宮下公園の芝生は養生のため入場禁止になることも(2023年10月11日に筆者撮影)

コロナ禍を経て大型ビルの顧客獲得競争が激しさを増している。一方、都心の再開発による大量供給はとどまるところを知らない。

『週刊東洋経済』11月25日号の特集は「不動産・オフィス大余剰」。湾岸エリアの泥沼や麻布台ヒルズの苦戦、大阪 vs. 福岡、ESGバブル、ゼネコン事故、神宮外苑開発など、日本の不動産・オフィスの最前線を追った。


東京・渋谷駅から徒歩3分という抜群の立地にある渋谷区立宮下公園。2020年7月、複合施設「MIYASHITA PARK」として生まれ変わった。

1〜3階に飲食などの店舗が入り、4階に当たる屋上に宮下公園がある。今年5月には広島G7サミットで来日した英スナク首相が昼食に訪れるなど、話題のスポットとして定着している。

この斬新な開発は行政と民間デベロッパーとの密接な協力で実現したものだ。しかし行政による特例的な措置が複数あり、都市開発の関係者からは疑問の声も上がる。

宮下公園はそのあり方についてこれまでもたびたび、物議を醸してきた。

1953年に児童公園として開設され、1966年に1階を駐車場、2階を公園とする東京初の屋上公園に。1990年代には、バブル崩壊で急増したホームレスが寝泊まりするようになった。

ナイキと契約

2009年、渋谷区はナイキジャパンと10年間のネーミングライツ(命名権)契約を結び、スポーツ施設を中心にした整備を進めようとした。これがホームレス排除につながるとして猛反発を招く。

その後、公園設備の老朽化と耐震性能の問題が明らかになり、渋谷区は公募型入札で新たな利用案を求めた。その過程でナイキジャパンとのネーミングライツ契約は途中解約された。

公募には三井不動産と東京急行電鉄(現東急)が応募した。渋谷区が採用したのは三井不動産のプラン。商業施設だけでなく、ホテルを含めた複合開発を提案した野心的な内容だった。

三井不動産の商業施設開発は、「ららぽーと」に代表される郊外型が主。宮下公園の開発は、都心の商業施設開発を拡大する大きなステップであった。

その結果、宮下公園の土地は三井不動産に貸与され、その土地の上に複合施設が開発された。最上階の宮下公園は渋谷区が譲り受け、その公園の指定管理者は三井不動産と西武造園によって構成される宮下公園パートナーズが担う。

4階の北端にはホテルの受付があり、4〜18階がホテル棟となっている。公園の敷地だった場所にホテルを建設するという異例の開発の過程では、数々の調整が行われた。

渋谷区にはもともとホテル建設についての厳しい規制が存在する。「客が従業員と面接しないで、機械その他の設備を操作することにより客室の選択、鍵の交付、料金の支払い等ができる施設を設置しないこと」という基準がある。渋谷区ラブホテル建築規制条例である。

にもかかわらず、宮下公園の北端にあるこのホテルは「スマートなチェックイン」を掲げ、対面することなくタブレットを操作するだけでチェックインできる。

夜間になると紫色などにライトアップされる公園内のスケルトンエレベーターも異例だ。外装に透明アクリルパネルが使われ、内部が見えるようになっている。

一般に、エレベーターの昇降路内に装飾のための設備を設置することは禁止されている。しかし、ここでは点検用照明という名目でLED(発光ダイオード)の設置が許可された。ある建築関係者は「宮下公園の施設だけ、行政が異例なほど柔軟に対応している」と特別対応をいぶかしむ。

渋谷区への恨み節も

再開発の関係者からは渋谷区への恨み節も聞こえる。

「屋上の公園は、管理のしやすさから人工芝を推奨した。しかし、渋谷区の幹部が米ニューヨークへ視察に行って感化された影響なのか、人工芝ではなく天然芝にすることを区から強く望まれた。結局、天然芝が採用され、今はその養生のために芝部分が入場禁止になっていることが多く、利用者のメリットになっていない」(再開発の関係者)

宮下公園の再開発は、全国の自治体で公園開発の成功例として引き合いに出されることが多いという。しかし、開発に一定の秩序をもたらすべき行政が、特定の案件にだけ柔軟に対応すると疑われるような実情は無視できないだろう。

宮下公園の土地の借地料が適切ではないとして、渋谷区を相手取って裁判を起こした渋谷区在住の渥美昌純さんは、「行政に必要な透明性と公平性が実践されていない。継続性のない思いつきの運営」と批判する。

東京都の元職員で日比谷公園の管理所長だった高橋裕一さんも、「公園に必要なのは、商業施設のにぎわいなのか」と疑問を呈する。

自然が残り、市民の憩いの場となっているエリアの開発では、東京・新宿区の明治神宮外苑地区の再開発も問題含みだ。

三井不動産、宗教法人明治神宮、伊藤忠商事などによる計画が「東京都公園まちづくり制度」の適用を受け、再開発が進む。樹木の伐採反対に端を発した反対活動は多数の著名人も参加し、今も拡大中だ。

この再開発には、隣接する伊藤忠商事の本社ビルの建て替え計画も含まれている。その伊藤忠本社ビル敷地内には今年10月、外苑再開発に反対するメッセージ(落書き)が書き込まれたりもしている。


伊藤忠本社ビルの敷地内の壁には、落書き被害防止のためか夜間照明が新たに設置された

だが、再開発がストップする気配はない。「伊藤忠商事の本社ビルの高さを現状の約90メートルから約190メートルへ引き上げることのメリットが大きいと感じているからだ」という解説が開発関係者から聞こえる。

現状、神宮外苑に面する青山通りには港区が定めた60メートルという絶対高さ制限がある。現在の伊藤忠本社ビルは特例的な運用で約90メートルの高さが認められている。「約190メートルの実績をつくれば、ほかのビルも高くしやすくなるだろう」と関係者は語る。

神宮外苑再開発事業者側が作成し、東京都に提出した「神宮外苑地区公園まちづくり計画」の「提案書」では、「計画地周辺に配慮しつつも、高度化を図っていくことで、青山通りに相応しいスカイラインを形成していく」と、青山通りの将来像にも触れられている。

伊藤忠商事に恩義

「三井不動産は、本社ビルの高層化を計画した伊藤忠商事に恩義を感じているようだ。三井不動産の主要ビルに伊藤忠系のコンビニ、ファミリーマートが多いのはそのためとも言われている」(前出の関係者)。実際、今年3月にグランドオープンした東京ミッドタウン八重洲などにファミリーマートが入っている。

青山通りの摩天楼化には疑問の声もある。「外苑前はオフィス立地としては一等地とはいえず、青山通り全体を高層化したところで需要は多くない。伊藤忠商事の本社ビルくらいは満床にできても、ほかまで手を広げるのはやりすぎだろう」(不動産関係者)。

相次ぐ大型開発で都心でもオフィス市場に飽和が懸念されている。引くに引けない神宮外苑再開発の成り行きは不透明なままである。


(小野 悠史 : ライター)