女性向けの避妊法には経口避妊薬(ピル)や女性用コンドーム、子宮内避妊具(IUD)などさまざまな選択肢がある一方、男性向けの避妊法はほとんどコンドームのみであり、他はパイプカットなど不可逆的な方法が大半です。近年は男性用の安全で可逆的な避妊法の研究が進められており、新たにアメリカのベイラー医科大学の研究チームが、「安全に精子の機能をオフにすることができ、生殖機能を元に戻すことも簡単な避妊法」につながるブレイクスルーを報告しました。

Reversible male contraception by targeted inhibition of serine/threonine kinase 33 | Science

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl2688



A promising approach to develop a birth control pill for men | ScienceDaily

https://www.sciencedaily.com/releases/2024/05/240523153614.htm

Male birth control breakthrough safely switches off fit sperm for a while

https://newatlas.com/medical/male-birth-control-stk333/

ベイラー医科大学の研究チームは男性向け避妊法を開発するにあたり、「セレン/スレオニンキナーゼ33(STK33)」という遺伝子の突然変異に目を向けました。STK33は精巣に豊富なタンパク質であり、機能的な精子を作る上で重要であることが示されていますが、STK33に遺伝子変異があると精子の異常と運動性の低下によって不妊になってしまうとのこと。

論文の共著者であり、ベイラー医科大学創薬センター所長のマーティン・マツク博士は、「研究者たちは男性用避妊薬を開発するためにいくつかの戦略を調査してきましたが、男性用の避妊薬はまだありません。この研究では、人間やマウスの生殖機能に必要なタンパク質であるSTK33を阻害する小分子の特定という新しいアプローチに目を向けました」と述べています。

研究チームによると、STK33変異を持つマウスや人間の男性には精子がうまく機能しない以外の欠陥がみられず、精巣のサイズにも異常がないとのこと。そのため、STK33の阻害は男性の避妊における安全で実行可能な選択肢として有望だそうです。



研究チームはSTK33の特異的な阻害剤候補を見つけるため、数十億もの化合物コレクションである「DNA-Encoded Chemistry Technology(DEC-Tec)」をスクリーニングしました。さらに候補の化合物を改変することで、「CDD-2807」という化合物が最も効果的であることを突き止めたと報告しています。

CDD-2807の効果を確かめるため、研究チームはマウスを使用して有効性の検証を行いました。研究チームはマウスへのCDD-2807の投与量と治療スケジュールを評価し、マウスの精子の運動性や数、受精する能力について調査したとのこと。

実験の結果、CDD-2807は血液精巣関門を通過してSTK33に作用し、精子の運動性と数を減少させ、低用量でも効果的に生殖能力を低下させられることが判明。また、生殖能力の低下以外には、CDD-2807を投与したことによる副作用らしきものはマウスに認められなかったそうです。

論文の共著者である博士研究員のコートニー・サットン氏は、「マウスがCDD-2807投与による毒性の兆候を示さなかったこと、化合物が脳に蓄積されなかったこと、そして投与によって精巣の大きさに変化がなかったことは喜ばしい結果でした。重要なことは、避妊効果が可逆的だったことです。CDD-2807を投与しない期間の後、マウスの精子は運動性と数が回復し、再び受精可能となりました」と述べました。



今回の研究はまだマウス実験の段階であり、CDD-2807が人間にも有効かどうかを確かめるにはさらなる研究が必要です。マツク氏らは今後、CDD-2807とそれに類似した化合物を霊長類で評価し、可逆的な男性向け避妊薬としての有効性を判定する予定だと述べました。