デジタル化やコロナ禍による生活者の意識や行動の変容への対応や、SDGs(持続可能な開発目標)の2030年の期限まであと6年に迫ったサステナビリティ施策の実践など、企業がやるべきことは満載だ。なかでも、情報やテクノロジーを活用したDX(デジタル・トランスフォーメーション)や、地球・人・社会の幸福に貢献するSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)、OMO(オンラインとオフラインの融合)は、顧客一人ひとりに価値ある購買体験を提供するためのパーパス経営や企業カルチャーを醸成する中核となる。ただし、DXやSXに着手しながらも、データや人的リソース利活用の難しさなども相まって、自社の価値を最大化するための戦略やゴールを設計しきれずにいる企業も多いだろう。そのなかにおいて、DXに積極的かつ柔軟な姿勢で取り組み、自社の強みをあらゆる施策に落とし込んでいるのが、日本を代表するセレクトショップであるビームスだ。接客や物流、システムなどにおいても、顧客セントリックでエモーショナルなアプローチや、スタッフらの個性・多様性といった「ビームスらしさ」が生かされている。それらの施策で重要な役割を担うのが、グループ会社のビームスクリエイティブ社長で、ビームスの取締役としてDX部門を管掌してきた池内光氏だ。1976年創業のビームスが、インハウスのクリエイティブ部隊としてビームスクリエイティブを設立したのは1987年のこと。業界でも先駆的な存在で、以来、広告やマーケティング、コミュニケーションツールの企画・制作や設計などを行ってきた。近年はB2B事業が拡大してきたことから、今春、宣伝販促、店舗設計・企画制作の業務を本体のビームスに移管し、法人向け業務に専念する体制となった。DXやSXに取り組む際、どのようなアプローチで臨んでいるのか、その先にどういった戦略やゴールを描いているのか。池内氏に話を聞いた。

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「ビジネスになるか」より「まずはトライしてみる」

――池内さんが今担当している役割は?ビームスクリエイティブの社長として、B2Bビジネスを見るとともに、ビームス本体では、B2Cの中枢である全国の店舗および店舗スタッフを束ねるカスタマーエンゲージメント本部の管掌と、個性的なディレクターたちにクリエイティビティとノウハウを社内外で発揮してもらうディレクターズバンクも担当している。――まずは、デジタル施策を中心に話を聞きたい。自社や業界をとりまく環境と、それに対するスタンスは?ここ数年デジタル化やDXを継続してきたが、コロナ禍が大きな契機になりその流れが強くなった。一方でインバウンドも増え、リアル回帰も起こっている。AIやメタバースを含めて新しい技術は日進月歩で開発されるため、正直、どこが終着点かわからない。ただし、会社の体質的に「新しいもの好き」なので、食いつく速度は速い。「何のために」とか「どういうビジネスにつながるのか」「投資効果は」などと先行して考えて奥手になる企業も多い。ビジネスにつながるかはわからないながらも、まずは飛びついてみる姿勢は変わらず文化として残したいし、それがほかとの違いや強みになると思う。実際に面白そうなことも多いので、トライアルしながら可能性やカルチャーにフィットするものを模索していく。――ビームスは「モノからコトへ、コトから人へ」を合言葉にコロナ禍以前から「人(ヒト)施策」を打ち出してきた。自社ECへの流入は投稿コンテンツ経由が6割と驚くほど高率で、スタッフコマースの先進企業といえる。現在の強みや課題は何か?DXやデジタル化でビジネスの効率化を図ることは大きな流れだが、ビームスでは「人施策」でスタッフのスター化を進めるなかでデジタル活用を行い、デジタル接客をしやすくしたり、お客さまにさまざまな選択肢を提供できるシステムや仕組みの提供に力を入れている。けれども、どうしても複雑化してしまいがち。スタッフは各々特徴や秀でる部分が異なり、デジタル接客に強みを持つ人も、スタイリングを世に出すことが得意な人、リアルが非常に強いスタッフもいる。しっかりとついてこられる人を育てることが一義的だとは思うが、システムを作って一律的に活用する方法には限界がある。全体をデジタル化して、仕組みを動かす人、活用する人たちの脳がデジタル化に対応することが必要だが、無理やり全員を枠に押し込めるよりも、得手不得手を把握しながら、必要なものを有効活用してもらえる形にしたい。ビームスはもともと動物園みたいな集合体で、スタッフの個性が際立っていると言われてきた。レーベル数も多く、小売りだけでないB2Bの法人事業など、ビジネスの幅が広い。多様性のある企業で、それが市場で独自のポジションを築くことにつながっていると思う。デジタル活用についても、誰にも負けないとか誰よりも進んだ企業というよりも、多様性のある、それぞれの人に合わせた技術や仕組み、ツールを活用できる企業を目指したい。――ビームスが考えるリテールテック(DX)戦略とは?スタッフとお客さまとをより有機的によりスムーズにつなぐ仕組みを、テックを通じてどう実現できるかを常に模索することだ。そのために必要なさまざまなツールやシステムを現在の世の中や、お客さまのニーズ、スタッフの希望などから作り上げている。店舗で購入して配送したり、ECで取り置き・取り寄せをしてリアル店舗で試着するなど、OMO(オンラインとオフラインの統合)はかなり推進できている。メールなどの通知の開封率は30〜40%ととても高く、顧客属性や趣味趣向に合わせて細やかにセグメントして送るなど、プッシュ型のカスタマイズはここ数年かなり進化し、良いアプローチができるようになっている。アプリ自体は検索機能等々が充実し、履歴などデータが積み上がっているので、個人に対するカスタマイズはしやすい状況にある。さらにAIを活用して、アプリやweb、ECサイト上でのレコメンド機能やカスタマイズを自動化させるプロジェクトを推進中だ。ただし、偶然の出会いによる新たな発見は再来店につがる重要なチャンスになる。情報量が非常に多い会社なので、カスタマイズしたレコメンドとのバランスをどう取るかは難しいところだ。

