中国湖南省で介護関連の仕事に携わっていた日本人男性が反スパイ法違反で懲役12年の刑が確定した(写真:cranemania/PIXTA)

2019年7月に湖南省で「中国の国家安全に危害を加えた」として反スパイ法違反で国家安全当局に逮捕されていた介護関連の仕事に携わっていた50代の日本人男性。今月3日に高裁に当たる同省高級人民法院に棄却され、懲役12年の判決が確定した。

今年でいえば3月にも、アステラス製薬の幹部男性が中国国家安全局によって拘束され、厳しい居住監視措置を経て10月19日に逮捕された。

中国は2014年に「反スパイ法」を制定し、これまでに17名の日本人がスパイ活動への関与を疑われ拘束された。そのうち1名が病死し、11人は刑期を終えるなどして帰国しているが、今回懲役刑が確定した日本人男性を含め5人がいまだ拘束されている。


この反スパイ法は今年7月に改正された。国家の安全と利益に関わる情報を窃取する行為がスパイ行為の定義に加わるなど、恣意的な運用の余地を拡大させ、西側諸国も大きな懸念を示している。

拘束された日本人をどう救う?

これまで反スパイ法で拘束された日本人17名のうち、11名が帰国しているが、その内訳は、6名が刑期を満了したことで釈放、帰国。残りの5名は起訴前に釈放されている。

過去には早期解放を実現させた稀有な例もある。2019年9月に北海道大学教授が北京市内のホテルで中国当局に拘束された事例では、日本のメディアや各学会、研究機関などが相次いで早期解放を求める意見を表明した。

さらに、2020年の習近平国家主席の来日を控える中、茂木敏充外相(当時)は王毅外相に対し早期解放を求めたほか、当時の安倍首相が王岐山副首相、李克強首相に対して早期解放を働きかけたことで、中国側は「あくまで保釈」というギリギリの形で教授を解放した。

日本の世論の高まりや安倍元首相などの強い働きかけ、さらに習近平国家主席の来日が控えていたという背景も重なり解放を実現させた極めて稀有な例である。

しかし、中国で起訴されてしまえば釈放される可能性は極めて低くなる。これまでの拘束事案では、日本政府は中国側に対して早期解放を要求しているが、前述の例を除き早期解放には結びついていない。

まず、CISTEC(安全保障貿易情報センター)が示しているように、カナダが2021年2月に発表した、国家が主体となって“外交ツールとして外国人を恣意的に拘束”することに反対する宣言「二国間関係における恣意的拘束の利用に反対する宣言※」に基づき、毅然と即時解放を求め、共通の懸念を持つ関係国と連携して中国などに対し強い姿勢を示すほか、具体的な邦人保護の方針を示すべきである。

※日米欧など58カ国が署名。同宣言の背景には、2018年12月に華為技術副会長の孟晩舟が詐欺容疑でカナダで拘束された後、その報復として中国がカナダ人元外交官と起業家を逮捕した事件がある。

また、アメリカには不当拘束の認定手続きなるものが存在するとCISTECは紹介、筆者も同様の趣旨の認定制度を導入すべきであると考える。

アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル紙記者がロシアでスパイ容疑で拘束されていることを巡り、アメリカ国務省が同記者を「不当拘束」と認定している。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、不当拘束として認定を受けることで、例えば国務省内の人質問題担当特使の部署に委ねられ、釈放に向け多くのリソースが割り当てられるという。

そして、不当拘束に対し、「人権侵害」であると国として明確に位置付けるべきである。

人質交換という手段

不当拘束に対する有効な手立てに“人質交換”がある。

2018年、カナダにおいて詐欺容疑で逮捕された華為技術副会長の孟晩舟をめぐり、中国は同氏を釈放させるためにカナダ人のマイケル・スパバとマイケル・コブリグをスパイ容疑で拘束。中国はカナダ人2人の解放と同時に、孟氏の解放を実現させた。

また、バイデン政権では、ロシアで逮捕されモスクワの刑務所に収監されていた女子プロバスケットボール選手のブリトニー・グリナーを、アメリカで服役中だったロシアの大物武器商人ビクトル・ボウトと引き換えに解放させている。

一方で、日本でこういったディールを実現させるには、多くの課題があるのも事実である。まず、対象者の問題である。

日本において、同様の人質交換を持ち掛けられる目星(検挙すべき対象)があるか。検挙すべき相手は、相手国が動かざるをえない人間である必要がある。その場合、日本のインテリジェンスコミュニティを中心として、立件しうる対象を一定程度把握できているのだろうか。

また、スパイ捜査の一端を担った経験から申し上げると、そもそも立件自体が困難を極めるだろう。まず、中国のように“報復“として人道に反した検挙を行うべきでないのは言うまでもなく、”正当“に”重要な人物“を検挙する必要がある。

その場合、長期間の捜査のもと、秘匿捜査においてわずかな証拠を丹念に収集し何とか現行法を駆使して検挙を実現させているのが現状だ。対象がいたとしても、立件するうえでの「スパイ防止法」のような法的整備の面でも課題がある。

さらに、スパイ行為のような容疑にかかわらず、単純な刑法違反で立件を目指すうえでも、相手国が動かざるを得ない人間の検挙はそれ相応の体制と時間が必要である。いざ検挙しディールを行うとなった際に、検挙すべき対象に対する情報共有や体制整備面でも多くの課題がある。

そして、日本がこのような人質交換を持ち掛けた場合にその場では解放が実現したとしても、中国は日本に対し恣意的な法運用による不当検挙・不当拘束を加速させるだろう。

現在でも、中国は改正反スパイ法に加え、データ3法や渉外調査管理弁法を駆使して摘発対象を企業に拡大させている。日本として、いつまでも“申し入れ”などで解決を図るのではなく、制度面も含め抜本的な対応策の整備が求められている。それは、先延ばしすべきではない。

(稲村 悠 : 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事)