ウイルス性胃腸炎は原因ウイルスを特定してもウイルスそのものに作用する薬はないため、すぐ楽になる方法はないといいます(写真:polkadot/PIXTA)

ウイルス性胃腸炎は、ノロウイルスとロタウイルス、アデノウイルスが代表的な原因ウイルスだ。冬期にはノロウイルスが多く、春先はロタウイルス、夏はアデノウイルスだ。とくに、冬期のノロウイルスは集団感染によって多数の感染者が生じるのが特徴だ。

感染経路は、いずれも接触感染=手についたウイルスを体の中に入れてしまうことによって起きる。予防は、手についているウイルスを体内に入れないことが原則だ。食事の前にはせっけんを使って流水で手洗いし、手に付着しているウイルスを物理的に洗い流すのがよい。アルコールによる手指消毒は、残念ながら胃腸炎を起こすウイルスには効果が薄い。アルコール消毒を持ち歩いて使う様子は、コロナ禍を通して新しい日常になったが、過信は禁物だ。

治療は対症療法のみ。つまり、熱には解熱剤を、嘔気には制吐剤を、下痢には整腸剤を、腹痛には腹痛止め、そして脱水状態には補液(いわゆる点滴)などで治療することだ。インフルエンザにおけるタミフルのような、ウイルスそのものに作用する薬はない。なので、インフルエンザのように抗原検査をする治療的な意義はない。調べても楽にはならないのだ。

世の中はあらゆる場所が糞便で汚染されている

15年近く前の調査結果だが、イギリスで、公共交通機関を利用して通勤する人の手の細菌を調べたところ、28%の人は糞便中に含まれる細菌で汚染されていた、との報告がある。つまり、少なくない割合の人の手は糞便で汚染されているということなのだ。であるならば、公共の場で人の手が触れた表面は糞便中に含まれる微生物で汚染されており、糞便に由来するノロウイルスで汚染されていても不思議はない。

ノロウイルスは100個未満と少ないウイルス量でも感染しうる。一方で感染者の便には1gあたり10億個のウイルスが含まれる。風呂のお湯300Lに便0.1gが溶けると、1mLあたり約300個のウイルスを含む計算になる。もちろん、風呂のお湯程度の温度ではウイルスは死なない。感染者がトイレに行ってきた後の手や衣服にはウイルスが付着している。だからノロウイルスは集団感染を引き起こしやすいのだ。

トイレから流れたノロウイルスは下水に流れ込み、下水処理を受ける。しかし完全にウイルスを除去することはできず、川を下って海に達する。

アサリ、ムール貝、帆立貝、牡蠣などの二枚貝は、海水に浮遊する植物プランクトンなどを海水ごと吸い込み、エラで漉し取って食べている。牡蠣1個が濾過する海水の量は1時間あたり約10リットルとされ、ノロウイルスの粒子が水中にあると、吸い込んで体内にウイルスを蓄積する。すべての二枚貝で同様の事は起きるのだが、牡蠣は生食されることが多いため、牡蠣を原因とする感染症が最も多く発生する。つまり、牡蠣を食べてノロウイルスによる食中毒になったということは、ウイルスが自然の中を巡る大きな環の一部に自分も参加した、ということなのだ。

しかし、飲食店にとっては大ごとだ。店に落ち度がなくとも、食品が病原体で汚染されていて、その病原体でお客さんが感染症を発病すれば、食中毒の扱いになるからだ。店としては神経質にならざるをえない。胃腸炎症状のある店員に対してウイルスの検査を求めるのも当然だ。

上記の背景があり、冬場は「会社からノロウイルスの検査をしてきてほしいと言われた」と受診する方が増える。

100個もあれば感染してしまうノロウイルスなのだから、検査の精度が相当高くなければウイルスを見逃してしまう。

残念ながら、最も感度の高いPCR検査ですら検体1mL中にウイルスが100個以上ないと検出できず、抗原検査キット(インフルエンザやコロナでも使われている、すぐ結果のでる検査)では、1mL中にウイルスが100万個以上ないと陽性の反応がでないのだ。検査で陰性でも感染源となりうることが理解いただけよう。

症状がなくなっても残るウイルス

胃腸炎になったあと、ほとんどの方は、3〜4日経って症状がある程度落ち着いたら仕事に戻られるのではないだろうか? コロナウイルス感染症ですら自宅療法が推奨されるのは5日間で、インフルエンザでの出席停止も5日間が目安だ。

ノロウイルスによる胃腸炎になった後、3週間経っても4人に1人はウイルスの排泄が続いているとの研究報告がある。また、まったく症状のない人でもウイルスに感染していることがある。症状のある人だけを休ませたり、検査で陰性を確認してもノロウイルス感染は防げないのだ。

結局は手洗いに尽きる。誰もが感染している前提で、食べ物に触る前にせっけんで手を洗う、汚染されている手で目や鼻、口を触らないという予防策を愚直に続けるしかないのだ。手洗いはインフルエンザやコロナウイルス感染症の予防にも有効だ。手洗いを励行して、残りの冬を健康に乗り切ってもらいたい。

(久住 英二 : 内科医・血液専門医)