「人の温かみ」をデジタルで再現

――デジタルマーケティング領域でビームスらしい注目の施策は?ECの販売面では精度が非常に高く、効果や効率を数字で測りながら運営できている。それをもう一段進化させ、効率や効果に特化した取り組みや単なるモノ売りだけでない、「ブランディングにもつながるトライアル」や「プラスアルファの付加価値を付けられるコミュニケーション」を模索し強く推進し始めている。別動隊で動いていたブランドマーケティングとデジタルマーケティングで情報を連携するとともに、効果測定も売上だけでないところにもしっかりと目標設定している。少し前になるが、そのひとつの事例が全社員による「ありがとうプロジェクト」だ。ECは自動化などによって配送のリードタイムが短くなり、より早く届けられるようになるなど精度が高まる一方で、温かみのようなものが見えにくくなってしまっていた。特にコロナ期はリアルでの接客ができにくいなかで、人の温かみを感じていただくための取り組みができないかと、スタッフの発案で全社員が「ありがとう」の手書きメッセージを荷物に入れた。たとえばビームス プラスの商品を買っていただいたのであれば、ECサイトの再訪時に、その担当バイヤーのメッセージに加え、QRコードを読み取るとメッセージ動画が流れるような仕掛けもした。計7万枚を配布したのでスタッフ3300人が1人20枚以上、代表の設楽をはじめ経営陣も参加した。コロナの余波で、ECはピーク時には40%弱まで高まったが、今はリアルが戻ってきて30%前後に落ち着いている。自社ECと他社ECでは55対45ぐらいになっている。どこまで使い分けをされてるかはわからないが、いわゆる「ファン化」をさまざな形で推進するためには、速いとか安いというだけでない、エモーショナルの部分にしっかりとコミットしていくことが重要だ。顧客化に繋がっていくことをしっかりと継続的に行っていきたい。――ロジスティクスをアップデートするため、27億円を投じて今年9月に物流拠点を東京・深川に移転するというが、その要点とは?物流はどうしても人の手による作業が多くなり、他社も含めてボトルネックがあるとずっと感じていた。しかもビームスには色別、サイズ別で30万超のアイテムがあり、洋服だけでなく家具やアートのような1点ものや定型にはまらないものも多すぎて手作業が多かった。B2Bビジネスを強化するとさらに扱う商材も広がってくる。そこで、2つのロジスティクス拠点を集約し、現在メインで稼働している東陽町の約2倍の1万坪に拡張する。世界初の試みを含めて、マテハンや可動棚など自動化の仕組みも多く導入し、できる限り負荷を軽減するとともに、新しいビジネスに対応する仕組み作りを行っていきたい。RFIDも引き続き活用していく。

