつけて去っていく動画だった。

もちろん、そのことに喝采を浴びせる人たちや大手メディアも多かったものの、それこそ海外旅行をすでに日常の一環として受け入れている中流階級の人たちの評価は、「海外にまで出て、違法行為をして恥をさらし続けるなんて」と厳しいものだった。

その多くが、靖国神社の存在自体には不満の声を挙げつつも、「鉄頭を民族英雄などと呼ぶべきではない」と述べていた。「愛国も、靖国神社に抗議するのも良い。だが、公共の場で生殖器を露出するなんて褒められたことじゃない。それを中国を愛する行為だとは言わないでほしい。我われはそんな屈辱には耐えられない」という声もあった。

また、今では経済的にも社会的にも日本との関係は重要になり、日本で暮らす同胞も少なくないときに、鉄頭の「レベルの低い」騒ぎが多くの中国人の不便を引き起こすことを心配する意見もあちこちから上がっている。

中国人にも常識人が増えた?

「反対するのはいいだろう。しかし、相手の国に乗り込み、その法律を犯す行為は正しいとは言えない」というのが、鉄頭を批判する人たちのコメントに共通する内容だった。

そして、そんな鉄頭が「無事に」中国に帰りついたことが、「中国政府に難題をもたらした」という評論もあった。海外旅行での不躾な態度を取り締まってきた中国政府にとって、自国民靖国神社への放尿を受け入れるべきか、それとも……という難しい対応を迫られ、外交部記者会見でも報道官は「自国民には海外において節度ある態度を求める」と述べてお茶を逃した。

だが、一部では日本入国時に滞在期間中の予約ホテル名をきちんと書かなかったら、「中国に送り返された」のも彼の事件のせいではないかと訴える観光客の書き込みも出現している。また、広州にある日本総領事館がその後、日本のビザ申請を代行していた現地旅行社11社の資格を取り消したことも、事件の影響ではないかと取り沙汰されている。

肝心の鉄頭はその後どうなったのか?

ここに来て、再び杭州在住の彼が北京にやってきたという報道が流れている。

靖国神社の事件後、彼のウェイボのアカウントが「有害な政治的メッセージを流した」ことを理由に永久削除されてしまったため、ウェイボ運営企業の「新浪網」本社にアカウント再開の陳情をしに来たらしい。だが、それを伝えるサイトやメディアの論調は「彼の行為は『愛国』を傷つけた」と冷淡で、「権利主張は失敗に終わるだろう」と結んでいる。

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