一般社団法人炭素回収技術研究機構(CRRA)代表理事・機構長を務める村木風海さん

人類に残されたタイムリミットはあと6年。2030年までに世界の平均気温上昇を1.5度以下に抑えなければ、いよいよ地球環境が危機的状況に陥る。

気候変動によるそんな悪夢のような未来が、最新コンピューターで科学的にシミュレーションされている。2030年までに世界の二酸化炭素の排出量を半減できなければ、北極圏の凍土融解や森林火災、熱波や干ばつなど、地球環境システムを破壊する変化がドミノ倒しのように連鎖するのだ。

そういわれても信じない人もいるかもしれない。しかし、2022年の世界の二酸化炭素排出量は、前年比0.9%増加の368億トンと史上最高値を記録(国際エネルギー機関IEA発表)。2023年は世界の平均気温も観測史上最高を記録した(世界気象機関WMO発表)。このまま世界平均気温が高まっていくと、自然災害、異常気象、食料不足や水不足によって、人類の生存も困難になっていくだろう。

この状況を回避すべく、10歳から二酸化炭素の研究に挑んできた若き化学者がいる。国連第27回気候変動枠組条約締結国会議(COP27)にもパネリスト登壇した村木風海さんだ。

村木さんはまだ23歳の若さながら、一般社団法人炭素回収技術研究機構(CRRA)代表理事・機構長を務める。昨年には、『ぼくは地球を守りたい 二酸化炭素の研究所、始めました』を上梓。近い将来、「地球温暖化を止めた男」になることを本気で目指している、日本人初の「気候工学」研究者にして発明家でもある。

温暖化を止められる可能性は0%か100%

村木さんの著書『火星に住むつもりです〜二酸化炭素が地球を救う〜』によると、地球温暖化を止めるための研究は世界で数多く進んでいるという。しかし、気候変動による小さな変化の積み重ねによって、突然、巨大な変化が起こり後戻りできなくなるティッピングポイント(臨海点)までわずか6年。奇跡が起きる可能性はあるのだろうか?


村木風海さん

「その可能性は0%でもあり、100%でもあると思っています。今のまま何も変わらなければ奇跡が起きる可能性は0%。温暖化は止まりません。でも、温暖化を止める方法はすでにわかっています。世界で研究がはじまったばかりの、空気中の二酸化炭素を直接回収する『CO₂除去(CDR)』という技術で、10年くらい前から海外のベンチャー企業などが装置開発を進めています。

この技術で作った、室外機のお化けのようなモジュールを何十個もつなげた超巨大装置を約2000平方キロメートル敷きつめれば、世界中の1年間の二酸化炭素排出量を全部チャラにできるんです。広さのイメージは、ぼくが生まれた山梨県の半分くらいの面積ですね。場所は地球上のどこでもいいので、人が住んでいない砂漠や南極を使えば温暖化は100%解決できます」

それならすぐにでも実行したほうがいいと思ってしまうのだが、現実的にほぼ不可能と思える大きな課題があった。

「初期費用だけで約3000兆円の予算が必要なんです。すごく大きな金額ですけど、脱炭素のために2兆円出すと言っている日本企業もあるくらいですから、世界中の国がお金を出し合えばできないことはないはずです。でも世界中の人々に『地球温暖化を止めたい!』という強い意識がなければ、理解も得られませんしお金も集まりません。科学的に証明されていても気候変動を信じない人もいますから、現実的には難しいでしょうね」

村木さんが二酸化炭素に興味を持つようになったのは小学校高学年の頃だ。小4のとき、祖父にもらったスティーブン・ホーキングの『宇宙への秘密の鍵』を読んで、二酸化炭素に覆われた火星に住みたいと夢見るようになったのがきっかけだった。


小学校5年生のときに二酸化炭素について調べたときの研究

5年生の夏休みの自由研究も火星への移住がテーマ。当時、通っていた山梨学院大学附属小学校(現:山梨学院小学校)の先生たちも、村木さんの研究に理解を示し応援してくれたという。

中学生のときには、「自分たちで温暖化は止められるという意識をみんなが持てるように、小型分散化して二酸化炭素を回収できる装置があればいいのではないか?」と考え、「二酸化炭素吸収装置」の研究をはじめた。ところが中学校の先生は、「そんなことできるわけがない」「やっても無駄」と言い、研究課題として実験していると「やーめーろー!」と笑って邪魔してきたと著書につづっている。

