上司が"パーパス"語るほど従業員が不信感のなぜ
立派なパーパスを掲げても、従業員がシラけている雰囲気があるとしたら……(写真:takeuchi masato/PIXTA)
企業の存在意義や社会への貢献について明確に示した「パーパス」を掲げる企業が増えています。
アメリカでコンサルティング会社を経営し、ニューヨーク大学で倫理体系の諮問委員会に所属するロン・カルッチ氏は著書『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』の中で、パーパスドリブン企業(パーパスを起点に経営戦略を立てるなどしている企業)がさまざまな面で競合他社に勝ることや、仕事のあらゆる側面をブランドパーパスに結びつけている企業は収益成長率が大きい点などを紹介。
一方、パーパスを掲げながら実態が伴わない「パーパス・ウオッシュ」に警鐘を鳴らします。同書から一部を抜粋・編集し、「パーパス」について掘り下げてみます。
パーパスは「実行」がすべて
パーパスとは、「うわべだけのものがいずれ本物になる」ようなものではない。本心から生まれたものでなければ、そのパーパスはないのと同じだ。そしてそのようなうわべだけのパーパスは、人々にもすぐに見抜かれる。どうすれば企業はパーパスと行動に一貫性を持たせられるのだろう?
その答えを知るために、私はコンテキシス(Contexis)グループのCEOであるジョン・ロスリング氏に話を聞いた。コンテキシスはロンドンを拠点とする世界的なコンサルティング・リサーチ会社で、企業が戦略的成長を促す方法としてパーパスを理解、評価できるよう手助けを行っている。
ロスリング氏はこのように語る。「データから明らかになったのは、ただパーパスを持つだけでは不十分だということです。従業員はそのパーパスが実行されるまで信用しません。頭では理解するかもしれませんが、心から信じられるようになるのは、そのパーパスに沿って行動する会社の姿を見てからです」
つまり、組織が言葉通りに行動できるかどうかが重要なのだ。コンテキシスはパーパスを何も掲げていない企業と、パーパスを掲げてはいるが実行できていない企業を比較しており、ロスリング氏は以下のように述べている。
「私たちの調査でわかったのは、パーパスを宣言しただけではほとんど何も変わらないということです。そして、パーパスを宣言したうえでまったく反対のことをすればまずい事態になります。不信感やエンゲージメントの欠如を招くのです。
従業員にとって、財務業績だけを追求している企業はまだ許容できます。財務業績と同時に善も追求していればそのほうがよいのですが、それが無理なら収益だけを重視していればよいと考えます。
しかし、パーパスを果たすと約束しながら真逆の行動を取っている企業は、従業員に対して嘘をついていることになり、その瞬間に信用を失います。そして、彼らは自分自身の利害のためにしか行動しなくなるのです」
コンテキシスの調査では、掲げたパーパスを真に体現している企業では、よりイノベーションが促進されることも明らかになっている。その着火剤となるのが従業員とリーダーの強い信頼関係であり、そうした信頼関係は収益の向上にも結びついている。
「伝える」と「実現する」
コンテキシスのクライアントだったある金融企業では、パーパスに成果が伴わない理由を深く掘り下げていったところ、驚くような知見が得られた。
同社のリーダーたちは当初、パーパスが浸透しない問題は社内の情報伝達にあると考えていた。説得力のあるパーパス・ステートメントを掲げても、それが組織全体にきちんと行き届いていないために、従業員の理解不足を生んでいるのだと。
しかし「パーパスについて話せば話すほど、事態が悪化しているように思えて、同社のリーダーたちはひどく混乱していた」とロスリング氏は述べている。どうやら彼らは「パーパスについて話すこと」「パーパスを実現すること」の2つを同じように捉えていたらしい。
だから、リーダーたちがパーパスについて語るほど、従業員にとっては言葉と行動の乖離が浮き彫りとなって伝わるだけだったのだ。
