「インボイス制度」を簡単に説明できるか…仕事がデキる人は知っている専門知識を伝える3ステップ
※本稿は、桐生稔『提案・指示・交渉・雑談・プレゼン・会議etc. あえて話さない戦略』の一部を再編集したものです。
■専門的な説明が記憶に残らない
専門的なことを一度に説明されると、まったく記憶に残らないことがあります。
以前、理学療法士(リハビリの専門家)の人とこんな会話をしました。
【理学療法士】桐生さんは股関節が硬いので自宅で鼠径部のストレッチをしてください。3つ教えますね。1つ目は膝を地面につけて〜、2つ目は両膝を大きく開いて〜、3つ目は両足の裏を合わせて〜
【理学療法士】ぜひやってみてください
【私】あ、はい……
こんなやりとりでした。
結局、私はひとつも覚えておらず、実践しませんでした。
とても丁寧に教えていただいたのですが、一度に説明されて覚えられなかったのと、専門用語も混ざっていて全然頭に入ってこなかったのです。
以前、柔術を習っていたときも、
【先生】左手を相手の首に回し、そのまま両足で相手の右手を挟み、胸で相手の体を抑えながら、相手の左手を自分の右手で取る。さぁ、やってみて
【私】最初、なんでしたっけ?
【先生】ちゃんと聞いてたの!
と、怒られたことがありました。
たしかに覚えていない私が悪いのですが、専門的なことは1個ずつ説明してもらわないとまったく記憶に残らないのです。
■相手が聞きたい言葉を絞る
マニアックな説明をするときほど、次の鉄則を守ってください。それは、あえて自分が言いたいことは捨てる。そして相手が聞きたい言葉に絞る。です。
例えば、2023年に多くのニュースに取り上げられた「インボイス制度」。
世の中が大変混乱した税制度の見直しです。
あまりなじみがない方もいるかもしれませんが、簡単に説明すると、
・インボイスとは適格請求書のこと
・課税事業者は登録番号を取得する必要があること
・適格請求書にもとづいて消費税の仕入控除税額を計算すること
です。
簡単に説明しても、これだけ専門的な言葉が並ぶので、まったく頭に入ってこないと思います。
この制度、最初はあまり気にしていなかった人も多かったようですが、「ちゃんと対応しないと、税金を多く払うことになる!」ということが世間に認知されてから、一斉に動き出す人が増えました。
専門的なことを言われても耳に入ってきませんが、自分にとって大事な情報、「税金が高くなるかも⁉」という一言が人を動かすことがあるのです。
だからこそ、マニアックな説明ほど、あえて自分が言いたいことは捨て、相手が聞きたい言葉に絞る能力が求められます。
■発散から収束のプロセス
その能力を手に入れる具体的な方法は、「発散から収束」のプロセスを習得することです。
例えば子供にプログラミングを教えるとしましょう。
ステップ1
何を伝える?=プログラミングの歴史や可能性、言語の種類、論理的思考、具体的な操作方法など。
まずはたくさん発散する。次に、
ステップ2
誰に伝える?=プログラミングに興味を持ちはじめた小学生と対象を定める。
最後に、
ステップ3
どのように伝える?=とりあえず5分で作成できるゲームアプリをひとつ作ってみる
大胆にカットして伝えることを絞り込む。
このステップを踏むと、相手に届く一点突破する言葉が見えてきます。
聞き手のことを考えて説明してくれる人に、人は安心を覚えます。
ちゃんと自分のことを認識してくれているからです。
だから言葉がすっと入ってきます。
聞く人のために、あえて自分が言いたいことを捨てることができる。
専門的なことほどダイナミックに削る勇気が求められます。
■「もしもの話」で相手から答えを引き出す
仕事をしていて「悔しい」と思ったことはありませんか?
チャンスを活かしきれない……。
何度チャレンジしても上手くいかない……。
同じミスを繰り返してしまう……。
失敗が続いているときほど、人の意識は失敗に向きます。
人間の脳は、意識すると、それにまつわる情報が入ってくるようにできているからです。
これを心理学では「カラーバス効果」といいます。
好きな人ができると無意識にその人を目で追ってしまう。それと同じく、失敗に意識が向くと、失敗にまつわる情報ばかり集めてしまい、だんだん視野が狭くなっていくのです。
■「もし」の質問で視野を広げる
本来は視野を広げたいですよね。視野を拡大すれば成功要因も見えてきます。
そこで、視野を広げる簡単な方法を紹介します。
それが仮説です。
・もし、自分にこんな能力があったらとしたら、どうする?
・もし、助けてくれる人がいるとしたら、誰に助けてもらう?
・もし、環境を変えることができるとしたら、どう変える?
「もし、○○だったら」という問いかけ。
すべて仮の話です。でも、仮だからこそ発想が広がります。
小さい頃「もし大人になったら何になる?」と質問されたことはありませんか。「絶対になりたいものを答えよ!」なんて言われたら答えにくいですが、仮の話なら答えやすいです。
「もし宝くじで1億円当たったらどうする?」。これも「え〜、1億円なんて当たるわけないじゃ〜ん」と言いつつ、すでに頭の中では使い道を考えはじめたりします。
なんせ仮の話ですから、考えるだけならリスクはありません。
■仮説が相手の可能性を引き出す
そして、ここが大事なポイント。一度考えはじめると、思いがけない自分の能力を発見したり、実際に助けてくれる人が見つかったり、環境を変える妙案が閃いたりします。
ほら、さきほどの話、「人間の脳は意識すると情報が入ってくる」でしたね。
例えば、あなたの知人で、「誰よりも働いているのに、なかなか結果が出ず、自分でもどうしたらいいかわからない……」と、悩む人がいたとします。
その人に「がんばれ!」と鼓舞しても、相手はよけいに疲弊します。
そんなときこそ、あえて激励せず、仮説を使って相手の可能性を引き出します。
「もし、能力がひとつ身につくとしたら、何を身につけたい?」
「もし、アドバイスがもらえるとしたら、誰からもらいたい?」
「もし、憧れの○○さんだったら、この状況をどう打開すると思う?」
「もし」からはじまる質問をすることで、その能力を身につけるための本をたまたまコンビニで発見したり、アドバイスをもらえる人と実際に会うことができたり、すでに憧れの人がYouTubeで解決策を語っていたりと、急に答えが飛び込んできます。
繰り返しますが、意識すると情報が入ってくるからです。
だからあえて話さず、仮説で励ます。
誰だって結果が出ないと、「このまま続けて、本当に結果が出るのだろうか……」と、不安になります。
不安が失敗につながり、その結果、また不安になり、やがて自信を失います。
そんなときこそ、自分の力を覚醒させてくれる人が近くにいたら、その人はどれだけ心強いか。
ぜひあなたにはそんな相手の希望になっていただきたいと願っています。
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桐生 稔(きりゅう・みのる)
モチベーション&コミュニケーション代表取締役
1978年生まれ。新潟県出身。2017年、「伝わる話し方」を教育する株式会社モチベーション&コミュニケーションを設立。日本能力開発推進協会メンタル心理カウンセラー、日本能力開発推進協会上級心理カウンセラー、一般社団法人日本声診断協会音声心理士。著書に『10秒でズバッと伝わる話し方』(扶桑社)、『雑談の一流、二流、三流』、『質問の一流、二流、三流』(ともに明日香出版社)がある。
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(モチベーション&コミュニケーション代表取締役 桐生 稔)