しかし村木さんはあきらめなかった。その頃すでに実験や研究は生活の一部になっていたからだ。

あるとき、自分の部屋を改造して火星で植物を育てる実験をしていたら、肥料入りの臭い水が家中に漏れたこともあったそう。そんな失敗にもめげず化学者になると決めていた村木さんは、人の夢を笑う大人のことなど気にしなくなっていたのだ。

祖父と手作りした「二酸化炭素吸収装置」で特許取得

「結果的に、二酸化炭素吸収装置の実験は大成功しました。北杜市立甲陵高校2年生のときには、ぼくを化学者として成長させてくれた先生方のおかげで、この発明が総務省『異能vation』プログラムの破壊的な挑戦部門に採択され、高校3年生の夏休みに祖父と21台手作りして特許も取得しました」


ひやっしー第4世代

その名は「ひやっしー」。テレビでも多数紹介されたこの愛嬌たっぷりのマシーンをご存じの人もいるだろう。ひやっしーが空気を吸い込むと、二酸化炭素を回収するアルカリ性液体を含むカートリッジを通った二酸化炭素がフィルターに溶け込み、残りの空気は外に排出される。あとは二酸化炭素がたまったカートリッジを交換するだけ。誰でもボタンひとつで操作できるCO₂回収マシーンだ。

「最新のひやっしー第4世代は、見た目はゆるふわ、中身は最先端です。二酸化炭素回収装置としては世界最小サイズです。吸い込んだ二酸化炭素の60〜84%を回収できるので、一日中稼働すると部屋中に森や草原が広がっているのと同じくらい二酸化炭素吸収効果があるんです」


ひやっしー開発に成功した高校時代

第1世代の販売から3年が経った今、「ひやっしー」は北海道から九州までさまざまな場所で二酸化炭素を吸い込んでいる。主な購入先は、大手自動車メーカーや大手化粧品会社などSDGsに取り組んでいる企業や個人病院、私立の学校や塾などの教育機関、地域のコミュニティセンターなど。二酸化炭素は人の集中力を落とすことが科学的に証明されているため、リモートワークをしている会社員や受験生がいる家庭での個人利用者も増えているという。

「でも、ひやっしーが仮に世界中の家庭やオフィスに普及しても、地球上の二酸化炭素をすべて集めることはできません。そこで、1台で年間30トンほど二酸化炭素を回収できる産業用の『ひやっしーパパ』も開発中です。もうすぐ1号機を印刷工場に収めるところです。印刷工場ってものすごい量の二酸化炭素を出していて、多いところでは1日2トンくらい二酸化炭素を排出しているんですよ」

雑誌や書籍の仕事をしているライターとしては耳が痛い。だが、二酸化炭素排出量が多い産業のトップ5は1位:鉄鋼業、2位:化学工業、3位:窯業・土石製品製造業、4位:石油・石炭製品製造業で、続く5位がパルプ・紙・紙加工品製造業だ。ひやっしーパパは数千万円、維持費は年間300万円ほどと、数億円以上する既存のDAC装置と比較するとかなり安く導入できる。全世界で二酸化炭素排出量の多い産業にひやっしーパパ設置を義務付け、国が補助金を出すなどすれば、地球温暖化は止められるだろう
(※環境省「2021年度(令和3年度)温室効果ガス排出量(確報値)について」)。

「まさに温暖化自体はひやっしーパパで食い止める流れを考えています。ただ今はまだ、ひやっしーだけでも生産が追いつかなくて、納品まで4カ月以上お待ちいただいている状況なんです。だから生産ロット数をもっと拡大しようとがんばっているところです。

実は今、船体に取り付けて海中に溶け込んでいる二酸化炭素を回収する『ひやっしーまりん』の研究開発も進めています。これは、ぼくの本を読んで化学者を志すようになり、CRRAの特任研究員になってくれた小学5年生の加藤 諄之(じゅの)くんのアイデアから生まれました。発明や発見に年齢や経験など関係ありませんから、10歳のアイデアで新しい事業に乗り出せることをぼくたちは誇りに思っています」

100年間、誰も見つけられなかった発見に成功

村木さんの発明はこれだけではない。むしろ、ひやっしーは地球を守るための突破口にすぎないとも言える。というのも、村木さんは高校2年生のとき、100年間誰も見つけられなかった「新触媒を使ったサバティエ反応」を発見したのだ。