メタバースやAIにおいても先手を打つ

――HIKKY主催の世界最大級のVRイベントであり、メタバース上の会場でアバターやデジタルファッションなどの3Dアイテムやリアル商品を売買できる「バーチャルマーケット」に2020年から参加している。メタバースやデジタルデータ売買などに今後どう取り組んでいく?「バーチャルマーケット」はコミュニティ機能があり、イベントに集まる方々とコミュニケーションができるのが一番の強みだ。われわれはメタバース上でもリアル接客にこだわってみたり、企業コラボなど常に新しくてほかの企業がやっていないことを提案することで、大きなPR効果を得られた。 継続することで得られるものはあるだろうが、もう少しビジネスに直結するものも模索しなければならない。プラットフォームの特性ごとに得られるものが異なるし、いまだプラットフォームの乱立状態が続いていて、流行り廃りも大きい。いつ安定的で大きなプラットフォームになるのかは見えないが、ユーザーの入りやすさ、広がりなども含めて最適なものを選びたい。まずはデジタルデータの売買に強いSNS系のメタバースと、ゲーム系のメタバースでのトライアルを行いたい。すでにSNS系では韓国発のゼペットと取り組み、購入できるデジタルアイテムを提案している。ゲームメーカーとは10年前にビームスが初めてメタバースに出て、ミームにバーチャル店舗を建てた歴史があるが、その後ゲーム自体がなくなってしまった。問題は、個別のプラットフォーム向けに作ったものは、その空間上では使えても、ほかのプラットホームにデジタルデータを移設できないものが多いということ。各々が持つ世界観への対応を含めて、それぞれに対してゼロベースで作らなければならず、ビジネスという側面だけでは費用対効果はなかなか出てこない。まだまだトライアルと将来に向けた投資的観点が強い。――AIを活用したモノ作りや、需要予測などにはどう活用していくのか?ビームスは多品種少ロットの品揃えであるため、無駄のない商品提供をするためにはより精緻な需要予測が求められる。世の中にあるものを活用することは難しそうなので、独自のものを構築するしかないかなと思っているが、ゼロベースからの開発は難易度もコストも高いのでなかなか手が出せない。ただ、我々もしっかりとした需要予測をして、本当に無駄のない商品提供をしていかなければならないと思っている。多くのベンダーさんからご提案をいただく機会も多く、より良いパートナーを模索しているところだ。3Dモデリングのようなことは、導入されている一部の取引先や商社の方々と一緒に活用させていただいたりもしているが、まだ、通常のモノ作りの仕組みの中に組み込むまでには至っていない。とくにサンプルなどで出てくる廃棄しなければならないものや無駄などの削減には取り組んでいかなければならないと課題意識は持っている。メンズの一部などでは結構イケる部分があると思うが、アーカイブがかなり多いので、仕組み化するにはもう少し時間がかかりそうだ。――NFTなどでもトライアルを行っている。ザ・デジタルアート、みたいな領域のNFTは少し過熱が早すぎて今はダウントレンドに入っているという向きもあるが、そこは、我々流で継続的に取り組んでいく。昨秋には日本の魅力を発信するビームス ジャパンで1400年の歴史のある善光寺と組み、デジタルツインと言われる固有のNFTのチップを埋め込んだリアルな小銭入れを開発・販売した。購入いただくと善光寺のありがたい「鳩字の額」のデジタルデータがもらえるというもの。<伝統>を守るために<最新>のデジタル技術を活用するような、ビームスらしい面白い取り組みだと思う。まだトライアルなので、今後はビジネスにつなげるためにも、伝統の継承のためにも、学んでいきたい。とくにNFTのブロックチェーンの技術はトレーサビリティに活用できる。ラグジュアリーブランドなどすでに使い始めているところもあるし、新製品だけでなく二次流通、三次流通などの際に所有者履歴もわかるので、新しい付加価値につながると思う。サステナビリティを含めて我々もしっかりとコミットし、源流をたどりながら、いろいろな活用方法を議論していきたい。――トライアルを重ねる姿勢が大切であり、それによって初めて活用方法や戦略が見えてくるということがわかった。最後に、ファッションやリテール業界に関わる人々や仲間をエンパワーメントするためのメッセージがあれば教えてほしい。日本やアパレル業界が厳しい状況にあると言われているが、ピンチのタイミングはチャンスでもあり、積極的に新しいことにトライアルすることで成功の可能性を見出だしていけると思う。しかも今は意外と面白い材料があちこちに転がっている時代でもある。日本が、そして世界がまだ取り組めていないことなどもすごくたくさんある。僕自身、アパレル出身ではないけれど、ビームスが築いてきたカルチャーやこだわりなどが大好きで、まだまだグローバルに拡大していく余地があると思っている。宝探しみたいなことになるかもしれないが、異業種の経験やネットワークも含めて、チャンスをたくさん見つけていきたい。
池内 光(いけうち・ひかる)ビームス取締役、ビームスクリエイティブ代表取締役社長1971年生まれ。日本を代表するセレクトショップとして知られるビームスのビームスの取締役として、カスタマーエンゲージメント本部やディレクターズバンクを管掌するとともに、ビームスクリエイティブ社長としてB2B事業をけん引している。大学卒業後、電通に入社。営業職を経て、クリエイティブ部署ではさまざまな事案のプロデューサーとして活躍し、大きな広告賞の受賞歴もある。2018年4月ビームスに入社し、社長室室長に就く。2020年5月、ビームスクリエイティブ代表取締役社長に就任。ビームス独自の文化を継承しながら企業としての持続可能性を高めるキーマンとして活動している。
Written by 松下久美