企業のパーパスがパフォーマンスに与える影響を測る指標として、コンテキシスは「パーパス・インデックス(Purpose Index)」を用いている。この指標に関してロスリング氏は、先の顧客企業の1部門では、平均的な値である70程度のスコアが出るだろうと予測していた。
しかし実際のスコアは18だった。コンテキシスが調査を行ったなかで過去最低のスコアだ。
特に低いスコアを出した従業員は、長く働いている非常にシニカルな中堅マネージャーで、彼らは会社のパーパスに対する上層部のコミットメントをまったく信用していなかった。会社のパーパス・ステートメントはしっかりと理解していた。しかし、ただ信用していなかったのだ。
何が組織を劇的に変えたのか
上層部の失敗は、「情報伝達」ではなく、パーパスの「実現」にあった。中堅マネージャーと上層部は何度も慎重に対話を重ねた。そのなかでマネージャーらは、経営陣に対する不満や、親しい同僚らが職を失うのを見て経営陣に裏切られた気持ちになったことなどを明かした。
対話を重ねるうち、彼らは会社のパーパスが自分たちの生活にも関わりがあると気づき始めた。あるとき、1人のマネージャーが話し合いの途中で、「いい加減にしてください。あなたたちは何が言いたいんですか。私は家族を守るため、家族を養うために働いてるんですよ」、こう声を荒らげた。
すると別の人がこう言ったのだ。「お客様にとってもそれを可能にするのが、私たちの仕事じゃないんですか? 私たちの銀行が掲げる究極のパーパスは、社会を守ること、そしてみんなが社会を守れるように手助けをすることでしょう?」。
それからたったの7カ月で、その部門の売上は15%以上伸び、信頼関係が劇的に改善。ロスリング氏は「社内全体でワーストに近かったその部門の売上は、今ではほとんどトップとなりました」と語っている。
従業員ひとりひとりが、会社のパーパスを個人の生活に結びつけ、実践し始めたのだ。例えばある与信管理担当のマネージャーは、適当な信用調査報告書を提出してくる部下がいれば、以前はただ厳しいダメ出しをして、そのまま突き返したり、批判したり、作り直させたりと、部下のやる気をそいでいた。
しかし今は、こう尋ねるのだという。「こんないい加減な信用調査で、どうやってお客様の生活をよくしようっていうんだ?」。そうすると、従業員は一層努力する気になるのである。この話からわかるように、パーパスを持つことと実現することの違いは紙一重であることが多い。
もうひとつ、私の顧客であった企業幹部の例を紹介しよう。仮にアレックス氏とする。
アレックス氏と初めて会ったとき、彼の懸念事項は、市場低迷による厳しいコスト圧力だった。私がチームではどのように対処しているのかを尋ねると、彼は困惑した表情を浮かべた。「いや、うちのチームはこれほど悪い状況だとは知らないんですよ。それを伝えたらパニックになるだろうし、有能な人は辞めちゃうでしょうから」。
本当に“透明”な組織であること
今度は私が困惑する番だった。「でも、あなたたちのコアバリューのひとつは透明性ですよね。チームを巻き込んで、アイデアを話し合って、この苦境を乗り切ろうという強いコミットメントを持たせたほうがいいんじゃないですか?」。
彼の答えは示唆的だった。「透明性って、なんでもかんでも話せばいいってもんじゃないでしょう。混乱を招くような情報は伝えないほうがよいと思うのですが」。
そこで私は彼に伝えた。「透明性というバリューの裏には、必ず信頼がなくてはならない。部下を信頼して、どんなに受け入れがたい情報も打ち明けることが大事なんです」と。
アレックス氏は決してチームを騙そうとしていたわけではなく、あくまでも会社のバリューに沿って行動しているつもりだった。ただ、彼が会社の問題をずっと隠していたことを部下が知ったとき、どのようなひどい事態が起きるかまで思い至らなかったのだ。
こうしてアレックス氏は自分の行動を改める決意をした。会社の財政的な問題をチームに共有し、彼らの責任感に訴えかけた。そして皆で協力し、誰1人リストラすることなくコストを大幅に削減する方法を見つけたのだ。アレックス氏1人ではそのような解決策には至らなかっただろう。
透明性を重視するだけではいけなかった。先行きが不安定な困難な状況においては特に、実際に透明でいることが大事だったのだ。
(ロン・カルッチ : 経営コンサルタント会社Navalent共同設立者)