100年前にフランスの化学者ポール・サバティエが二酸化炭素と水素を混ぜてメタンを作る発見をしたが、費用が高すぎる、空気中で燃えてしまうなどの問題で実用化が難しかった。この100年前の発見をヒントに広島大学と一緒に実験をした村木さんは、見事、二酸化炭素からガソリンの代替燃料となるエネルギーを作り出す発明をしたのである。

「実験は簡単で、小さな金属製の容器にアルミホイルと一滴の水、そして二酸化炭素を入れて機械でシェイクしただけです。それまでの実験では水素を使っていたけれど、気体だとスカスカして反応しにくいかも?と思って、水素の原子を含む水に変えてみたんですね。その実験の最中、パソコン画面上の分析グラフで天然ガスのメタンが生まれた証拠が現れたときの感動は忘れられません。研究室にいた人たちと歓声を上げて、みんなで飛び上がって喜びました」

この発明をベースに、二酸化炭素からエタノールをつくり、石油代替燃料を合成する「そらりん計画」も進めている。千葉県野田市にCRRA新東京サイエンスファクトリーという工場も完成した。

「現在はここで、二酸化炭素からエタノールを作る研究を今2つ進めています。ひとつは、藻の力を使って生物学的に二酸化炭素から燃料を作る生化学的方法。もうひとつは、二酸化炭素から直接エタノールを作る化学的方法です。前者はすでに実現可能ですので、プラント建設ができれば二酸化炭素から燃料は作れます。ただコスト面の問題があって、他社を含めバイオ燃料はどう頑張って作っても1リットル1万円ほどかかります。当機構が世界ではじめて発見したスピルリナという藻を使えば予算は少し抑えられますが、それでもまだ高いんですね。

一方、後者の研究は電気化学還元といって、世界でもまだブルーオーシャンの領域です。これも仕組みは簡単で、電極を刺した水槽の中に二酸化炭素が溶け込んだ水を入れて、乾電池くらいの電圧をかけるだけで二酸化炭素がエタノールに変わる反応です。電極材料は10円玉にも使われている銅と、炭素の棒でもできるので、1リットル130円くらいで安く作れる可能性があります。こちらが実現できればすごいことになって、石油燃料を合成できるだけでなく、石油製品と呼ばれているものも作れます」

二酸化炭素が地球と人類を救う!?

その過程で二酸化炭素を排出してもまた燃料に替えればいいので、トータルで考えれば、二酸化炭素の量は化石燃料がメインの現在よりも格段に排出量を減らすことができる。二酸化炭素からエネルギーや生活必需品を作り出せて循環させることができれば、人類の味方になるだろう。


「本にも書きましたが、できない理由を探すんじゃなく、できる理由を探し続ければいいんです。そうすれば、人が想像できることはなんだって成し遂げられるはずです」

二酸化炭素のせいで人類が滅びるどころか、逆に二酸化炭素によって人類は生き残れるかもしれない。そんな理想の世界を実現して維持するため、村木さんにはさらに壮大な構想がある。二酸化炭素を集めて貯めたマイルで物が買える「二酸化炭素経済圏」を作ることだ。実際、CRRAではひやっしーで二酸化炭素を集めた人に「ひやっしーマイル」を提供している。集めた二酸化炭素の量に応じて貯まったマイルは、電車に乗ったりコンビニやカフェでの買いものに使用することもできるのだ。

村木さんが10歳からはじめた研究活動はもうすぐ14年目を迎える。何度も失敗を繰り返してきた研究は、1人で続けられたわけではない。著書『火星に住むつもりです〜二酸化炭素が地球を救う〜』の最後には、子どもの頃から二酸化炭素の研究を応援、協力してくれた家族、先生、企業関係者をはじめとした多くの大人たちへの感謝の言葉がつづられている。「どうせムリ」「やっても無駄」と子どもの可能性を潰す大人の言葉をスルーしてきたからこそ、世紀の発明に挑めたのだ。

「地球温暖化は研究者たちと一緒に自分たちで止める」と、村木さんたちの取り組みを自分事として応援し、支援する人がもっと増えれば、2030年までに温暖化を止める奇跡が起きるかもしれない。

(樺山 美夏 : ライター・エディター)